月影雅
[柊朱音視点]
夕方の冷たい風が頬を撫でる。少し肌寒い……上着を持ってくればよかった。
眼下に広がるこの都市はすでに明かりで照らされている。人がたくさん集まるだけあってまだこの活気は消えそうにない。
私は一度、自分が立っている場所を確認した。
建物はもう数百年も使われていなかったかのように錆びつき、脆く崩れやすいものになっている。さっき扉を開けようとしたら、ぎぃという音を立てるのではなく扉ごとはずれてしまった。確か下の入り口のところには『KEEP OUT』という黄色いテープが張り巡らされているはずだ。
これは……私のせいでこうなったんだ。
そう改めて己に認識させる。
深呼吸をし、二つの手に意識を集中させるとそこから淡い光が生まれ始めた。
……どうやら私には時間と空間を司る能力があるらしい。
だけどこれは、つい最近になって発現したわけじゃない。私がもっと幼かった頃から微弱ながらも感じていた力だ。数週間前まで、その存在をすっかり忘れていたけれど。
二つの光を地面に触れさせる。この荒れ果ててしまった建物は私の能力によって急激に何百年もの時間が経過したものだ。なら、元に戻すにはその逆の力をはたらかせればいい。
徐々に光は大きくなっていき、建物全体を包み込もうとする。
うん―――もしかしたら、うまくいくかも……!?
「うっ!? ぐ、ああっ!!」
突然、私の頭が激痛に襲われて光は消え去ってしまった。頭を両手で抱え、その場に蹲って必死に痛みに耐える。しばらくすると頭に走っていた激痛は治まってきた。けれどまるで風邪をひいたときのような気怠さが全身に残った。
「また……、失敗……」
能力を頻繁に使って、少しは慣れてきたと思っていたのに……。
数週間前……能力者たちが溢れだしたあの日から、私の能力の暴走は始まった。私の中に眠っていた力は膨れ上がっていき、私自身では抑えつけることが難しくなった。
一連の荒廃現象はもちろん、私のことだ。まあ、暴走を起こさなかっただけ今日はマシかもしれない。
「……帰ろう」
空間を操る能力は使いこなせればすごく便利だと思う。今の私に距離という概念はいらない。
「う~ん……まだ未熟なのか……」
「え?」
視線を巡らせる。確か今……誰かの声が聞こえた気が――
「ここだ、ここ」
間違いない、誰かいる!! でもどうしてこんな廃墟に!? 声がした方向を見る。屋上のフェンスの上にその人物は立っていた。
年齢はおそらく私より上……。ジーンズにスニーカーでジャンパーを羽織るという、とても簡単な服装をしている。特徴的だと思ったのはその瞳。まるで死んだ魚のような目をしている男の人だった。
「そんなところにいると危ないよ」
「いきなりそれかよ」
まあ確かに危ないよな、と呟きフェンスを飛び下りた。
「……だれ?」
警戒しつつそう聞いてみる。答えが返ってくるとは思えないけれど。
「月影雅。まあ、覚えなくていい」
「そう、よろしく月影さん」
意外だ……。そんなことを感じていたとき私は彼の指に視線を吸い寄せられた。
彼の十の指には様々な色の指輪がはめられていた。シンプルな服装をしている彼だけど、その指輪だけは異彩を放っていた。
「ああ、この指輪?」
私がそれを見ていることに気付いた月影さんは、両の手を広げる。
「おしゃれのつもり? 似合っていない……というより不便そう」
「違うな。これは能力を結晶化させたものだ」
能力を……結晶化? よくわからないことを言う。関わらないほうがいいと判断した私は空間移動を試みる。
「おっと!」
彼の指輪の一つが強い光を放った。私は構わず、力を発動させた。
そう、うまくいけば自分の家に移動しているはずだった。
「……え?」
なのに私はついさっきまでいた場所から、ほんの数メートルしか移動していなかった。
もう一度能力を使おうとすると、手首にしびれを覚えた。
「これは……?」
「能力を一時的に使用不能にする能力。まあ不完全だから、こんなものか」
ゆっくりと月影さんが近づいてくる。
「さて、お前のその能力……もらうぞ」
やっと書きたいところまできました!!