中学校
白峰さんの勧めで、真面目に教員の資格を取ろうかと考えていた僕のところにその白峰さんから電話が来た。
『あー、お前。別に特別な資格とかはいらないからな?』
「はい?」
『まあ行ってみればわかる』
数日後僕はその中学校を訪れた。自宅から電車で一時間ほどのところにあるその学校は驚いたことに僕が通っていた中学校だった。
「……へえ。ここがお前の中学?」
僕が学校に着いたとき一人の男が話しかけてきた。
すらりとしていて身長は僕より高い。明らかにこだわりを持って染められた茶髪は今風に伸ばしてある。かと言ってチャラい印象はなく、何を考えているのかよくわからない目が僕を見下ろしていた。
「……ほら、やればできるじゃないか」
「自分の可能性にびっくり」
僕と氷室は学校の職員に歓迎されて応接室に連れられた。
中学のときのことが思い出される。というか、こんなに校舎って小さかったかな? あ、背が伸びたからか。
校長からはなんとも頼りない印象を受けた。むしろその後に面接を担当した教頭先生のほうがしっかりしている。
「今回、君たちは正式に職員になったわけではなく実習生ということになっている。期間は三か月。それでもしその気になったら、そのときはまた話をしよう」
「ありがとうございます」
だが蓋を開けてみると実習生らしいことは何もなく、主に雑務ばかりやらされた。職員室でのお茶配りに始まり校内清掃、果てには夜中の警備……。
生徒との関わりが一切ない!!
「……なあ」
「言うな。白峰さんが、資格をとらなくていいって言った訳が今わかったよ……」
ただまあ……肩書きは実習生なのに給料が毎月もらえるのは素直に助かる。気が付けば、この生活が始まって三か月目になっていた。
「黒崎くん、ちょっと」
教頭先生からのお呼び出し。
またか……。おもわず顔に出してしまいそうになったがぐっとこらえる。この人が僕を呼ぶときは大体、何かの仕事を押し付けるときだ。呼ばれる度に仕事が一つずつ増えていき今に至る。今度は何だろうな……。
「カウンセラーをやってもらえないか?」
「は?」
これはまた。面倒というよりは意外な仕事だった。
「どういうことでしょう?」
「実は長年スクールカウンセラーを務めていた先生は今年で定年退職なんだ」
ああ、あのおばあさんか。とてもあたたかい雰囲気を醸し出す人で人柄もとてもよかった。あの細い優しそうな目で見つめられると心の底から安心感が湧いてくる。
「今じゃいじめ問題も多いし。生徒たちの状態を把握できるようにしておきたい」
「いや、でも……僕はあの人みたいにはできませんよ」
「大丈夫さ。人間、見た目が重要だ」
ちらり、と教頭先生は氷室を盗み見た。
「中身はもっと大事だと思いますが」
「そこの面でも信頼しているよ」
じゃあよろしく、と言い残し教頭先生は自分の仕事に戻っていった。
「……、暇だな」
読みかけの本を閉じ、窓の外を見てみる。校庭では子供たちが鬼ごっこやドッジボールをして楽しく遊んでいる。……元気で大変よろしい。
まだ肌寒さが残っているが春の陽気を感じる。これから次第に暖かくなるだろう。
四月になり、新入生たちが入学してきた。朝礼での教員紹介で、この相談室のことは新入生にも伝わっているはずだが誰も来ない。
まあそんなものか。特に今はクラスメイトと親睦を深める時期だし悩み事を抱えるのはもう少し後になるだろう。いい休憩時間だ。
部屋の静けさを紛らわすためにテレビをつけてみる。この時間帯はこれといっておもしろい番組はやってないんだよなー、やっぱりニュースか。 若い女アナウンサーはときどき原稿に目を落としながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。そういえば見たことがない。新人かな? 春はいろいろと新しいことが多い。
『速報です』
急に画面が切り替わり、ベテランの初老アナウンサーが映し出された。
といっても最近ではあまり姿を見ていなかった。この人の話し方はとても流暢で、僕は気に入っていたんだけどな―
次の瞬間、テレビに映し出された光景に僕は息をのんだ。
「な……に、これ……?」
上空から撮影されているであろう映像には、一面の廃墟が広がっていた。
多くのビルが立ち並ぶ街は錆びついており、木造の建築物に至っては風が吹いただけで崩れ落ちる。街路樹などは緑の色を失い枯れ果てて放置されていた。
まるで何百年も人間の手が加えられなかったようだった。
ベテランのアナウンサーは深刻な顔つきで話し始めた。
『これは現在の――県、――市です。今日午前十一時ごろ突然街が淡い光が街を包み込み、光が消えると同時に建物などが荒廃していったそうです。すぐに一般人の避難が行われ、この現象により怪我人がいないことが確認されました。政府は、この現象を自然現象ではないと断定し、「能力者」が関係しているとみて――』
能力者――という言葉を聞いて、我に返る。
いけない、こうしてはいられない。すぐになんとかしないと。