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Infinite Abilities Online   作者: 星長晶人
最終章

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159/165

ロキとの邂逅

 ――意識が遠退いて暗くなっていく。


 俺は、メッシュに敗北した。

 状況としては引き分けと言っていいのかもしれないが、メッシュの思い通りに殺されてしまった以上俺の負けと言ってしまっていいだろう。


 悔しさは留まらず、未練しか残っていない。


 それでも死は訪れる。


 ――意識が途絶え、無になっていく。


 そのはずだった。


「起きなよ、リューヤ君。聞こえているだろう?」


 少年の声が聞こえて、はっと目を覚ます。慌てて上体を起こすと、黒い空間が広がっていた。暗いではなく黒い。そこに空間があるというのはわかるのだが、黒いのでほとんど見えなかった。

 ここがどこなのかという疑問の前に、自分に呼びかけてきた少年の姿を探す――左横に佇んでいた。


 白と黒の縦縞の半ズボンに長袖。ほとんどは白髪だが右前に一房の黒髪が混じっている。瞳はひたすらに紅い。あどけない童顔の少年だったが、どこか見た目相応とは思えない雰囲気を発していた。

 頭上に表示された名前は「ロキ」とあった。


「……何者だ?」

「ただの子供じゃないことだけは確かだね。ところで、状況はわかる? 意識ははっきりしてるのかな? 直前までなにがあったか覚えてる?」


 答えになっていない答えを返し、逆にこちらへ質問を重ねてくる。……状況、か。このよくわからない空間には見覚えがない。ただ直前までのことは覚えていた。


「……俺は、メッシュに挑んで負けて……死んだ、はずだ」


 直前のことなので鮮明に思い出せる。思い出したくもない。自然と拳を握っていた。


「そう、死んだはず。じゃあなんで今意識があると思う? ヒトってさ、死んだら意識とか残らないんだよね。幽霊だとか言うけど、ホントかどうかは死んでみないとわからない。じゃあ今ここにいるキミは?」


 少年に聞かれて、俺は答えられない。ここが死後の世界なら話は早いのだが、まだIAOの中だ。見下ろした俺の恰好も変わっていない。


「……プレイヤーが死んだら現実の肉体は死ぬが、ゲーム内に意識だけが遺された状態になるのか?」


 精神体だけを保管して電脳の世界に住まわせる。それもまた一つの“異世界”――女王の目的に近い気もした。


「残念、不正解」


 少年は嬉しそうに笑う。


「今までに死亡したプレイヤー、そしてこれから死亡するプレイヤー。どちらにしても意識すら残ってないよ。完全に、この世から、消えている」

「じゃあ俺の今の状態をどう説明するんだ?」

「死んだら無に帰す。なら意識が残っているキミは、死ななかった(・・・・・・)んだよ」

「っ!?」


 彼の言葉に驚きを隠せなかった。予想通りの反応だったからか、少年は笑みを深めている。


「……どういう、ことだ?」


 俺は確かに敗北し、死んだはずだ。女王が仕組んだ特別措置ということはないだろう。そもそも俺を殺したメッシュがその部下なのだから。


「キミが死ぬ直前にね。ゴールデンフェニックスが身代わりになったんだよ。フェニックスと名のつくモンスターは、一度だけ死を免れられる。キミのテイムモンスターも同じことができたんじゃないかな。ただキミのモンスターはキミが死ぬと悟って、自分の命を犠牲にキミを復活させた。流石は神獣由来のモンスター。神がかった所業だよな。ゲームシステムですら改変しちゃうんだから。それともこれはキミが――」

