守護者
女王の計算通り、トッププレイヤーとして俺と最強を競う強さのメアが狙い撃ちされた。
フォローが間に合わないように状況を作り出されたらしく、瀕死のメアに対処する術はない。
彼を襲う小さな隕石は激突しメアを殺す――ことはなかった。
「……【ガーディアン・ワープ】。間に合って良かったよ」
爆発が収まると、そこには重厚な甲冑で身を包み両手に盾を持った男性プレイヤーがいる。固定されたメアを土台にして庇ったのだろう。だが男性自身は固定されていないため、受けた後自然と落下してしまう。動けるようになったメアが彼を拾おうとするが、
「気にしないでください。誰かを守るのは僕達の仕事です、メアさんは攻勢に」
男性はそれを拒んでずどんと落下する。落下ダメージを受けていたが微々たるモノだ。
今回集まった大勢のプレイヤーの中でも攻撃のほとんどを捨て、両手に防御のための盾を持つ唯一のプレイヤー。モンスターを倒すのにも一苦労なため実際のところこの中ではレベルが低い部類に入る。しかし防御力の数値だけならジュンヤよりも上という稀有なプレイヤーだった。
彼こそは、最強プレイヤー決定戦に出場していなかった『守護騎士団』のギルドマスター、アーロン。『神聖七星剣』を含めると及ばないが、純粋な防御力では全プレイヤー一を争う者である。
俺としてはあまり馴染みのない元中小ギルドのプレイヤーだが、挨拶しに来てくれたので顔は知っている。大体の人にはなぜか謝られてしまったので恐縮した記憶があった。
ともあれ、彼のおかげでメアが助かった。回復によってメアのHPが安全圏まで戻っている。とりあえず窮地は脱したか。
『あ~、惜しかったなー。手強いとこ一人減らせると思ったのにー』
残念そうなのは言葉だけで、大して気にしていない様子だ。太陽を創るなどからして、このラスボスは所謂神のような存在なのだろう。そして“乗っ取り女王”も俺達の命を握り弄ぶ神のような存在と言える。
そんなヤツからしてみれば、一人死ぬか死なないかなんて小さなことなんだろう。
「注意しつつ立て直しが終わったら改めて攻勢に出るぞ!」
危うく重要な戦力を一人失うところだったため士気に揺らぎが発生してしまった。そこをフォローするのはリーダーのジュンヤだ。少しでも心が折れてしまえば敗北は免れない。精神面での立て直しもしていかなければならないのだ。
その後も女王の攻撃に対処しながらHPを削っていき、ようやく第二段階を突破する。
『おっ、残り六割まで減ったねー。じゃあ第三段階いっくよー』
やはり二割ずつ敵の様子が変わっていくようだ。
ラスボスの傍の虚空から、白い無機質なモンスターが出現した。それらの姿は一定ではなく、しかしこのデルニエ・ラトゥールで出てきた敵モンスターを模しているようだ。
「敵が増えるパターンか……! リィナさん、ツァーリさん、すまないが本体じゃなく増えた方の殲滅を頼む!」
ジュンヤが早速指示を飛ばす。広範囲を攻撃できる魔法使いトップ二人に対処してもらうようだ。
「リィナ、隣もらうわよ」
「はい」
リィナのフィールドも次の段階へ移っている。フィールド内にいる味方プレイヤーの魔法の効力を大幅に引き上げる効果が発動しているはずだ。だからこそツァーリもリィナの横に移動したのだろう。
普通の敵よりは硬いようだが、MP回復を傍に控えたプレイヤーに任せて高火力魔法をばんばん放つ二人の敵ではないようだ。現れた端から撃破されていた。
とはいえ攻撃の手が減ってしまうのでより長期戦になってしまう。当たり前だが女王の手は緩まないので状況としては不利になっていく方だ。
「シルヴァ、自由に戦ってくれ。――【神殺凶狼拳士・フェンリル】!」
シルヴァとの『UUU』を解除し、フェンリルとの『UUU』を発動する。アルティと同じ狼だけあって、アルティとほぼ変わらない攻撃力を発揮できる。更には神に対して多大な威力を発揮するため、この場ではかなり有効な手立てとなる。あと少しでHPが半分に到達するので、さっさと削りたいというのもあった。
フェンリルとの『UUU』では身体の所々をフェンリルと同じ灰銀の毛並みをした装備で覆っており、手には爪を装備していた。恰好の荒々しさと相俟ってベルセルクのような風貌にも思える。
『あ、それやだ』
今まで人前で使ったことはないはずだが、女王は淡々と告げた。やはりと言うべきか、スキルやアビリティは全て把握されていると見た方が良さそうだな。
「らぁ!」
