教祖討伐
本日二話目
暗雲は消えたがゲートのせいで月明かりが遮られ、暗さを保つ戦場。
かつては三つの巨大な壁が身分差と言う格付けを、象徴していた。
今はその見る影もない。
三つある壁の内、国を囲む壁以外は、ただの瓦礫の山と化している。
昔ここに表立って住んでいたと言う、最強の種族ーーアスラリアス。
現在、いや正確には昨日まで壁で隔たれた一番外側に、一部の者を除いて存在され知られずに、迫害されてきた彼らの反乱によって壁は砕かれた。
そして、もう一つ、勢力と言っても損傷ない者がいた。
彼はアスラリアスにしてプレイヤーのモルネから依頼され、仲間を引き連れて囮となり壁を二つ破壊し、国を支配するアンドゥー教と戦っている。
異国から来た冒険者、リューヤである。
シャドウレオンウルフ、リヴァイアサン、ゴールデンフェニックス、シルバーブレードバハムート、蛇神・ナーガ、蛇神・バジリスク、蛇神・ヤマタノオロチ。いずれもまさに怪物。
もうすでに国などなかった。
人々はこの狭い籠の中で、なす術なく怯えるのみ。奴隷も平民も冒険者も商人も騎士も貴族も王族も教徒も。身分など関係なく、ただ行われている戦争から怯え、巻き込まれないように逃げる。だがそれも壁に阻まれ逃げることを断念する。ただ、戦場を見るのみ。
王族と貴族、教徒、一部の商人と騎士が暮らしていた第一区域は、無駄に豪勢な面影などなく、ただの瓦礫の山である。
しかも、そこが戦場になっている。
世界に名だたる怪物と、反乱の首謀アスラリアス。
それらとゲートから止めどなく召喚される尾が蛇の尾の巨大な鶏ーーコカトリスが戦いを繰り広げていた。
いや、それは戦いと言うにはあまりにも一方的過ぎた。
恐るべきはアスラリアス。
武器を装備している者はいないと言うのに、二、三人がかりでコカトリスを倒している。
まず初撃、コカトリスを蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた方向にいたアスラリアスが殴り飛ばす。その間にもう一人が割って入り、コカトリスを踏み潰した。
素手でモンスターを倒すその膂力たるや、まさに脅威。
しかも二人、一人で一体を仕留める者がいる。
アスラリアスの集落の長である彼と、リューヤを呼んだ張本人である少女。
しかし凄惨と言う点では怪物達には劣るだろう。明らかに格下のモンスターであるコカトリスを、容赦なく殺戮していく。
疾走しその鋭い牙と爪で紙のように引き裂く。
金色の炎で焼き払い、燃やし尽くす。
大量の水で溺死させたかと思うと、水で穿つ。
銀で貫き、埋め、切り裂き、斬る。
双剣で舞うような乱舞をし、長い身体で巻き付き締め付ける。
石化させ、噛み砕く。
八つの頭で猛毒を浴びせ、八つの尻尾で薙ぎ払う。
そんな光景だ。
モンスター同士の一方的な殺し合いは、捕食にしか見えなかった。実際、残さず喰らい尽くされていく。
そんな光景が地上にあると言うのに、上空でも戦闘が行われている。
ゲートから次々と現れるコカトリス。
杖を振り回して魔法を放ち、時には槍を投げて空を穿つアンドゥー教教祖。
それらと一人で戦う黒い紋章を纏い羽を持つ、黒いロングコートを着て、漆黒の剣と純白の剣を持ったリューヤ。
リューヤは急発進急停止、ホバリング等を使って教祖の魔法と槍を避けながら、コカトリスを片っ端から狩っていく。
一刀の下、斬り伏せていくのだ。
高速で空を駆けるリューヤを、普通の鶏のように飛べないコカトリスが捕らえられる訳もなく。
それがさらに教祖の怒りを買った。
「貴様! 許さん、殺してやる!」
教祖はリューヤを睨み、闇雲に魔法を放つ。
「……」
だがリューヤは飛行して魔法を回避し、無視してコカトリスを狩る。
「っ……!」
教祖はさらに青筋を浮かべて怒りを露にする。
「くらえ教祖!」
ドゴォ!
