第九話
俺の目の前に館が佇んでいる。
二階建ての館は正直、想像より小さい。もちろん今まで見てきた村々の家よりは大きいのだが、領主の館というには少し質素な気がする。
庭には鍛錬用の丸木や、的などが並んでいる。華美という言葉より、質実という言葉の方が似合っている。
館の周りに塀はなく、警備をしている人間なども見当たらない。かなり無防備に見えるが大丈夫なのだろうか。
ナシーフが扉の鍵を開け、中に招いた。執事もいないようだ。
そのままナシーフ曰く“執務室”に通された。中には立派な執務机があり、その上には雑多に書類や本が積まれている。机には性格が出ると言うが、この机の持ち主は相当大雑把なのだろう。などと考えていると、ナシーフが執務机の椅子に腰掛けた。
「さて、改めて自己紹介しよう。私がエダズ村を含むオルグ地方の領主、ナシーフだ」
衝撃的でもない新事実が発覚した。
「えっと、よろしくお願いします。でもエダズ村の人々はナシーフを見ても特にそれらしい反応をしていなかったような」
俺は思いついた疑問を口にした。豚面の人たち(今更だがオークと呼ばれてるらしい)はナシーフを特別扱いしていなかった。
「まだ領主になってから日が浅いってのもあるけど……。コイツ、村長とかに口止めしてるのよ。人知れず民を見守るのがカッコイイとか勘違いして」
アロンザさんがため息まじりに言う。アロンザさんにナシーフを敬うという気持ちは一切ないらしい。
「フッ……、女にはわかるまい」
いや、俺にもその気持ちはよくわかりません。俺だったら領主だって言いふらしてありとあらゆる厚遇を受けたいです。
「それで、なぜ俺をここに連れてきたんですか?」
領主だと知ったからには丁寧な言葉遣いにした方が良いだろう。
「うむ、部下が欲しくてな。ここで働く気はないか?」
「わかりました、これからよろしくお願いします」
即答する俺。行くあてもない。それに魔力を操る術や、俺自身のことを教えてもらったのだからその恩は返しておくべきだろう。
「下僕が増えたわっ、これでめんどうなアレコレから開放されるー!」
「リッチは頭が良いらしいからな。期待しているぞ」
片や疲労知らずの不死者をこき使う気まんまん、片や0歳児の俺に知能を求める気まんまん。アレ? 大丈夫かコレ。なんかここって凄い人手不足に見えるし、もしかして俺死ぬまでこき使われるんじゃね?
「ところで給金なんだがな、暫く払えん」
さらっととんでもないことをおっしゃりやがるナシーフ。女子は月経に支配され、男子は月給に支配されるという言葉を知らんのか! 月給0なんて恥ずかしくて表を歩けない!
「実はエダズ村の件ね……。あれで治療費やら薬代やら粉引き小屋の建築費やらで財政がねー……」
「う……」
エダズ村の件なら仕方がない。多くの被害者を出したわけだし、その治療費などは俺が払うのが筋だろう。
「だが安心しろ。給金はしばらく出せんが、必要なものがあれば出来る限り手に入れよう」
「三食出すしねっ」
「……そうですね、エダズ村の件は俺が悪いですし、それでいいですよ」
この身体は欲求という欲求を感じない。正直お金を持っていても使い道が思いつかないし、ここは受けてもいいだろう。ずっとタダ働きというわけでもない。
「うむ、これからもよろしく頼む。ところでお前の名前なんだが……これから私の元で働くにあたって名前がないとさすがに不便だろう」
確かにそうだ。いい加減名前がないと不便になるだろうが、自分の名前をまだ考えていなかった。
「そこでだ。私がお前の名前を考えた」
ナシーフは色々と俺のことを考えていてくれたのかと少し感動した。俺をここで働かせようというのも、もしかしたら行くあてのない俺のことを気遣ってのことなのかもしれない。
「ただ今よりお前は“リーク”を名乗るがよい」
名前の意味はわからないが、ナシーフが俺の為に考えてくれたのだ。よろこんで拝命しよう。
「ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、ナシーフは笑顔で返した。アロンザさんは少し顔をしかめている。あれ、なんか変な名前なのかな。後で聞いてみよう。
こうして俺は名前と職と住所を手に入れた。