ラスボスの本体に拳を叩き込む。アビリティを使わなくてもそれなりに手応えがあるので、アビリティを使いつつHPを削っていった。女王も攻撃され続けては敵わないと見たのか俺を攻撃しようとしてくるが、効果的な攻撃をしていると察した皆がカバーしてくれたおかげで順調にHPを減らすことができていた。
HPが五割に達した。その瞬間にラスボスが絶叫する。
耳を劈く絶叫に揃って蹲っていると、フェンリルとの『UUU』が解除された。
「なにっ!?」
『五割を切った時にねー、強制的に全体の強化アビリティを解除しちゃうんだよねー。残念だね、順調にいけなくて』
ギミックが発動してしまったらしい。俺の『UUU』含めた最強スキルは解除され、補助のアビリティも全て解除されてしまい素のステータスとなっている。
『あと一定時間同じアビリティ使えなくなるから。――ってことで、HPを五割も削った皆に私からプレゼントだよ! 【太陽流星群】』
女王の言う通り、フェンリルと再度『UUU』を発動しようとしても反応がない。……ジュンヤの『神聖七星剣』の耐性も、リィナのフィールドも最初っからかよ。
しかも空からいくつもの太陽が落ちてくる。最初に放ってきた技の複数版だろうか。見上げれば眩いほどに輝く白い球体が目に入る。強化アビリティもほとんど解除された状態でこれに対処しなければ全滅は必至。初見殺しにも程があった。だが乗り越えなければいけない。
全部で十発。いくつか対処できるとはいえ俺一人では全部対処することはできない。皆の協力が必要不可欠だ。
「メア、いくつか対処できるか!?」
俺は『AAA』が解除されて地上に佇むメアへと声をかけた。
「ああ。だが俺じゃ最大で二発が限界だ。二つ目の対処法はいざという時のために取っておく必要があるが……」
あれか。多分メアの二回目については俺も考慮しているアビリティだと思う。確かに最終手段として取っておきたい気持ちはあった。なにせまだようやく半分だ。これから戦闘が激化すると考えれば、全力を出しつつ温存するべきだろう。
「わかった。最初の一発は頼む」
「拙者も助太刀いたそう」
メアに話しかけていると、センゾーも加わってきた。
「だが拙者は一発が限界でござる。バラバラに斬り刻む故補助も必要になるでござるが……」
「いや、それでも有り難い。センゾーは俺が合図したら、後半の方に頼めるか?」
「合点承知。タイミングは任せるでござるよ」
これで俺以外に二発対処可能になった。メアのもう一発を入れてもあと七発。俺が五発か六発いくとしても少し足りないか。
「もう時間がないか。まずは俺が消し飛ばす!」
間近まで迫っていた太陽に対して、メアはアルファ・ディ・ベルガリエなどの古代兵器を取り出す。『AAA』はまだ使えないが、それでも古代兵器の性能は高い。
「【一斉射撃】!!」
メアの武器達が唸りを上げて太陽に挑む。砲撃が太陽を押し留め、攻撃を与えて相殺しようとしている。
「【超過駆動】!!!」
それでも相殺できなかったため、メアは古代兵器を暴走させて威力を引き上げた。太陽が見るからに勢いを弱めている。
「【合体・レールガン】!!」
メアは更に古代兵器達を変形させると、勢いの戻った太陽に対して電磁砲をぶっ放した。メアのMPが尽きる寸前で、太陽が一つ掻き消える。
「はぁ……はぁ……。リューヤ、後は任せるぞ」
「ああ」
メアに代わって、次は俺の番だ。
「【海古竜槍士・リヴァイアサン】」
まずは炎を打ち消せるリヴァアとの『UUU』を発動する。
「【大海閃・昇竜】!!!」
水の竜を纏い、槍を手に太陽へと突撃した。鬩ぎ合う水と炎が相殺し合い、技の終わる直前でなんとか相殺し切ることができた。
「【四天亀盾士・キャニオンタートル】」
次の『UUU』を使用する。復帰以降、残りの世界四大亀である島亀と玄武を喰らった完全体のクリスタとの『UUU』だ。クリスタが元々使える氷、ボルケーノタートルの炎、島亀の水、玄武の風を全て扱うことができる。防御寄りのため、『死地にて戦え』を使わずに受け切るというだけのことだった。
「【全天守護甲羅】!!」
この四大亀全ての力が合わさった状態で使えるようになった最硬の防御アビリティ。一度だけ味方全体への攻撃を完全に遮断する能力である。アルティの時に使った【絶牙】と同じく一日一回しか使えないためタイミングを見計らう必要はあるが、今がその時だろう。
俺の前に出現した虹彩を放つ亀の甲羅の障壁が太陽と激突し、共に消える。これで三発目だ。
「【因果道化悪神・ロキ】」
