乙女と魔法と戦士達②
「お兄ちゃん!?」
突如として現れたリューヤを見たリィナは、驚きと喜びの混じった声で呼んだ。
「……はぁ。面倒なことに巻き込まれたな、アルティ?」
「キュウ」
リューヤは面倒そうに尋ねると、肩に乗る小さな黒い獣がこくんと頷いた。
「……ま、姉ちゃんやリィナがいるみたいだし、さっさと終わらせるか! ――『ウエポンチェンジ』」
リューヤはしかし、やる気を見せると手元に緑色をして葉のような装飾のある槍を出現させる。
「【突貫】!」
そしてリューヤの飛来に気付き、騎士達に囲まれた団体よりも狙いやすいリューヤの方へロックゴーレム達が向かっていく。だがリューヤは【突貫】という槍を構えて直線的に突っ込むだけのアビリティを使い、蹴散らした。
ロックゴーレムのレベルは五十前後。対するリューヤのレベルは七十八。幻想世界で多くの戦闘をこなしているもののまだ上がっていないが、ステータスに大きく差が出る。
そのため『槍術』のスキルの中でも最初から覚えている【突貫】のアビリティでも、一撃で蹴散らすことが出来る。
「キュウッ!」
肩に乗るアルティが上機嫌に鳴く。
「……アルティ、手は出さなくていいぞ。俺が全部やる」
リューヤは上機嫌なアルティに言い、【突貫】のアビリティが終わったところで、
「【森欄突貫】!」
さらなるアビリティを発動させる。リューヤは全身から葉のような緑色のオーラを発し、【突貫】と同じように、しかしさらなる規模でロックゴーレムを蹴散らしていく。
リューヤの活躍により、ロックゴーレムは大量に減らされ円になっていた両ギルドのメンバーは僅かに余裕が生まれ、ロックゴーレムを自力で押し返すことに成功する。
「……このまま一気にいくぜ!」
「キュウッ!」
【森欄突貫】を終えたリューヤはその足でグレイジャイアント・ゴーレムの下へ向かう。
道中にいるロックゴーレムは一突きずつして怯ませるのも忘れない。
「ジュンヤ、助太刀するぞ」
リューヤは素早くジュンヤの横を走り抜け、グレイジャイアント・ゴーレムへと立ち向かう。
「リューヤ!? 助かる!」
ジュンヤは敵の攻撃を防ぐので精一杯だったためリューヤの登場に気付かなかったので驚いていたが、すぐに目の前の敵に集中し、感謝の意を述べるのも忘れない。
「【疾風烈弾】、【高圧水連弾】!」
リューヤが突っ込むのに合わせてメナティアが両手の銃を放つ。風と水の弾丸をいくつも飛ばし、敵を牽制する。
「リューヤ!?」
リューヤの声に反応し、敵の懐に潜り攻撃していたフィオナが振り向く。そのせいで隙が出来、敵はその隙を見逃さず、新たに参戦したリューヤより隙を見せたフィオナに対して尖った山頂の半分で出来ている腕を振るった。
「っ!」
それに気付いたフィオナが回避を行おうとするが、かなり速く攻撃範囲も広い。今からでは間に合わない。
「……【流星森槍】!」
だがそれを阻むモノがあった。
グレイジャイアント・ゴーレムの尖った腕がフィオナの身体を貫こうとする前に、葉のオーラを纏った槍が勢いよく飛んできて、腕を弾き飛ばした。
「……大丈夫か、姉ちゃん」
その槍を投げた張本人、リューヤは静かにフィオナの隣に並んで尋ねる。
「……ええ。大丈夫よ。ありがと、リューヤ」
まさに男性プレイヤー達が思い描いていたような、ピンチを救って好感度を上げる作戦を、見事に再現していた。
「……じゃあ、久し振りに共闘といくか」
「……ええ!」
リューヤが武器を拾いに駆け出すのに合わせて隣を走るフィオナ。リューヤが武器を拾うまでの時間を稼ぐつもりなのだろう、直接敵に向かっていく。
「援護は任せない!」
メナティアの頼もしい言葉と両手の銃から乱射される弾丸に後押しされ、ジュンヤが敵を引き付けているのもあり、フィオナが敵に攻撃して気を逸らしていたこともあって、リューヤは無事森竜槍フォレストリザードラを回収する。
「助かった。……じゃあ、いくぜ。アルティ、しっかり掴まってろよ」
「キュッ!」
真剣な表情で槍を構えるリューヤの肩で、アルティが応える。
「……っ!」
リューヤは鋭く駆け出すと、槍を勇ましく突き出す。
「オオォ!」
脚を削り取られた敵は怒ったのか、リューヤに向けて腕を振るう。だがそれは乱射された弾丸により遮られる。
「……好きにはさせないわよ」
とんがり帽子とローブを纏う魔女風の格好をした美女が二丁の銃を乱射する様は、頼もしくそして格好のいいものがある。それがジュンヤの惚れた理由でもあった。
「メナティアにばかりいい格好はさせられないな!」
敵の正面で戦うジュンヤがニッと笑い、
「【シールドクラッシュ】!」
盾を振るわれた腕へと叩きつける。衝撃が盾から迸り、敵を怯ませ後ろへよろけさせた。
「来い! 俺が全て受け切ってみせる!」
ジュンヤは頼もしく叫んだ。
「私の活躍が少ないのは、気に食わんな!」
リューヤの援護はしなかったが、一人戦いに集中し敵の体力を減らし続けていた千代が居合いを放って、
