第十話
俺の名前はリーク。不死者の王――リッチだ。
リッチとは、魔術師や司祭が不老不死を求め、身を不死者として堕落させたもの。その魔力は全ての魔物たちを凌駕し、ありとあらゆる事象を自由に操る。また、老いることとは無縁の為長い時を過ごした者が多く、造詣の深い者が多い。さらに彼らの強力な魔性は――
凄い生物だなリッチ。アロンザさんから渡された“遭ったら怖い魔物図鑑”に書いてあったリッチの説明はとても俺のこととは思えない内容だった。
ナシーフに雇われてから、俺は放置されていた書類を片付けていた。だが、あまりの量にアロンザさんに泣きついたところ、「気分転換に読みなさい。この世界をもっと深く知るためにも――」と“遭ったら怖い魔物図鑑”を渡されたのだ。
やはりアロンザさんは俺のためを思って、この世界の勉強をさせているのだ。書類仕事を俺一人にやらせているのだって、きっとこの世界をよりよく知るためだろう。普通に考えたら新参者にいきなり内務処理を任せるなど狂気の沙汰だ。だが、アロンザさんはきっと俺のことを信じてくれているのだろう。と自分に言い聞かせて働く。
「ハァッ! フンヌッ!」
外からはナシーフの掛け声が聞こえてくる。毎日毎日ひたすら身体を鍛え、技を磨いているようだ。正直言ってうるさい。
一方アロンザさんは眉間に皺をよせて本を見つめている。長いバイオレットの髪の毛が一筋、唇にかかっている。その真剣な眼差しに相まって、一つの絵画のように――
「リーク、大変よ。これを見て」
じっと見ていたのがバレたのかと思い一瞬焦ったがどうやら違うらしい。アロンザさんはこちらに近寄ってきて執務机に腰掛けて、本の中を見せる。
そこに描かれていたのは、胴体が黒褐色で四肢がシマウマのような模様をした――ってこれオカピじゃね?
「世の中にはこんな変な動物がいるのね……まったく空恐ろしいわ…………」
などとオカピを評す、蛇の下半身を持つ女。俺からすればアロンザやナシーフ、オークたちの方がおかしいのだが。
それにしてもオカピがいるとは。キャベツと言いなんだかんだで俺の記憶と一致する動植物はそれなりにいる。
さらにアロンザは別のページを開き、「他の生物に寄生する虫とかもヤバイわ、自然マジヤバイわ」などと言っている。
「そんなことより仕事手伝ってくださいよ。いい加減、精神的疲労がマッハで哲学的ゾンビに転生しそうです」
「悪いわね……そのアンデッドジョークぜんぜんわからないわ」
遠い目をしつつ書類に適当なサインをして放り投げるアロンザさん。この国は大丈夫なのだろうか。
「大体なんでこの館には俺たちしかいないんですか?もっとこうデスクワークに向いた人を雇うべきでしょう。それに警備や家事だって……」
「領地をもらったばかりでねー、人を増やそうと思ってたら野良リッチ騒ぎで」
どうやら俺のせいらしい。
「そういえばナシーフってどういう経緯で領地をもらったんですか?」
そうそう領地などもらえるものではないはずだ。となればナシーフは相当のことをやらかしたに違いない。
「ついこの間まで人間相手に戦争してたんだけどねー、ナシーフったら人間の……なんたら将軍?とかいうのを討ち取ったのよ。それが休戦の決め手になったとかならなかったとかで褒美に領地をもらったの。あの時は死ぬかと思ったわー」
どうやらアロンザもその場にいたらしい。今更だがこの二人の戦闘能力は高い位置にあるのだろう。比較対象が全くないのでどれほどなのかさっぱりわからないが。
「人間っているんですねー」
「そりゃいるわよー。人間は人間だけで国を作ってるから戦争にでも巻き込まれなきゃお目にかかれないでしょうけど」
人間と魔物たちの関係は良好というわけではないらしい。元人間としては仲良くしたいのだが。
「俺が人間と会ったら――」
「襲いかかってくるに決まってるじゃない」
「ですよね~」
まあしょうがないか。人間とは仲良くできなくても、ナシーフやアロンザがいる。
そういえばさきほどからナシーフのあえぎ……じゃなかった掛け声が聞こえてきていない。
何かあったのかと窓の外に目をやろうとしたとき、執務室のドアが勢いよく開き、汗だくのナシーフが入ってきた。
「ゾンビが発生した。準備しろ、すぐに出発するぞ」
ナシーフの言葉に俺は、発生って災害みたいな言い方だなぁと暢気なことを考えていた。