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不思議色の未来  作者: 雨夜かおる
未来編 5years later
6/20

茶髪の少女

 陽菜と別れて病院を出た僕はそのまま自宅へと向かっていた。

 人通りの多い繁華街を抜けて閑静な住宅街を目指す。

「あ、お昼ご飯どうしよう……」

 一人暮らしとはいえ、家事が全くできない僕はコンビニ弁当で食事を済ませてしまうのが常だ。体に悪いと分かっているが僕に料理は向いていないらしい。

 コンビニに行くために今来た道を戻ろうとすると、

「………?」

 なにか違和感を覚えた。

 誰かの叫び声が聞こえたような……。だが表通りは車が時々通っていくだけで特に何の異常もない。辺りを見回すと、古本屋と雑居ビルの隙間の路地が気になった。

 おそるおそる、そこへ近づいていく。

「ねえ、お金貸してー? すごく困ってるんだよね、僕たち」

「あはは、やめろよお前。怖がってるじゃん」 「大人気ないねー、まったく」

「……っ」

 よく見ると、制服を着た一人の女の子が三人組の男たちに囲まれていた。

「………」

 これは……助けるべき、なんだよな。でも三人も相手に喧嘩になんてなれば僕も無事では済まないかもしれない。

 とりあえず警察に通報をしようと携帯を取り出そうとすると、

 ドン! という強い音が聞こえた。

 女の子は頬を押さえて(うずくま)り涙目になっていた。どうやら殴られたらしい。

「何黙ってるの? いいから早く財布を出して……!?」

 僕は足元に転がっていたビール瓶を男に投げつけていた。強襲を受けた男は頭を押さえてその場に倒れこんだ。残りの二人の男がこちらを振り返る。

「………」

「………」

 視線と視線が交錯する。僕にとってこの一瞬はとても居心地の悪いものだった。

 一人の男が嘆息しながら、こちらに近づいてくる。

「失せろ」

 ドスのきいたその一言は、普通なら逃げたくなるようなものだった。

 けど僕はその場を動かず男の目を見据える。 「……チッ」

 男は僕の顔面を狙って拳を振るった。

 だがその一撃は僕には当たらずただ空気を切るだけだった。

「ごぼっ!?」

 男が殴った瞬間、僕は相手の顎を拳で打ち込んでいた。クロスカウンターだ。

 男は顎を押さえながら蹴りを繰り出そうと―――したのを僕が相手の膝を靴の裏で抑え込んだ。

「!?」

 混乱した男は僕から距離をとろうと後ろに下がろうとした。そのタイミングを狙い、僕は男の腹に拳を叩きこむ。想像以上の力がはたらき、男は後方に吹っ飛んだ。

 それをただ眺めているだけだった最後の一人は降参の意を込めて両手を挙げた。

「……喧嘩慣れしてるね、意外と」

「そうでもないですよ。……で、どうします? 続けますか?」

「いや、勘弁。勝てる気がしねえ」

 そう言うと男は仲間の二人を連れていった。

 三人が姿を消した後で、僕は女の子へ駆け寄りその顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

「………」

 ゆっくりと女の子は顔を上げる。涙で目元が腫れているが端正な顔立ちをしているのがわかる。薄く髪を茶色に染めているのが特徴的だった。

「………」

「君、八雲中学の生徒でしょ? 僕はそこで教員を務めているんだけど……見覚えない?」

 人差し指を自分に向け、苦笑して尋ねてみる。  ……彼女の制服を見たときは自分の目を疑ったが、どうやら本当に僕の学校の生徒のようだ。すごい偶然である。

 女の子は僕の顔を見ると「あ……」と声を漏らした。よかった、思い出してくれたようだ。僕は彼女の頬をさすりながら、

「痛くなかった? 怖かっただろうけど、もう大丈夫だから。君の保護者に連絡をしたいので、できれば名前と電話番号を教えてもらってもいいかな?」

 だが女の子は視線を落とし、顔を俯かせて黙りこくってしまった。

「あ……えっと……」

 あー、どうしよう。この年頃の子供にはどう接するのが正しいのだろう。

 僕が困り果てていると女の子はそっと震える指で僕の手を指差した。

「え?」

 見てみると、僕の右の拳に青く痣ができあがっていた。さっきの喧嘩で痛めてしまったのだろう。気が付かなかった。

「あはは……いや、ほんと僕は喧嘩慣れしてるわけじゃないからね? さっきのは偶然だよ?」

 笑って誤魔化し、腕を引っ込めようとする――と彼女は強く、僕の手を掴んだ。

「な、なにを――」

 次の瞬間、僕はその光景に目を奪われた。  僕の手が淡い光に包まれていく。指を凝視していると痣が消えていくのがわかった。信じられなかった。

 腕を高くかざし、握り拳を作る。しかしさっきまでのような鈍い痛みはない。

「君は、もしかして――」

 だがもうそこに、彼女の姿はなかった。

 慌てて辺りを見回し、表通りに出たがやはりそこにもいなかった。  残ったのは虚無感だけ。  僕は夢をみていたのではないだろうか、そんな錯覚に陥りそうになってしまうくらい何もかも、何事もなかったかのようだった。

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