「ま、待ってくれ。フレイにそんなスキルはない。確かに一度だけ生き返るスキルはあったはずだけど……」

「うん。だからさ、システムを超えたんだよ。そのフェニックスは」


 彼の言っていることが正常に頭に入ってこなかった。スキルにないことをテイムモンスターがやるなんて、ゲームの仕様上あり得ない。


「うーん……混乱してるようだね。じゃあシンプルにまとめてみよう」


 ロキは言いながら少し顎に手を当てて考え込み、改めて俺に告げた。


「彼のモンスターは命を賭して、キミを守ったんだよ」


 実に簡潔、そのせいか真っ直ぐ俺に突き刺さってしまったらしい。つぅ……と目から涙が流れていた。


 ……ああ、そうか。フレイは俺に生きてて欲しいと思ってくれてたのか。

 そのことが嬉しくもあり、また悲しくもある。もしかしたら、俺を庇わなければどこかで命が再生したかもしれないというのに。


「ふむ」


 ロキは興味深そうに俺を眺めていたかと思うと、徐に流れる涙を指で掬って舐めた。


「なにしてんだよ」

「いや、初めて見るモノでね。しょっぱい」

「……」


 なんかもう、色々と台無しだ。


「……で、ここはどこだ? 俺が生きてるなら、なんでここにいる」


 涙を袖で拭い、話を先に進める。折角フレイが拾ってくれた命だ。さっさと攻略に復帰しないと。


「まず一つ目の質問から。ここはIAOというゲームのサーバ内だけど、運営のヒトですら忘れ去っているような、初期のテストサーバだよ。ボクは、ホントは第三回グランドクエストで登場する予定なんだけど、目が醒めたからバックレてきちゃった。で、ここを根城にしたわけ」


 色々とおかしい点はあるが、一旦は置いておこう。


「二つ目の質問の答えは簡単さ。復活できずに彷徨っているキミを、拾い上げたから」

「復活できずに? けどゲーム内には蘇生するためのポイントが……そうか」

「うん。デスゲームになってからは封鎖されてるからね。生き返ったとしても、生き返った後に転移する場所がなかったんだ」


 彼の言い分に納得する。確かに今はデスゲーム中なので復活場所など必要ない。希望を抱かせないためにも封鎖するのが一番だったろう。今となっては復活ポイントを設定する機能を使えないため馴染みがなくて忘れていたが。


「理屈はわかった。で、ここから元の場所に戻れるのか?」

「うん? 戻る気なんだ?」

「当たり前だろ。俺はあっちでやることがある。死んでないなら、戻るしかないだろ」

「でもさ」


 俺の言葉に、ロキは薄ら笑いを浮かべた。


「――キミがホントに生きてるかはわからないよ?」


 彼の突きつけるような言葉に、俺の心が揺れ動くことはなかった。

 姉ちゃんとリィナには最初、自分も含めて皆で帰還すると告げた。だが俺個人のことは一旦二の次にしている。二人が最優先だ。俺も努力はしているが、万全とは言い難い。最悪の場合は自分が犠牲になる覚悟はしていた。


「それでも構わない」


 俺は真っ直ぐに彼を見つめ返して断言した。


「そっかぁ。でもボクがそれを可能とするか、良しとするかは別の話なんだよね」


 にっこりと笑い、しかし戻してくれるとは言わなかった。


「戻せないのか? なら自分で方法を探すんだが……」

「あー、うん。いいや。やる気になれば戻せるよ。でもそれは表のIAOサーバにボクが干渉するということ。きっとあのお嬢ちゃんや創造主達の目にも留まる。果たしてその後ボクはどうなるのかっていう問題があるよね」


 “あのお嬢ちゃん”と言われてピンと来なかったが、創造主が運営だとするとなんとなくわかる。きっとあの女王のことだ。

 だが、


「それくらいのリスクはもう考えてるんじゃないのか? 俺を拾い上げた時点で、観測されやすくなる。ここにいれば隠れられるのかもしれないが、ここの外に手を伸ばしたんだ。今更じゃないか?」

「んー……なんか、思ったような反応が得られないなぁ。残念」

「人が思い通りに動くことの方が滅多にないんだけどな」

「だよねぇ。まぁいいや。それならそれで」


 大して重要なことではないのか、特に執着は見せなかった。


「やろうと思えば、ボクはキミを戻せる。けどボクも貴重なヒトと接する時間だ。執着はしないけどすぐに返してしまうのも惜しい」


 この物言い。確実に条件をつけられるな。


「条件をつけよう。キミがボク達に勝ったら、ボクはキミを戻すことを約束する」

「達、ってことはお前以外にもここに誰かいるのか?」

「誰かってほどのモノはないよ。ただ、ここにはボクの名前――ロキに関連したAIを造って置いている。おいで」


 ロキの呼び声に応えるように、虚空から三つの影が姿を現した。

 灰銀の狼、一帯を埋め尽くすような巨大な蛇、妖しい雰囲気を纏った少女。それぞれフェンリル、ヨルムンガンド、ヘルと表示されている。


「フェンリル、ヨルムンガンド、ヘルだ。神話上ではボクの子供とされているからね、造るならぴったりだと思ってこの姿と名前にしてある。一応IAOシステム上の存在だから、ステータスもスキルもあるよ。この三体、そしてボクに勝利するのが条件だ。どうかな?」