教祖を、下から飛んできた瓦礫が襲う。
「がはっ!?」
教祖は思わず吹き飛んだ。
アスラリアスの青年である。
「……くそっ! この、力だけの下等種族がぁ!」
完全にキレた様子の教祖は、アスラリアスへと槍を振りかぶる。
「……知ってるか?」
「っ!?」
その教祖の背後から、暗い声がした。
「……戦いってのは、一瞬の油断が勝敗を分けるんだぜ」
「しまっーー!」
教祖が振り返り標的をリューヤへと変えるが、もう遅い。
「【デュアルスラッシュ】!」
まず、両腕を突いた。そこから剣を引き、腕を交差するように剣を振り、今度は逆。
「っ……!」
仰け反った教祖に、リューヤは左肩に二対の剣を振りかぶる。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そこから身体ごと回転するように、教祖を切り裂いた。
「……がっ!」
教祖は鎧のおかげで大したダメージを受けてないが、両腕の痛みはあるのだろう。呻いて後退する。
「……くそが! どいつもこいつも俺に楯突きやがって! 神にも等しいこの俺に傷付けやがって! てめえら全員皆殺しだ! 殺してやる! 殺してやる! 大体てめえは何で下等種族やペットを仲間であるように、同等であるように接してんだよ! 化け物は化け物! 人間は人間じゃねえか!」
教祖は錯乱したように、狂ったように喚いた。
……終わったな。
リューヤは教祖に哀れみの視線を向けた。
「何だよその目は! 俺は神にも等しい! てめえごときが、哀れんじゃねえよ! 俺に、逆らうなぁ!」
教祖は言って、リューヤに槍を構えて突っ込んでくる。
「……戦闘で混乱したら負ける。最初の最初に姉ちゃんに言われたんだっけな」
リューヤは独りごちた。
「何ブツブツ言ってやがる! 神の裁きだぁ!」
教祖はリューヤへと槍を突き出す。
「……てめえの敗因はただ一つ」
リューヤは空中で、剣を構える。
「……人の意志を、嘗めたことだ!」
教祖を睨み付け、槍を横に首を傾げて避けると、剣の間合いへと一歩詰める。
「ひっ! た、助けてくれ! 財産ならいくらでもやる! 特別に副王にしてやっても……!」
教祖はリューヤの鬼気とした表情を見て怯え、命乞いする。
「……男なら命乞いなんかしねえで最期ぐらい潔くしろ! 【双竜の乱舞】!」
リューヤは怯える教祖へと、剣を振るう。
剣に纏った黒と白の竜が、噛み付くように交互に襲う。
リューヤは剣を振るいながら、舞うように攻める。
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
雄叫びが上がる。教祖の纏う白銀の鎧に亀裂が走った。
「これで、終わりだぁ!」
乱舞の締め。二本の剣を大上段から、思いっきり振り下ろした。
「……!」
教祖は声もなく倒れ、光となってゲートに吸い込まれる。すると、ゲートが閉じた。
「……てめえに言いたいことは多々あるが。本気で命乞いするんだったら俺に王位譲るくらいの必死さ見せてみろよ。あと、その鎧、意外と脆かったな。神から授かったにしては、竜の牙が、届いてたぜ」
リューヤはゲートのあった虚空を眺め、呟いた。
リューヤの視界に、白んだ光が入った。地平線に、太陽の光が漏れているのだ。
「……夜明けか」
リューヤは長い夜を思い、顔を綻ばせる。
「リューヤ!」
長が地上からリューヤに手を振っている。叫んでいるのはこれから宴をしようと言うことだ。
……さて。この国の未来について、決定しとくか。
そんな長に苦笑して、リューヤはゆっくりと下降していった。




