うそつきな彼女
私は嘘つき。
自分の中の本当を綺麗に隠して、偽りの微笑みを浮かべてみせる。
あいつに話しかけられたって普通に対応してみせるわ。
野々村 桃子。高校二年。外見普通。性格少し、冷めている。成績、運動神経普通。平たく言えばどこにでも居る可愛いさのない今時の子だ。
「でさ、その漫画が面白くってさ!俺すげぇ~~ハマったんだ。今度持ってくるから野々村も読んでみろよ!」
「ふ~~ん、そうなんだ。ありがとう」
興味ないんだけどね。取り合えず笑顔で頷いておく。こいつのことだから明日辺りに本当に持ってくるだろうけど、こいつに愛想よくする原因となった弟に押し付ければ嬉々として読んでくれるだろう。
何をどうしたのかうちの愚弟はこいつに憧れているらしく部活の後輩でもある弟から「ねぇちゃんくれぐれも失礼のないようにしてくれよ!俺のために!」と念押しをされているのだ。
巻き込むなといいたいが、弟に弱い私は最低限の礼儀をもってこいつに対応している。
「野々村、あ、あのさ………」
「ん?なに?」
「俺がこうして会いに来るの迷惑?」
うん。頷きたくなるのをぐっと堪える。正直言って朝一番にクラスの違うこいつが私の席にやってくるだけでも目立つというのにこいつは顔も良い上にバスケ部のエースとして学校の有名人。
二度と顔を見せんじゃねぇ。お前が来ると女子の視線が痛いんだ!あと、嫌がらせと嫌味が本当に困るんだよ!と怒鳴りつけたくなるのが私の偽りない心の内だ。
だが、空気が読める現代っこな私はそれらをぐっと飲み込む。
「いや?別に。好きにすれば?」
「そ、そっか………よかった」
なぜ、そこで照れてそっぽを向いて顔を赤くする。
お前さんの背中越しにお前のファンが不動明王顔負けの形相で私を睨んでいるのだが………。
「野々村?」
「………お前は………幸せ者だね………」
ゲンナリとした気持ちで私は肩を落とした。
あんな怨念渦巻く空気を一切感じ取れて居ない鈍さが羨ましいよ。
『殺殺殺嫉殺』
く、空気に見えないはずの彼女達の心情が文字になって見える!
「え?幸せ?そ、そんな………お、俺に会えて幸せだなんて………」
誰もそんなことは言ってねぇ!
「お、俺もお前に会えて幸せだよ!」
そんな返事も望んでない!
『怒殺嫉呪殺殺殺殺呪嫉怒怒怒呪呪呪!』
うぁ!先ほどよりも禍々しさが増えた!くそっ!こいつが変なことを言うから!
「?俺の後ろに何かあるのか?」
私の視線に気づいた奴が後ろを向く。その瞬間。
『喜笑好好好好愛好好!』
禍々しい空気は浄化され浮かぶ文字まで変わった。女子達は可愛らしくきゃっきゃっうふふっと話しているが………周囲の男子の顔色はすこぶる悪い。
怖い………女子が怖いぃぃぃぃぃぃ!っうかなんでこいつのファンは揃いも揃って凶悪なのよっ!
「まぁ、いっか!それよりも野々村!」
『怒怒怒怒怒怒呪呪呪!』
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!こいつの視線が外れた途端に禍々しさが戻った!
「あ、あのさ………もしも、暇ならさ………今度の週末に………」
奴がそんなことを言いながらポケットの中から何かを引き出そうとする。
ほんのり赤く染まった頬と台詞とその動作にその場の危険指数がレットラインをオーバーしそうなんですけどぉぉぉぉぉぉ!
ちょ、まっ!女子の皆様が分度器やらシャーペンやらコンパスやらをまるで暗器使いのように持っていらっしゃるのですけど!
「知り合いから割引券をもらったから………一緒に………」
長方形の紙はあれですか?映画か遊園地の券ですか?
駄目だ!あれを出させても台詞を言い切られても私の人生、終わる!
どうする?どうすればいい。どうすれば生き残れる!
コンマ数秒の間にめぐらせ、私が導き出した答えは!
「いかな「ぶぇくしょん!ぶぇくしょん!ぶぇくしょん!か、花粉が鼻と目と喉にきたぁぁぁぁぁ!!くしゃみが止まらない!」
「え?今、別に花粉症の時期じゃな………「という訳なので!ちょくら席をはずします!アディオス!」あ、野々村!」
奴の台詞を全て遮って私は全力疾走で………逃げた!
はぁ、こんな寿命が縮みそうなことを卒業まで続けなきゃいけないのかなぁ………。あ、涙でそう。
「はぁ、また言いそびれた。脈はあると思うんだけどどうにもタイミングが悪いんだよなぁ………」
「本気でそう思えるお前ってやっぱりお気楽だよ」
「へ?何が?」
「いや、別に。気づかないほうが幸せだろう、たぶん」