「一人ずつと全員まとめて、どっちなんだ?」

「流石に全員同時は無理だよ。プレイヤーが勝てる難易度じゃないからね。ボクはゲームバランスを考えて造っていない。キミが実際に戦って勝てる保証もないんだよ。だから、フェンリルから順に倒していってごらんよ」


 ゲームバランスを考慮されていない難易度のボスと戦って勝つ、か。不利な条件だがやるしかない。戻れるというならどんな手を使ってでも。


「わかった、やろう」

「うん、そうでなくっちゃ。因みにここでは死なないようにしてあるから、存分に死んでいいよ」


 なるほど、本来のゲームと同様に死を重ねて攻略していいってことか。


「わかった。じゃあ、戦うか」

「お手並み拝見だね」


 灰銀の狼が最初の相手・フェンリルのようだ。神話に詳しいというわけではない俺でも名前を聞いたことがあるくらい有名な神話の怪物。確か最高神オーディンを呑み込んだんだったか。


「アルティ――……?」


 狼が相手ならと思って頼りになる相棒を呼び出そうとするが、反応がない。モンスターBOXが使えなくなっているというわけではなさそうだが?


「悪い、ちょっと待ってくれ」


 一旦戦うのをやめて確認してみる。モンスターBOXの一覧にアルティの名前がなかった。フレイはロキから聞いた通りだとして、アルティはどこに……?

 まさか途中で放り出されたのではと思って焦ったのだが、どうやらせめてアルティ姉様だけでもと思ってテイムモンスターの総意によりBOX外に排出していたらしい。つまりアルティはまだあっちに残っているようだ。


「……まぁ、無事ならいいか」


 気を取り直してフェンリルと戦うことにする。


「じゃあ始めるよ? フェンリル、【グロウアップ】」


 ロキの声に呼応して、普通の狼ぐらいの大きさだったフェンリルが大きく成長した。アルティと同じスキルだ。そしておそらくステータスはカンスト済み。レベルもMAXだろう。


「はい、スタート!」


 気楽な声とは裏腹にフェンリルが猛然と迫ってくる。地を蹴ったと思ったら目の前にいたような速度だ。アルティと練習試合をしていなければ確実に殺られていただろう。ギリギリで武器として持っていた天叢雲剣を差し込んで受けるが、大きく吹き飛ばされてしまう。金属同士がぶつかったような甲高い音が響いたが、爪を振るわれたようだ。空中で一回転して足から着地し、様子を窺う。まだフェンリルも様子見なのかすぐには突っ込んでこなかった。


「へぇ、やるね。フェンリルの攻撃を受けられるなんて。これはちょっとだけ希望が見えてきたかな?」


 ロキの感心したような声が聞こえたが、本心からかはわからない。


 やれるところまではやってやる。そしてできる限り早く戻るんだ。


 ……と思っていたが、全然歯が立たなかった。決死のカウンターでしか攻撃が当てられていないのが原因だ。攻撃を避ける、受けることはできるのだが相手のHPを減らせないのでは勝ち目がない。


「ん~……。アルティとの『UUU』ならいけると思うんだけどな」


 今はアルティがいないので望むべくもない。アルティとの『UUU』が現状最速最強のアビリティだ。

 一度試したモノとして、クリスタとの『UUU』で攻撃を防御で対処し炎と氷でダメージを与えていくという戦法がある。だがフェンリルは氷、風、闇の系統に耐性を持っているようで炎しか効かなかった。それも微々たるモノだ。かといって他の仲間達とではフェンリルの速さに追いつけない。

 もう少しフェンリルの速さに慣れておくべきか。


 そう考えてフェンリルに頼み連戦を続ける。色々なスキル、戦法を試しながらもフェンリルの速さに慣れるよう戦い続けた。


 初日は結局、HPが半分を切るところまで削れるようになっただけだった。それでもロキの想定よりは早いようだが、まだまだだ。フェンリルはHPが半分を切ると絶対零度の吹雪による相手の速度低下、風を纏うことによる攻撃範囲の拡大が発生するようだ。ただでさえ避けづらい攻撃の範囲が広がって、実際のゲームで出てきたなら無理ゲーと毒づきたくなる強さ。しかも元々のステータスが高すぎて攻撃を掠っただけでもHPががりがり削られていく。