「……チッ。浅いか」
しかし岩のモンスターに斬撃は効果が薄いので、傷は浅く舌打ちする。
「格好悪いとこばかり見せていられないわね」
短剣を構え、
「……【リーフブレード】、【オーシャンオーブ】!」
軽快なステップで敵の足元まで潜ったフィオナは、葉の刃と巨大な水の塊を放って牽制しつつ、関節部分の岩に短剣を突き立てる。フィオナの持つオリハルコンの短剣の切れ味は抜群で、何の抵抗もなく刃の根元まで突き刺さる。
「っ!」
そのまま手前に一気に引いて切り裂くと、フィオナは素早くそこから離脱する。
「ッオォ!」
そこに体重がかかることで、切れ目の入った関節を司る岩は瞬く間にヒビが入り片方の脚が膝から取れた。
「今よ!」
敵は何とか手を地面に突き立ててバランスを保つが、片方の腕が失われたも同然だ。
「……なるほど関節を狙えばいい訳か。――【閃辺判華】」
千代はフィオナを見て攻略のヒントを得たのか、再び日本刀を鞘に収めると、居合いを放つ。
その太刀筋は見えない程に速く、しかしフィオナが切り落としたもう片方の脚の関節に螺旋状の切れ目がその太刀筋を教えてくれる。螺旋状に切り込みを入れられた脚に体重がかかり、先程と同じように取れる。
さらにバランスを崩し、もう片方の腕も地面に突き立てる。
「オォォォアァ!!」
両腕が封じられた敵はそのまま成す術もなく倒されるかと思われたが、口を大きく開きそこからレーザーを放った。
おそらくこの敵が最後の隠し玉として使う技だろう、それを正面から受けたジュンヤは、まだ八割程残っていたHPの内、盾を挟んでも一気に一割未満――レッドゾーンまで持っていかれる。
「くっ……!」
ジュンヤはそれに対し呻いて大きく後退する。バランスを崩し、追撃を受けたら死、あるのみという状態だ。
だがそれでも避けなかったのは、この場の総指揮を任されているという責任感と、後ろでロックゴーレムを相手してくれている仲間達まで及ばないとは限らないからだった。
HPが八割あったジュンヤでさえここまでくらったのだ。後ろでロックゴーレムに苦戦を強いられている仲間達など一溜まりもないだろう。
「ジュンヤ!」
メナティアがジュンヤを心配に悲痛な声を上げつつ、しかしトッププレイヤーだけはあってジュンヤに注意が向かないように銃を乱射する。
「【ブリューナク・ブレス】!」
ジュンヤの窮地に応じてか、全てを凍てつかせる風が敵の右腕を凍らせる。
ロックゴーレムを他のメンバーに任せ、ジュンヤのピンチに駆けつけたのはリィナである。大きな木製の杖を掲げ、それに呼応するように水色の巨大な魔方陣が虚空に描かれる。そこから氷のドラゴンが顔を覗かせ口から絶対零度のブレスを吐き出したのだ。
リィナが使ったのは『氷竜魔法』という氷系統最強クラスの魔法で、魔法の強さは大まかに六段階に分かれるのだが、その中でも古代魔法という一番高い一つに分類される。
古代魔法というのは古に失われた魔法だとされている。リューヤの持つ最高峰の武器アルファ・ディ・ベルガリエも古代に作られた武器であり、その威力はかなり高い。
魔法でも一番高いもう一つは大規模殲滅魔法であるが、高レベルトッププレイヤー魔法職一筋のプレイヤー一人のMP全て、もしくは多数の魔法職プレイヤーのMPを使って発動出来る程強力かつ広範囲に攻撃出来るモノである。
それと並び称され単体の魔法職で使うには最強と言われるその一端に触れているのは、リィナが氷系統の魔法だけに全てを注ぎ込んできたのが理由だ。しかしそれでも大半の魔力が消費され、ほぼすっからかんになってしまうが。
「【ナイフ・オブ・ダンス】!」
フィオナがトドメが近付いていることを察知し、携えた短剣に平行に並ぶように展開されていくあらゆる属性の短剣で左腕を突き刺し攻撃する。
「……千代、いけるか?」
「……誰にモノを言っている!」
メナティアの援護もあって正面から突っ込むリューヤと千代。並んで走る二人だったが、千代がさらに速度を上げ、
「……ただ一刀に、切り伏せるのみ。【燐火の報い】」
冷徹に呟き、千代は居合いを放った。敵の身体に真っ直ぐ真っ二つになるように切れ目が入る。
「……斬撃とかは効きにくいんだよな? でもこれでちゃらだ。【多段槍撃】!」
リューヤは千代に遅れて敵の下へと着くと、両手で持った槍を千代の作った切れ目に突き立てる。しかもそれだけでは終わらない。瞬時に引いた槍と二度、三度、四度、五度と続け様に突き立てる。
「……オ、オオオオォォォォォ……!」
その続け様に受けた衝撃により千代の作った切れ目がさらに開いていき、ついには真っ二つに両断するまでになる。
真っ二つになったグレイジャイアント・ゴーレムはそこでHPが尽き、光の粒子と散って空へと消えていく。
メンバーの中でも特筆すべき戦力がロックゴーレムの掃討に加わったこともあり、エリアボス戦は終了した――。




