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不思議色の未来  作者: 雨夜かおる
未来編 5years later
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七瀬陽菜

 先日の事件を皮切りに、日本全国でいくつかの怪奇現象が起きたことが報道された。

 人々が行方不明になる神隠し、火の気のないところでの突然の発火、ある地域では雨がやまなくなったり、男女の性転換まで起こってしまう始末だった。

 当然のことながら学校は休校、学校に限らずほぼ全ての職場が平常営業できなかったはずだ。二十四時間営業のコンビニですら閉まっていた。

 日本は破滅へ向かうだろうと、世界は固唾を呑むばかりだった。



 しかし、事態は意外にもあっさりと沈静化することになる――



 最初の現象が起こってから一週間後。

 やっと世界が平穏を取り戻しつつある中で、僕はちっとも落ち着いていなかった。

 白が強調された廊下を駆ける。今すぐに会いたい人がいる。

 部屋を見つけ、取っ手を掴んでドアを勢いよく開けた。

「陽菜!」

 開けた瞬間にそう叫ぶ。ベッドの上には白髪(はくはつ)で儚さを醸し出す陽菜の姿があった。力いっぱいに抱きしめる。

「陽菜、陽菜……!! よかった、生きていて、本当に……。具合は!? どこも悪くない!? せっかく体調がよくなりかけてたのに、こんなことでまた陽菜がつらい思いをしてたんじゃないか、って心配で心配で――」

「だぁー!! うるさい!!」

 陽菜の手が僕を思いきり突き飛ばした。何故かその顔は赤い……はっ!?

「陽菜! 顔が赤いよ!? やっぱりどこか悪いの!?」

「えっ……え!?」

 僕がそう指摘すると陽菜は自分の顔をぺたぺたと触った後で耳まで真っ赤にし、両手をぶんぶんと振って何か弁解しようとしていた。

「ち、違う、これは……」

「あ、看護婦さん!! 陽菜は大丈夫なんですか!?」

 今まで視界に入っていなかった看護婦さんに気が付いて、僕は彼女に詰め寄った。看護婦さんは顔をひきつらせながらも親切に応対してくれた。

「つい先ほど検温をしましたが熱はありませんでした。体調も今のところ良好ですよ」

「で、でも……」

 陽菜の顔は真っ赤だし、息も乱れているぞ?  看護婦さんは「ふふっ」と微笑を浮かべると、陽菜にそっと近づいて何かをささやく。

「いい彼氏さんですね」

「っ~!!」

 陽菜は毛布を頭からかぶると、しばらくそこから出てこなかった。

「……怒ってる?」

「べっつにー? 怒ってませんよー?」

 いや、怒ってるじゃないか。さっきから目も合わせてくれないじゃん。

 いつもなら誰の考えでもわかるのに、こういうときに限って調子が悪い。

「いきなり抱き着いたから?」

「……ち、違います……」

 頬を赤らめて、消え入りそうな声で否定する陽菜。

「(あ~、可愛い……)」

 そわそわと落ち着かなそうに視線をさまよわせて、僕と視線が合うと途端に逸らす。そんな陽菜を見ていると、とても微笑ましい。怒って拗ねている陽菜も、照れて思わず敬語になってしまう陽菜も、全部好きだ。

「なんで、会いにきてくれなかったの……?」

 不機嫌そうに、それでいてどこか不安そうに陽菜は言った。

 最初、僕は言葉の意味がわからず、間抜けな返答をしてしまった。

「へ?」

「だっ、だからっ!! なんで三か月も来てくれなかったのって言ってるの!!」

 ……三か月?

 確か最後に陽菜に会いに来たのって……。

「あ」

 そ、そうだ。白峰さんに会った、あの日以来じゃないかっ!!

 これは……いただけない。完全に僕が悪い。

「ご、ごめん……。就職したから、その……忙しくて」

「え!? 就職できたの!?」

 今度は目を輝かせて僕の顔をのぞきこんでくる。

「う、うん」

「すごい、おめでとう! 何になったの?」

「一応……中学校の教師……」

「えー? 紫音が? 似合わなーい」

「なにおう!?」

 その後、僕が働き始めた中学校の話を陽菜は最後まで付き合って聞いてくれた。陽菜の三か月間の退屈な日々の話も聞いた。さっきまでの不機嫌な感情は一体どこへいってしまったのだろう。僕の就職に心の底から喜んでくれたし……ほんと、


 陽菜は、最高の彼女だ。



「ん? あれ? どうしたの?」

 気が付くと僕の手は、陽菜の頭を撫でていた。

「うん。なんか、こうしていたいなって。駄目だった?」

「ううん。そんなことないよ」

 気持ちよさそうに陽菜の表情が綻びる。僕は気が済むまで撫で続けた。

「ねえ、少し外に出ない?」

「え? 今から?」

「そう!」

 毛布をとって、ベッドに腰掛けるように座った陽菜は僕に車イスを持ってくるように言った。陽菜はもう、自分の足では歩けない。

「オーケー、ちょっと待っててね」

 車イスを借りて陽菜を座らせる。病院の受付に外出の旨を伝えて僕らは外へ出かけた。

 と言っても、病院の敷地内をぐるぐる回るだけだ。それなのに陽菜は何が楽しいのかさっきから鼻歌を歌っていて機嫌がよさそうだ。

「風が気持ちいい~」

 確かに陽菜の言う通り、だんだん暖かくなってきたこの時期に乾いた風が心地よく感じられる。桜の花びらが散る並木道を、車イスを押しながら歩いていると、

「で?」

 と、唐突に陽菜が口にしてきた。

「え、何が?」

「どうかしたの? 今日は少し変だね」

「だ、誰が?」

「紫音が」

「え、や、その、何がどの辺が?」

「今の慌て方とかかな」

 ……ああ、なんか今日は陽菜のペースだなあ……。やっぱ調子悪い。

「ちょっとね」

「言ってごらん」

 顔だけこちらに向け、優しく語りかけてくる。  僕は少し逡巡した後、ほとんど聞き取れない声で、

「また『覚醒』が起きた」

 たったその一言を呟いた。

 自然と車イスを押していた僕の足が止まる。そうしていないと、どうにかなりそうだった。

 たっぷり十秒間、僕ら沈黙した。

「……そっか」

 陽菜の言葉を合図に僕は再び車イスを押し始める。

「ただ、今回は能力を積極的に使う人が多くて……この一週間毎日そのニュースをやってたんだけど……見てないんだよね?」

「そうだね。ほとんど寝てたし」

「昨日まで病院とも連絡つかないし……」

 あらゆる機能が停止した世界は、僕を不安にさせた。誰かの安否を確認できないことがこんなにも煩わしいものだとは思わなかった。

「そんなに心配しなくても」

 そうだ。本来なら僕もここまで心配することはなかった。だけどそうなったのは、理由がある。 「するよ。だって一昨日を境に暴動は急激に減っていったから」

「………」

「これって明らかに、あの機械のせいだよね」

 混乱の歯止めが利かなくなった世界は、しかしすぐに元の日常を取り戻した。

「もし、また間違いを犯すつもりなら僕は――」 「紫音」

 僕の言葉を遮って陽菜は僕の目を見つめる。 「たとえこれから先どうなっても……また無茶したら、怒るからね」

「…………、わかった」

 僕たちはそれっきり何も話さず、病院へ戻っていった。

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