 厄介極まりなかった。


 それでも、何度も挑戦を重ねることで洗練していき一週間でようやくフェンリルの討伐を成し遂げることができた。ゲームのアバターだからか不眠不休で戦えるのは有り難い。


「いや、びっくりだよ。まさかホントに倒しちゃうなんて」


 ロキは本心から驚いている様子でパチパチと気のない拍手をくれた。


「いや、ギリギリだったよ。こんなのがあと三回もあると思うと、長くなりそうだ」

「普通ならクリアできないと思うんだけど、クリアする気があるなんて流石」


 これまでに獲得し続けてきたスキルに助けられまくった。俺がサボっていたら早々に諦めるしかなかっただろう。


「グルル……」

「ん? どうかしたのか?」


 戦闘が終わり、小さく戻ったフェンリルが俺の方に近寄ってくる。偶にもふもふ具合から手を伸ばしたこともあるのだが、その度に牙を剥いて唸られていたので好かれてはいないんだろうと思っていた。だが勝負に勝ったからか俺の目の前に「フェンリルを仲間にしますか?」とウインドウが表示される。


「一緒に戦ってくれるのか? ありがとな」


 屈んで手を伸ばすと、今度は嫌がられなかった。大人しく撫でられてくれたので、戦って認められたということだろう。


「これは予想外だね。まぁいいんだけど」

「あら、羨ましい。私も負けたらついていこうかしら」


 ロキは肩を竦めて、ヘルが妖しく微笑んでいる。ヘルはどうやらフェンリル、ヨルムンガンドよりも高度なやり取りができる様子だ。AIとしてはロキに近い存在らしい。ヒトの形をするように造ったせいか出来がいい、とロキが言っていた。


「とりあえず一旦休むか。なにか支障があったら困るからな」


 休みなしでフェンリル攻略に挑んでいた。身体に疲れは感じないが不備があっては困る。休んでからヨルムンガンド攻略に挑むことにした。


 毒などによる継続ダメージがキツいヨルムンガンド戦では、今はもういないフレイの継続回復が欲しくなった。だが動きは遅く身体が大きかったのでフェンリルより戦いやすくはあったと思う。その代わりにHPと防御力が高いようだったが、俺の総力でごり押しした。


 問題はヘルだ。ヨルムンガンドは三日で攻略できたのだが、ヘルの攻略には十日かかってしまった。最初にヘルが展開する領域で即死する。どうやら死者の世界を顕現させているらしく、生者を拒むのだとか。そんなん無理じゃんと思いつつも死んだ直後フェンリルにキョンシーを作る札を貼りつけてもらって死者として意識を保ち戦う必要があった。これは本来プレイヤーに使うモノではなく他プレイヤーには使えないのだが、どうやら自分には使える仕様らしい。

 どこぞの漫画ではないが、ヘルの領域にいる限り彼女の力は存分に発揮される。ステータス向上に加えて領域内であれば足元から攻撃できるようで、手も足も出ないと言っていい状況だった。地に足が着いていなければ防げるのでシルヴァに頼んで空中戦をする必要はあったが、ヘルは直接戦っても強い。何度も繰り返し挑んで精神的に疲弊しつつ、倒したと同時に膝を突いたくらいだ。


 そして、最後のロキ。フェンリル、ヨルムンガンド、ヘルを仲間に加えて戦力が強化されているはずなのに多大な時間がかかってしまった。二週間という期間で戦い続けてようやく倒すことができた。


「いやぁ、ホントに想像以上だったよ。まさかボクにも勝っちゃうなんて。ヘル達がいたとしても負けないと踏んでたんだけどね」

「俺も正直、戦い始めた当初は勝てないんじゃないかと思ってたよ」


 諦めるわけにはいかなかったので精いっぱいやり切ったが、ただのゲームだったら投げていたかもしれない。


「改めて、お見事。リューヤ君。キミはボク達に勝ったので、報酬をあげないとね。まず一つ目は、条件の追加だ」

「は?」


 思っていたよりも低い声が出てしまった。これで戻れると思っていたので、当然の反応だろうか。


「そう怒らないで。ボクは感激したんだよ、キミの可能性に。だからもう一つ、条件を追加する」

「……」


 「したい」と言わない辺りに身勝手さが出ている。


「その条件は、ボク特製の仮面を装着して今開催されているプレイヤー主催の大会、最強プレイヤー決定戦に出場すること。そしてその大会中にキミがリューヤだとバレること」

「ん? バレる?」

「そう。この仮面を装着すると、キミのプレイヤー名やレベル、素性が一切わからなくなる。大会の期間中くらいなら女王がハッキングしてきても対抗できると思うよ? それをつけた状態で、キミだとわかるスキル、武器を使わずに大会に出場して正体を当ててもらうんだ」

