柊朱音
「おーい氷室。あんまり白峰さんを責めるなよ。あれはあの人の責任じゃないだろう」
「確かに白峰さん個人の責任じゃない。だが白峰さんが研究者という職に就いているのは白峰さんの意思だ。それを選択した以上、白峰さんにはその職を全うするだけの義務と覚悟が伴って――」
「めんどくさっ!!」
僕の叫びを軽く無視し、氷室は携帯を取り出した。
「どこにかけるの?」
「あー、学校」
数回のコール音が響いて続いてぶつん、という音がした。
「あ、教頭先生? ちょっと聞きたいことが……はい。そのことで――」
どうやら相手は教頭先生らしい。何回かやり取りを繰り返し氷室は携帯を切った。だがすぐにメールの着信音がした。
「見てみろ、紫音」
携帯の画面を見せつけてくる。そこには何やら個人情報らしい文字や数字の羅列が。
「まさか……これ」
「お前が言っていた、茶髪の女の子の個人情報」
「お前……マジかよ。今から?」
「早い方がいい」
僕は氷室に呆れつつ……少し感心していた。こうやって引っ張ってくれるところは本当に助かる。
電車とバスで彼女の家に向かっている間、氷室は色々と説明してくれた。
名前は柊朱音。八雲中学の三年生。教員たちからの印象も良く、何の問題もなく学校生活を送っていたはずだったのだが、ここのところ、ずっと無断欠席をしているらしい。
しかもそれは、あの『覚醒』が起こった日からのことだった。
「まず間違いなく……この子は能力者だ」
それはもう確信しているよ。だって僕、柊さんに会ったし。
研究所から一時間弱かけて柊さんの家に到着した。
柊さんの家は立派だった。もちろん、豪邸や屋敷とかではなく一般的な範囲で上流階級だという意味だ。僕のアパートと比べると涙が出そうだ。
だが。そこに柊朱音はいなかった。
迎えてくださったお母さんが言うには、最近はどこかに出掛けたまま帰らない日があり帰ってきたとしても家族とすら何も話していないとのことだった。
「そうですか。それでは僕たちはこれで……」
「あ、あの! 娘は……!」
「はい?」
「い、いいえ……。なんでもありません」
「………」
僕たちは柊さんの家をあとにした。
「困ったなあ……」
早くも僕たちは行動の指針となるものを失ってしまった。柊さんのお母さんに、他に心当たりがないか聞いておけばよかった。
「どうする氷室? 帰るか?」
見ると氷室は顎に指を当てながら何か思案している様子だった。
「なあ、紫音。これまでの荒廃現象が起きた場所ってわかるか?」
「え? う~ん……ちょっと待ってくれ」
携帯端末からネットにアクセスする。『能力者 被害』で検索をかけるといくつか候補が出てきた。
「これだな」
未解決事件であるため、そのサイトはすぐに見つかった。
謎の荒廃現象。事件の詳細と共に、被害が出た場所が箇条書きで表示されていた。
「こんな感じ」
氷室にそれを見せつけたが当の本人は顔をしかめて、
「あー、悪い。俺地理とかダメ。なにそれどこ?」
よくそんなんで教師になれたなオイ!! 仕方がないので地図アプリを出し、その場所を指で示した。
「………と、それにここ。最近起こったのが、ここ」
全て説明し終えると、氷室は、
「そうか」
と勝手に納得してどこかへ行こうとした。慌てて止める。
「どこ行く気?」
「いや~別に。今、紫音が言った場所って結構密集してるんだなーと思って。だったらその近辺を探してみようかと」
「こ、これから……?」
もう夕方の六時を回っている。副業であるバイトは七時からだ。被害場所に向かっているだけでその時間を過ぎてしまう。
「だからお前はいいよ。バイトあるんだろ? それと七瀬にも会っておけよ」
「いや、そういうことなら僕も行くよ。バイト先には連絡しておけばいいし、陽菜は……」
そこで言葉に詰まってしまう。学校で働き始めてから、病院に顔を出すことは日課にできなくなっていた。今日も本当なら陽菜に会いに行くはずだったけど……。
「また今度でいい」
氷室は何かを言いたいような顔をしていたけれど、やがて諦めたように嘆息した。
「なるべく急ごう」
だから、気を遣わなくていいっての!!