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不思議色の未来  作者: 雨夜かおる
未来編 5years later
3/20

ファミレス

 これが僕こと、黒崎(くろさき)紫音(しおん)の日課である。二十二になっても未だに安定した職につけていない、マシな言い方をするならフリーター。悪い言い方をするなら……ニート?  

 こんな生活を送る羽目になっているのは決して自分のせいではない。  

 ……と信じたい。社会の荒波のせいだろう。

 病院を出て最寄りの駅に向かっていると、ポケットに入れていた携帯が振動した。受信メールがひとつ。メールは予想通りの人物からのものだった。

『今日、飲もうぜ』

 たったそれだけしか書かれていない短い文章。すぐに返信する。

『き・ん・け・つ、です!! 次の会社の面接準備もあるので無理です』

 携帯をしまって再び歩き出そうとすると、またメールが届いた。早いな。

『白峰さんが来るぞ~』

「よし、行くか」

 すぐに参加の旨を伝える。白峰さんが来るということは間違いなく奢ってくれるということだ。生計を立てている身としては、ありがたい話だ。

 すぐに駅に向かい、目的の場所を目指した。 「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

「いえ、連れがいるはずですけど……」

 僕は店内を見回す。すると奥の席の方に白峰さんを見つけることができた。 飲もうぜ、と言われたら普通は居酒屋を想像すると思うだろうが、僕は今ファミレスにいた。……いや、だって仕方ないじゃん。居酒屋とか、調子乗って飲み過ぎちゃうし金は結構かかるし。

「早かったな」

「生活がかかってますので」

 僕がそう言うと白峰さんは豪快に笑った。テーブルの上にはビールが。飲めないくせに何故頼むのだろう。

「早く座れよ」

 僕は白峰さんの向かいに腰かけようとして――もう一人の先客に視線を向ける。

「奥に詰めてくれないか」

「待て、今はそれどころじゃないんだ」

  薄汚れた黒のTシャツによれよれのジーンズという格好の典型的ダメ人間はメニューを凝視したまま呟いた。

「生活が苦しいのはお前だけじゃない。俺もだ。さらに食事という行為は明日を生きる原動力になる。つまり白峰さんが機嫌を損ねないかつ俺が満足できるものを試行錯誤で選択することが――」

「めんどくさっ!!」

 無理矢理奥へと押し込み、素早く空いたスペースに座り込む。

「年上であり、人生の先輩である俺の邪魔をするな」

「人生の先輩なら、寛容さを見せてほしいね」  ダメ人間はタバコに火をつけると白い煙を口から吐き出した。

 氷室泰輔。ちょっとした縁で知り合った、まあ……恩人と言えなくもない男だ。

 不機嫌な顔になった氷室が僕を睨みつけ、呼び出しボタンを押した。

「ちょ、まだ決めてないんだけど」

「どうせいつものだろ」

 まあそうだけど。ほどなくして全員に食事が運ばれてきた。

「いただきます!」

 わざわざ手を合わせ、氷室は軽く頭を下げる。妙なところで律儀な人だ。普段はごちゃごちゃとうるさいのに。僕も氷室に倣って手を合わせる。

 ある程度食事が進むと白峰さんが口を開いた。

「二人とも、具合はどうだ?」

 少し気遣うような言い方だ。 

「僕は大丈夫ですよ」

「ああ、俺も今のところは」

 そう答えると白峰さんはまた笑い、ビールに口をつけた。……とても四十代には見えないよな、若々しいというか。

 そこから近況報告に入る。別に大したことは何もなかったが。白峰さんは相変わらず研究に忙しいし、氷室は……まあいいや。

「っていうかここには野郎しかいねえのか?……おい、紫音。誰か女連れてこいよ」

「ふざけるな。自分でやれ」

「俺がそんなこと、できるわけないだろ?」  いや、身だしなみを整えれば氷室なら女の子の一人くらいは連れてきそうなのだが。

「お前ら……真面目に働けよ」

 呆れ返ったように白峰さんがつぶやいた。 「えー? 面倒くさいですよ、なあ紫音?」

「一緒にするな」

 まだ熱いグラタンが口の中に広がっていく……おいしい。氷室はステーキを切るのに苦労しているようだ。

「それに僕は働いてますよ。毎日バイトで忙しいです。就活だってしています」

「それは……何だ? 俺が正真正銘のニートでダメ人間だと。そう言いたいのか?」

「さあ?」

 僕は水を口に含みながら惚けてみせた。うん、氷室をこのネタで一時間はいじれる自信がある。

「ならコネを使うか?」

 いつものように一瞬で酔ってしまった白峰さんが赤い顔で言った。だがしかしこの赤い顔も店を出るときには真っ青になっているだろう。あと黄色があれば三色の信号機の完成だ。

「ありがとうございます。是非お願いします」 「いや、なにキメ顔してんの。白峰さんも! こいつは甘やかしちゃ駄目でしょ!?」

「んー?」

 白峰さんは僕の言ったことが理解できていないようで、頭をフラフラとさせてやがてテーブルにおでこをぶつけた。

「………」

「………」

「……、はっ!」

 覚醒した。

「俺の知り合いが中学校の校長なんだが……最近、教員の数が足りなくて困ってるらしい。どうだ、やってみるか?」

「え? 教師!?」

 予想外な単語が飛び出してきたせいで、驚いてしまった。

「やります」

「氷室のそういうところには毎回脱帽するよ!」

 迷わず決める。これが氷室の座右の銘である。だが氷室に教師が務まるとはとても思えないのだが……。

「じゃあ、頑張れよ」

 もっと聞きたいことがあったのに白峰さんはそれで話を終わらせてビールを飲んだ。

 帰りは二人で白峰さんを送る羽目になった。

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