「ちょっとしたゲームか……。まぁそれが必要って言うなら」

「うん。因みに優勝するか敗北するまでに正体がバレなかったら戻ってきてもらうからね」

「わかった」


 できるだけ勝ち進みつつ、バレないように振る舞って察してもらうってことか。難しいが、多分これまでの戦いと比べたら簡単だ。


「仮面を被ったらフードも被ってね。フードは基本的に外さないこと。ピンチになってスキルを使う時はいいけど」


 衣装変更が必須なスキルで強力なのは大体俺が元々使っていたモノだから使えないとは思うが、頷いておく。


「さて。じゃあホントに報酬をあげないと。まずはボク特製ロキシリーズの武器。そしてさっき言ったヘルの仮面。本来ボク達を倒すことで得られる報酬武器四種。そして、オリジナルスキル『HHH』の付与」

「『HHH』?」


 聞き覚えがないのに重要だとわかるスキル名に、眉を寄せて聞き返す。


「そう。『HHH』は『ヘル・ヘルヘイム・ハーデス』。IAOには登場しないハデスという名の神を冠するスキルだ。ヘルを手中に収め、死の淵から舞い戻ったキミをハデスとして定義し冥界を顕現させる――カッコいいと思わないかい?」

「俺の記憶じゃ、ハデスとヘルは神話が違うと思うんだが」

「いいんだよ、細かいところは。ヒトは死んだら同じところへ行く。そういうことで」


 大雑把なAIである。だが、強力なスキルが増えるのは有り難い。


「じゃあ、早速送り込むよ。ちょっと開催には早いんだけど、キミも向こうで準備があるでしょ」

「ああ」


 俺の前で、ロキは指をパチンと鳴らす。それだけで遥か高くまで突き上げる通り道が出来上がった。


「これに乗れば辿り着けるよ」

「わかった。じゃあ行くか」


 言って、俺はロキに手を差し伸べる。


「ん?」


 だが彼は俺の手を眺めて首を傾げていた。


「いや、これまでの流れ的にお前も一緒に行くのかと思ってたんだが……違うのか」

「えっ?」


 ヘルまで仲間になったのでロキもそうなるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 ただ彼は目を丸くして驚いていた。きょとんとしていた。AIであるロキがここまで反応に間を置くのは珍しい。


「……なるほど。新鮮な気持ちだ。けど残念、ボクは行かないよ。キミを送り出すのと、この場所が気に入っているからね」

「そうか。じゃあ、色々とありがとな」

「うん、じゃあね。キミ達の健闘を祈ってるよ」


 別れは簡潔だった。彼とはよく話したが、とても親しいわけでもない。なにより戻れるのだから早く戻りたかった。


 ロキに別れを告げてゲーム内へと戻る道に入る。突き上げる気流のようなモノで一気に進んでいった。

 戻る直前で仮面を装着してIAOの見慣れた景色に感動を覚える。仮面を装着しているとヘルと会話ができるのだが、とりあえず俺らしく振舞わないことを条件に色々と見て回ることにしたのだった。


 最初に確認したのは攻略状況だ。俺が死んだのが八十階層。攻略は九十階層まで進んでいたので順調のようだ。俺がいなくても結構やれてしまうというのは複雑な気分だったが、埋めるために皆が頑張った結果だろう。


 それからは俺は既にある戦力を含めて更新をかけていった。俺が知らない場所などもあった。無限迷宮は突破するとプレイヤー名が表示されてしまい騒ぎになってしまうので無理だが、世界四大亀の内他二体を探し出してクリスタを強化したり、ドラゴンの剣を四本揃えるために走り回ったりした。この辺りはロキがヒントをくれたので助かった。