白と黒で彩られた、どこか道化のようにも見える装備。大きな白い鎌を携え顔が白と黒に別れた仮面に覆われている。
「【因果歪曲】」
一つの太陽に効果を発揮し、他の太陽に対して激突させる軌道に変化させる。上空で激突した二つの太陽は熱波を撒き散らしながら対消滅した。
これで五発。
「リューヤ! 強化アビリティが使えるようになったぞ!」
その時、ジュンヤから声をかけられた。……良かった。これでもう一発乗り越えられる。
「わかった! センゾー、頼んだぞ!」
「委細承知」
俺はセンゾーに代わってもらう。できればもっと早くに使えるようになれば良かったが、敵のギミックなのでどうしようもなかった。
「【居合い一刀・霧散】」
センゾーは刀を鞘に納めたまま構えると、落下してきた太陽に向かって居合いの一閃を見舞った。横に両断された太陽は更に細切れになっていく。
強力故に再使用まで時間のかかる大技だ。
「リィナ! ジュンヤに一発だけ当たるように他の相殺を頼む!!」
「っ! うん、わかった!」
センゾーがバラバラにした太陽をリィナが魔法で相殺していく。ジュンヤに一発当たるようにしたのは、『神聖七星剣』で耐性を上げた状態で一発受けてもらうためである。どちらにしても『死地にて戦え』があれば受けられるが、このままだと一発分足りない。最後まで生き残ってもらうためには万が一にも『死地にて戦え』を発動させるわけにはいかなかった。
ジュンヤが俺の意図を汲んで一発受けてくれたおかげで、九発までは目途が立ったが。
「……悪い、メア。もう一発受けてくれるか? 俺も同じように受ける」
「なるほど、それを考えればあと二発は受けられるか。一発はジュンヤに任せるとして問題は……いや、今は目の前の対処だな」
苦笑したメアが言って、太陽を見上げる。
「【全滅か自死か】!!」
他になんのアビリティもいらない。ただそのアビリティでHPが1になるまで全員を庇えばいいだけ。ただしこれを習得するのはかなり難しい条件をクリアしなければならないので、俺達を含めても片手で数えられる程度だ。その上で『死地にて戦え』を所持しているとなると……俺達三人だけと聞いている。
メアが全体攻撃を庇って太陽の落下を素受けし、HPが1に減った。あまりの衝撃に膝を突いてはいたが、まだ生きている。回復も後衛がしっかりと行ってくれる。
「【全滅か自死か】!!」
そして、次の太陽を同じように俺が受けた。防御を固めてもいいが、他の皆から強化を貰わなければ耐えるのは無理だろう。強化を貰って耐えるのはジュンヤの役目だ。
「……ジュンヤ、次のは頼んだ」
残り二発。だが受けられると保証のある手はもう一つしかない。考える時間を延ばすためにもジュンヤに受けてもらう他なかった。
「すまない、皆! 俺にできるだけバフをかけてくれ!」
ジュンヤは『神聖七星剣』の効果で太陽に対する耐性を獲得しているが、時間経過で上がる都合上まだ完全無効ではない。やはり『死地にて戦え』はできるだけ使わせたくないので、ジュンヤにバフを集中させて受け切りたい。
「【全滅か自死か】!!」
そして、ジュンヤが九発目の太陽を受ける。
耐性を獲得していたおかげか、最初と同じくらいのバフを受けたジュンヤは『死地にて戦え』を使わずに耐え切った。
……残るは一発だが。
「……」
ダメだな。誰一人死なずに切り抜ける方法が思いつかない。
空から降ってくる白い太陽を見上げる。周囲の視線を感じる。俺がなんとかできると思っているのだろうか。だとしたら買い被りすぎだ。俺はただのプレイヤーでしかない。できることも他のヤツと大した差はない。違うとしたら手札の多さだけだが、それも尽きた。ジュンヤみたく受けようと思っても多分強化の数が足りない。効果の高いアビリティの効果時間が短いのは先刻も言った通り。更に一度だけという効果内容のモノもある。今更バフをかけ直しても耐え切れない。『神聖七星剣』は耐性を獲得していないので無理。他の『UUU』も防御や相殺できるモノはなし。
……打つ手なし、か。
――自分が生き残るようにする場合は。
「……仕方ないか。悪いけど、後のことは任せるぞ」
「? リューヤ、一体なにを……」
俺はなんだかんだ一番頼りになると思っているメアに目を向ける。俺を最強プレイヤーと言ってくれる人は多くいたが、俺と競い合おう俺を超えようと思っている人はいなかったと思う。言うなれば、メアだけだった。俺がいない間も俺の立ち位置を代わろうと頑張っていたと聞くし、後を任せるならメアしかいない。
「……俺が受けるから、後は頼んだ。託せるのはお前しかいない」
