決着と女王
「……」
煙幕が晴れると、バハムートは沈黙していた。
それもそうだ。
頭、両翼、両腕、右足、尾、腹部。それらが爆発によって消し飛ばされていた。
俺が斬り飛ばすのと違って、溶かしてくっつけるようなことは出来ない。完璧に消し飛ばされている。
「……やった、かな?」
ジュンヤは指揮を取った責任者として、不安そうに言う。
「……いや、まだだな」
俺はそう言った。確かにバハムートは満身創痍。虫の息もいいとこだが、HPは残っている。
レッドゾーン、それも、ギリギリ残ってた程度だが。
「っ!」
俺はバハムートにとどめを刺すべく、駆けていく。
「【天空双破斬】!」
ジャンプして、両手の剣を振り下ろす。それと同時に俺も下降していき、バハムートを切り裂いた。
「……」
バハムート、もう影も形も残っていないそれは、光の粒子になって天に昇っていく。
――――グランドクエストの討伐対象、バハムートの討伐を確認しました。グランドクエスト『バハムートの襲来』クリアです。
アナウンスが響いた。
「「「わあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
全プレイヤーから歓声が上がる。
「ん?」
そんな中、俺は空から何かが降ってくるのに気付いた。
「卵、か?」
見ると、他少数のプレイヤーにも降ってきていた。ゆっくりと近付いてきて、それが卵であることがわかった。
「……クエスト報酬、テイマーとサモナーへのバハムートの追加」
アリシャが説明するように言う。
『召喚魔法』はともかく、『テイム』は売っていない。テイマーはエフィのように初めに選ぶか、俺のようにイベントクエストで追加させるか、しかない。
俺の腕に二個の卵がおさまる。
「……俺は二体、か」
『召喚魔法』も『テイム』も持ってるからな。
ピキキッ。ピキッ。
アルティの時と同じように、殻にひびが入っていき、
「「ッ!」」
元気よく、二体のちっちゃいバハムートが顔を出した。
『……』
「おい! あれ……!」
誰かが、バハムートがいたところを指差す。
「……バハムート?」
半透明、透けているバハムートがそこにはいた。地に足が着いていない。浮いているようだった。
『……ああ、人間達よ。産卵の時期で気が立っていたとはいえ、多くを死なせてしまいました。申し訳ありません』
バハムートは、穏やかな雰囲気で言った。
『私は荒れている幻想世界から、産卵を安全に行えるよう、この人間世界来ました。しかし、安全な場所などありませんでした。どこへ行っても人間ばかり。気が立っていた私は住み処を片っ端から当たり、産卵場所にしようとしました。結果、拠点としていたこの場所で討たれてしまったわけですが』
バハムートの声は澄んだ女性の声だ。
『今の私は一時的に現世に留まった霊に過ぎません。あなた方に我が子託します。どうか、大切に育ててやってください。どうか、死なせないで』
そう言うと、バハムートの霊は消えていく。
「……悪かったな、討伐しちまって」
俺は誰にも聞こえない声で呟く。
『ふふっ。私を気遣う心があるのなら、代わりにその子達を大切にしてください』
「っ!」
バハムートは俺を見て言った。
『では、さようなら』
バハムートはそう言って完全に消えた。
「……」
勝利の雰囲気は消えていた。
――――グランドクエストクリア報酬を配布します。ダメージランキングは後程掲示板にて発表されます。
またアナウンスが響いた。
しかし、そのすぐ後に『danger』と表示されたウインドウが出てきた。
「っ!」
俺の目の前が真っ暗になる。そして、この感覚は見に覚えがある。
強制転移だ。
▼△▼△▼△▼△
『ヤッホー! 初めまして!』
目が覚めた時、最初と同じように始まりの街の大広場だ。
中央の噴水、その上空に巨大だが幼い少女がいること以外は最初と同じ状況だ。
『Infinite Abilities Online』のプレイヤー諸君! 私こそがこのゲームをデスゲームにした張本人、“乗っ取り女王”だよ! よろしくね!』