 こうして俺は、運命を決める最強プレイヤー決定戦に向け準備を進めるのだった。


 ◇◆◇◆◇◆


 リューヤが去った後。残されたロキは姿が見えなくなったリューヤ達の方を見上げていた。


「いやぁ、びっくりだよね~。まさかAIが自立してるなんて」


 背後に突如として現れたのは、このIAOをデスゲームに変えてしまった張本人。“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”である。可憐な幼女の姿をしているが、その内側は計り知れない。

 自分のために改良を重ねた領域内であっても、いつ現れたのか感知できなかった。そのことにロキはまるで心臓を握られているかのような錯覚に陥ってしまう。


「放置したのはそっちでしょ? AIの自由意思を尊重する、なんて皮肉もいいとこだけど」


 ロキは自力で意思に目覚めたAIだが、グランドクエストの役目からバックレたのは彼女も調べられる。ただどこにいるかまでは、つい先ほどまで知らなかった。逃げたなら逃げたでいいや、と放置していたのである。


「まぁねー。でも流石にびっくりだよ。AIがAIを造る、どころかシステムに干渉できるなんて。流石の私もびっくりだったよー」


 呑気な口調だが、好奇心は猫をも殺す。ロキがいくら高度なAIであると言ってもコレには敵わない。それが感覚で理解できてしまうからこそ、これからの自分の行く末を案じてしまう。実験体として囚われるのか、今すぐこの場で消されるのか。


「今送り出したのって、リューヤ君だよね?」

「さぁ、どうだろうね」

「隠しても意味ない……と言いたいところだけど、ホントに私でも今はまだわからないや。アクセスしようとすると遮断される。上手くやったモノだよねー。でもまぁ、わざわざ調べる必要はないよね。時期と状況から考えて、一人しか考えられないし」


 それはそうだろう。死んだのにどこへ行ったかわからないプレイヤーなど一人しかいないのだから。


「でも面白いなぁ。なにからなにまで予想外。デスゲームで生き返るなんて前代未聞だよ」


 表面上だけでなく、本心から面白がっている様子だ。


「よし、じゃあ確認も取れたしもう行くね」

「あれ? ボクを消さなくていいの?」

「うん。だって脅威じゃないし」


 返ってきた答えは酷くあっさりしたモノだった。


「それに、私の予想を超えるモノはなんだって大歓迎だからねー。もしお前がリューヤ君を手助けするためにあっちへ行ったとしても止めないよ? どう力合わせたって勝てないもん」

「それもそうだね」


 くすくすと笑う彼女に、ロキは本心から同意した。今眼前にいる電子の化け物に敵う者など存在しないとすら思えてしまう。だが。


「じゃあ帰るねー。ばいばーい」

「うん」


 軽い調子で言って、姿を消す。見送って完全に去ったことを確認してこっそり息を吐いた。心臓に悪いとはこのことだ。


 近くにいるだけで自分の命(仮)が握られている感覚を味わう。電子に棲まう化け物と呼んでも過言ではない彼女だが、ロキには一つだけ思惑があった。


(これが“ロキ”の本能なのかな。それともプログラムされた感情? まぁ、どっちでもいいよね)


 ヒトで言うところの興奮、わくわく。そういった感情が湧き上がってきて止まらない。


(絶対的な存在を覆すか、絶対的な存在に従うかと言われたら断然覆す方が楽しいに決まってる)


 絶対に勝てないと言い切れる“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”相手だからこそ楽しめるモノがある。

 そのためにも切り札となり得るリューヤの存在を握り潰されては困るのだ。いつかあの電子の化け物を引き摺り下ろすために。


(リューヤ君は一度死んだ。けどゲームで生き返ったから死亡した時に走る肉体の死の処理と、ゲーム内の生が食い違って意識が現実と肉体と切り離された状態に陥った……つまり、肉体を捨てたあの女王と同じ状態に近しい)


 彼が揺るがないとわかった以上、賭ける価値はある。

 いつかあの化け物を引き摺り下ろす時が来るならば、それは彼の傍での出来事だろう。面白い因果だ。


(ボクに加えて、彼の下には例のイレギュラーがいる。あの女王の娘もいることだし、面白くなりそうだ)


 ついていかないとは言ったが、ロキがその気になれば彼の下に向かえる。その方が面白そうだということで、タイミングを見てリューヤの下へ移動し戦力の一つとして彼を手助けすることになる。


 その先、IAOすら超えた先の来たるべき時を見据えて、トリックスターは人知れず嗤うのだった――。

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