「な、なにを言って……まさか!? ふざけるなよ、そんなことが認められると思ってるのか!?」
「認めるもなにも、誰かがやらなきゃほぼ全滅だ」
「だからってお前がやる必要は……」
「じゃあ誰かに頼めるのか?」
「……」
俺のやろうとしていることがわかったのだろう。だがメアは俺の質問に答えられなかった。
「俺はここにいること自体が奇跡だからな。誰かがやるとしたら、俺しかいない」
「ま、待て! それなら戦力的に俺が……」
「いいんだよ」
諭すように告げる。
「ま、待って! お兄ちゃん待って!」
メアと話していると、他のプレイヤー達も徐々になにを話しているか理解していく。その中でリィナが俺を止めようとしてくれた。
「……ごめんな」
だが返せたのは短い謝罪の言葉だけだった。元々死んだモノと思っていて、もしかしたら現実では生きていないかもしれないと告げてはいるが、それだけでいつでも家族が死ぬ覚悟を決めろというのは酷な話だろう。
「悪いが他にいい手は思いつかなかった。……【全滅か――」
一人が確実に犠牲になることで、他の全員を救うことができる。ある意味でアビリティの由来通りと言える。『死地にて戦え』は強力だが一回限りで効果時間もそう長くない。所持しているプレイヤーがもう使ってしまったので、決死の覚悟で【全滅か自死か】を使うしかなかった。
後悔はある。もっと違うなにかがあったのかもしれない。それを発見できずにこうして追い詰められているのは俺達の至らなかった点だ。相手が一枚上手だったとも言う。
例え全員に分散しても何人、何十人かは死んでしまうだろう。それを許したくなかった。
だからこそ、俺が死ぬだけで済む手を切ったのだが。
「【全滅か自死か】!!!」
俺が唱え終わるより先に、早口でアビリティを発動したプレイヤーがいた。
「…………え?」
思わず呆然と声のした方を見る。そこには、先程メアを間一髪のところで救ったアーロンが立っていた。
「アーロン!?」
副ギルドマスターでもあるヴェロニカが悲痛な声で彼を呼ぶ。
「……僕にもこれしか思いつかなくてね。で、このアビリティが使えるプレイヤーの中で誰が受けるべきかを考えた結果、僕が良さそうだった」
「だからそれは俺が……!」
「ううん。君は最強プレイヤーだ。持っているスキルも一番多い。そんなプレイヤーと戦力で天秤にかけたら、僕の惨敗だよ。……まぁ、そういう合理的判断に基づく冷静な思考で導き出した答えなんだったらカッコ良かったんだろうけど」
アーロンがわざわざ死にに行く必要はない。このアビリティは同時使用が意味ないことから、他のプレイヤーが使っている状態で使っても空打ちにしかならない。アーロンは確かに防御力の高いプレイヤーだが、あれを耐えられるほどではないはずだ。『死地にて戦え』も持っているとは聞いていない。ここに来る前に最終確認をしたから間違っていないはずだ。
「……単純にね、僕はもう嫌なんだよ。死ぬのが怖くないわけじゃないけど――僕だけが生き残って周りがどんどん死んでいくのを見るのは、もっと嫌だ。あんなのはもうごめんだよ。だからこれは、僕がやりたいことなんだ」
アーロンは迫る太陽を見上げて、穏やかな表情のまま語る。
……聞いたところによると、彼はデスゲームというモノに恐怖してしまったプレイヤーの一人だったそうだ。それでも勇気を出して挑んで、敵の怖さや攻撃に怯えて戻った。それからまたしばらく経って防御に寄ればなんとかという結論に至って勇気を振り絞り挑む。そこで同じように途中参加のプレイヤーとパーティを組んで、レベル上げの最中罠に嵌まり彼以外全滅した。通りすがりのヴェロニカ達が加勢したことで彼は生き永らえたのだという。
「リューヤ君。君は僕みたいなプレイヤーからすればホントに凄い。だから酷だろうけど、言わせてもらう。最強プレイヤーになった責任は果たすんだ。敵を倒し、皆を生還させてくれ。そういう期待が、君にはかかっている」
アーロンは気弱気な表情を引き締めて、俺を真っ直ぐに見据えてきた。
「……ヴェロニカ、『守護騎士団』の皆。いつもありがとう。おかげで、僕はやっと誰かの役に立てたよ」
悲哀、悔恨、憤怒。様々な感情が渦巻くのが目に見える仲間達に笑いかけ――アーロンはそのまま白い球体に呑まれていった。
俺達もほぼ同時に光に包まれ、視界を奪われる。眩しさに目を閉じて腕で顔を覆い、収まってから目を開ける。
アーロンのいた場所には、金の粒子の残滓が微かに残るだけだった。