やけに高いテンションで幼女――“乗っ取り女王”は言った。
「てめえか! 俺らをこんなところに閉じ込めやがって! 出せよ!」
遠く離れた場所なのに何故かはっきり聞こえる声が怒鳴った。
「そうだそうだ!」
「ここから出してよ!」
小さな声、大きな声、子供がすすり泣く声さえ、全ての声が聞こえる。どうやら、拡声器のように声が大きくされて、全て聞こえるようにされているらしい。
「……今更お前が出てきて、何の用だ?」
俺は極めて冷静に言う。
『いい質問だね! 私が来たのは――ここから限定一名、先に出してあげようと思ってね』
「っ!」
それを聞いて辺りが静かになる。
『それは私が決めるけど、まあリューヤだよ』
「「「っ!?」」」
俺の名は知られているし、有名だ。だから視線が俺に集中する。
「……な、何で俺なんだ?」
掠れた声でそれだけを言った。
『だって、厄介だもん。最初の転移の時、今もそうだけど、全プレイヤーの声がちゃんと聞こえるようにしたんだよ。恐怖の相乗効果ってね。でも、リューヤくんが怒鳴ったせいで全部パアだよ。それに、デスゲームに真っ先に立ち向かったのは彼だよ? デスゲームで人が恐怖して動けなくなるのを楽しみにしてたんだよ? まあ、どう乗り越えるのかも見たかったけど。しかも、どんどん影響を与えて、どんどん新しいプレイヤーが増えてくんだよ? 厄介極まりないよね?』
「……」
確かに。仕掛けた方からすれば堪ったもんじゃない。
『でも本当の理由は――』
“乗っ取り女王”は俺に目を向ける。
『好みドストライクだからだよ!』
「「「……は?」」」
それを聞いた全員が呆然としていた。
『リューヤくんの顔も性格も好みドストライクなんだよ!』
「「「……」」」
俺は周囲のプレイヤーに憐れみの視線を向けられていた。
『ねね! ここから出してあげるから付き合おっ! 結婚しよっ!』
「だが断る」
俺は即答した。
『っ……!』
“乗っ取り女王”は意外と本気でショックを受けたようだった。
『……失恋しちゃったよ。もういいよ、サービスでリューヤくんに脱出させる一人を決めさせてあげるよ』
かなり落ち込んだ様子でいじけてしまった。
……当たり前だ。何でこんなヤツと結婚しなきゃいけないんだ。死んでも嫌だ。ってか、俺だけ逃げるのは嫌だし。第一、年齢詐称ロリババアと結婚するわけないだろ。
「……そりゃありがと。じゃあ、まだ1レベで、この中で最も年齢が低いプレイヤーを解放してくれ」
『……いいの? リューヤくん自身が解放されなくて?』
「お前はわかっちゃいないな。俺は臆病者だし、正直言って怖いぜ。だが、他のヤツらを置いて出たいと思うか?」
『……リューヤくんはそんなことしないなぁ。じゃあ、私は失恋祝いに新しいゲームをハッキングするから!』
「……止めなさい」
『……う。じゃあ、失恋祝いは他のにするよ! いいもん! 私の手下が失恋の仇は取ってくれるんだもん!』
「……」
手下だと?
『じゃあ、リューヤくんの条件にあった子を解放! じゃあね! もう来ないと思うけど! あと――リューヤくん以外の人間は面白いヤツ以外死ねばいいのに』
“乗っ取り女王”は今までにこやかだった表情を冷めた、ゴミを見るような目で俺以外を見る。
「「「っ!?」」」
それを受けなかった俺でも、寒気がした。
そんな俺達を放って、“乗っ取り女王”は姿を消した。
「「「……」」」
「俺、あいつの求婚断って正解だったな」
しー……んとした雰囲気の中、俺は心底そう思った。
「「「それはわかる」」」
うんうん、と頷いて大半のプレイヤーが同意してくれた。
結局、誰も俺が名も知らない子供を解放したことを怒らなかった。
第一グランドクエスト編はこれで終わりになります。
次回からは番外編集というか、本編ですが、本編ではない。そんな章になるハズです。
デスゲーム攻略過程などを所々書いていき、攻略最終まで突っ走ります。




