第一話
水滴の落ちる音で目が覚めた。
ここがどこなのか俺には全くわからない。
完全な暗闇とひんやりとして湿った重い空気。
石の壁。石の天井。石の床。
玄室とでも言うのだろうか、5メートル四方のその部屋の中央に置かれた石棺で俺は寝ていたようだ。
どうしたものかと途方に暮れていると、自分が何も着ていないことに気づいた。
そして自分の体の異常性にも。
痩せ細り青白くなった身体は病的を通り越して生命の熱を全く感じさせない。
なにより心臓が鼓動していない。
どう考えても死んでいるのだが身体が動いているのはなぜなのか。
状況が異常なのだから身体が異常でも仕方ないと割り切る。
というより情報が少なすぎて考えても仕方がない。
とりあえずこの陰気な玄室を出て考察の材料を探そう。
それがいい、そうしよう。
俺は現実逃避するようにその玄室を後にした。
裸であるという事実も忘れて。
―――
玄室から通路に出てみると真っ直ぐ30メートル程行ったところに登り階段が見える。
そして左右に3つずつ俺がいたのと同じような玄室があるようだった。
通路には瓦礫があるだけで何も無い。
だが左右の玄室からは気配がする。
ナニカがいると確信した俺は思い切って左手にある玄室を覗いてみた。
そこには骸骨が立っていた。
何をするわけでもなく立っていた。
手にはボロボロになった片手半剣。
身体はこちらを向いており、目が見えているのであれば確実に気づいたであろう。
だが骸骨は何もしてこなかった。
通常であれば俺は絶叫し逃げるか、腰を抜かし粗相をしでかすかであっただろう。
冷静でいられたなら見なかったことにして足早にここを去るという選択をしたかもしれない。
だが俺が起こした行動はどれでもなかった。
右手を挙げ、努めて明るく言う。
「ようブラザー、元気かい? 死んじまってるから元気なわけないか! あっはっはっは」
俺の内に湧き出たのは恐怖ではなく親近感であった。
長年の友人に感じる親しみ。
生まれたときから共にいる家族との近しさ。
そんなものをこの骸骨から感じたのだ。
彼が話せたのならこの状況を説明してくれる、そう思った。
だから馴れ馴れしく接してみた。
しかし、彼は、骸骨は何の反応も返してくれなかった。
ちょっと泣きそうになった。
―――
各玄室には一室につき一体の骸骨がいた。
持っている得物は片手半剣、短槍、短弓、片手斧、メイス、杖と様々であったが、誰も返事はしてくれなかった。
骸骨がいる以外何も無かった為、階段を上ることにした。
階段は3階分程の長さで少し急だ。登りきると外に出られた。
出口は小さく今にも崩れそうだ。
ここは何かの遺跡であったのだろうか。
外は朝か昼か、太陽が爛々と輝いていた。
目覚めてから初めての光に少し目が眩んだ。
―――
川沿いに歩けば集落に辿りつく。
どこで手に入れたか全く思い出せない知識を元に、遺跡の近くを流れていた川を下っていく。
思い出せないと言えば名前すら思い出せない。
今まで自分が何をしてきて、どこで暮らしていて、今に至ったのか。
まるで思い出せない。
全く厄介なことになった。
ここまでおかしなことだらけであるなら夢であるかもしれない。
今更ながら夢である可能性に行き着くが、夢ではなかった場合を考えるとこの仮定に意味は無い。
骸骨、そして彼らが持っていた得物…そして今の自分の身体。
骸骨が俺を襲わなかったのは同類と見なしていたからではないだろうか。
だとすると人間(骨があるのだから人間はいるだろう)に出会ったとき、襲われないことを祈る。
なんにせよ今出来ることはコミュニケーションが可能な相手と出会うことだろう。
結局考えることを先送りにして俺は歩く。
こんな状況でさえなければ自然を楽しめていただろうに。
ゆったりとした流れの川、鬱蒼とした森林、蒼い空。
実際、湧き上がる不安をこの自然は癒してくれていた。
強烈な違和感を抱くまでは。
違和感の正体に気づくまでは。
生物の音がしない。
鳥の囀りも、羽虫の羽ばたきも、蛙の合唱も。
俺の回りには生物の気配が全くなかった。
次の日まで歩き続けた俺は明らかに人の手が入った道を見つけた。