近況
ソロプレイヤー・リューヤと『軍』ギルドマスター・メッシュがいなくなってから一ヶ月ほど経過した。
これまでに頼っていたプレイヤーを二人失った影響か、むしろこれまで以上に精力的に攻略活動に勤しんでいる。しかし慎重さは忘れずに、スローペースではあったが着実に攻略を進めていた。
現在のデルニエ・ラトゥール到達階層は九十一。区切りとなる九十階層の攻略では犠牲者が出てしまったが、それでも確かな一歩にプレイヤー達も希望を取り戻していった。
九十階層を攻略したことで発生した、第三回グランドクエスト。『バハムートの襲来』、『幻想世界の異変』に続く三回目の大規模イベントだ。
名を、『神々との戦争』と言う。
イベント内容は人間の住む世界を滅ぼすために攻め込んでくる強大な神々と戦うというモノである。
神々が侵攻する理由も明言されている。
『バハムートの襲来』の原因になったのは、『幻想世界の異変』だ。『幻想世界の異変』の原因はヒトが建てた黒い塔だった。元々今プレイヤー達がいる世界は、幻想世界という厳しい環境に堪えかねて移り住んだ世界だ。それなのに、時が経った今幻想世界に戻ってきては好き勝手荒らしているという本末転倒な状況となってしまっている。
故に、ヒトは一度滅ぶべきだと。
プレイヤーにとっては知ったこっちゃない神々の審判でも、敗北がかかっているとなれば話は別だ。確かに神の言うことにも一理はある。プレイヤーが直接関係ない、と言えるかは兎も角として根本原因は他にある。ヒトを一緒くたにしてしまうのは、大きく物事を見る神故の欠点か。
ルールは簡単。黄昏の領域と呼ばれる特殊な空間で世界を滅ぼそうとやってくる神々を撃退すること。それに応じて、ヒト側についてくれる神を探し出し協力すること。
神は強大だ。同じ神の助力なしでは太刀打ちできない。
神々が侵攻してくると言っても一部の神はまだヒトを信じてくれている。そういった戦争に反対している神を囲おうということだった。
かつてないほど大規模な戦闘が繰り広げられたこの第三回グランドクエストに、プレイヤーは一丸となって挑戦した。
状況こそ違うが、神々の戦争と言えばラグナロクを連想する。MVP報酬武器は間違いなく最後の四大刀剣であるラグナロクだろうと考えられていた。
名の知れた神々を相手にプレイヤー達は死力を尽くして戦い、この戦いの意義とヒトが持つ価値を証明する。……犠牲者を出しながらも『神々との戦い』を生き抜くことができたのだった。
MVP報酬を手にしたのは、今や最強プレイヤーと称されるようになったメアだった。
彼は一時期妹も所属している『一夫多妻』というギルドに所属していたのだが、ギルド名に適していないという理由でソロに戻っている。代わりにそれまでより苛烈に攻略へ臨んでいた。
まるで、誰かの空席を埋めるかのように。
ラグナロクは黄昏の色を刀身に宿した身の丈ほどもある大剣である。
単体への破壊力はリューヤが持っていた天叢雲剣。ジュンヤの手にしたエクスカリバーは攻撃のみならず防御に優れている。そして九十階層攻略に大いに貢献したセンゾーが持つ村正は、圧倒的な斬れ味を誇る。
では、ラグナロクは。簡単に言えば多数への破壊力に優れた武器である。その能力は凄まじく、スキルやアビリティなしでありながらモンスターの群れを一振りで殲滅できるほどだ。
『神々との戦争』後に出現したモンスター大量発生ダンジョン攻略にて、多大なる貢献をしたことをここに記しておく。と言うより、おそらくそのダンジョン自体がラグナロクの試し斬りのために用意されたのだろう。加えて、大量発生するためにそれらを一掃できるだけの火力があれば一気にレベル上げができるという利点があった。デルニエ・ラトゥールの九十一階層から上はIAO内においても最高難易度。前線に立つ者はレベル百が求められるだろう。おそらくそのためのレベル上げ場所だ。偶に大群の中にレアモンスターが紛れ込んでいて、レアモンスターは素材と経験値が美味しいというのもその所以だろう。
そうしてプレイヤー達は次の階層攻略に向けて着々と準備を進めていた。
……ただし。第三回グランドクエスト『神々との戦争』においてラスボスがオーディンであったことを鑑みるに、ラグナロクを元にしているのは間違いないのだが。そうなると本来のラグナロクで出てくる有名な神、ロキの名が見当たらなかったのは不可思議だ。本来は神に滅ぼされる側の立場だが、味方にも敵にもいなかった。トリックスターとも呼ばれるロキが素直にどちらかの味方をするかと言われれば、神話を知っている者なら微妙な顔をするだろうが。
ともあれ他の有名な神々は敵または味方として参戦しており、本来参戦していないはずの神ですら登場していながら、参戦していたロキがいないというのはおかしな話だった。
黄昏の領域で確認されなかったのはロキとフェンリル、ヨルムンガンド。オーディンら神々の敵として登場した主要な敵である。見かけなかったのは、果たしてこれからのイベントの伏線なのかただ登場させなかっただけなのか、わからないところである。
一先ず今回のイベントに関わりはなかったという見解で止まっていた。
閑話休題。
残りはデルニエ・ラトゥールを登り切ることだけ、となった今。準備という名の休息も行なっていた。
そこで、一部トッププレイヤーが企画して行われるプレイヤー主体のイベントを開催する。
それがエントリー性の大会、プレイヤー最強決定戦である。
いくらメアが最強プレイヤーと呼ばれていたって、元々の最強が異常なほど強かったこともあり本当に今のプレイヤー達でゲームをクリアできるのか、という不安の声は尽きない。……もし生きていたとしても不安の声がやむことはないのだろうが。
そこで、現在前線で命を張って戦っているプレイヤー達の戦いを見せることにしたのだ。
表向きは不安を拭うため、少しでも楽しんでもらうため。
だがもう一つ、もし今のトッププレイヤー達がデルニエ・ラトゥールで全滅した場合。その時に後を託さなければならなくなる他のプレイヤー達に自分達がどれほどの強さで挑んでいたかを示すという意味もあった。今のトッププレイヤー達が全滅すればゲーム攻略に大幅な遅れが出てしまう。だがクリアしないことには現実に戻ることはできない。そうなった時に残されたプレイヤー達が諦めるか挑むかは兎も角として、先達として戦い方を見せ、映像として記録するのは悪くない判断だった。
特に参加するトッププレイヤー達は話し合って同意の上でスキル構成、基本戦術すら公開している。またスキルの取得条件も可能な限り開示した。
今回は死なないとはいえプレイヤー同士の戦いである。戦術の公開は後でも良かったかもしれないが、他プレイヤーへのハンデのようなモノとしている。後継を育てることも忘れないながらに前線を走り続けているプレイヤー達は、他プレイヤーと一線を画している。強さだけならレベル、スキルなどで追いつけるが、精神的な面も含めての話だ。総じて戦闘経験とでも言うべきか。
未だ攻略されていないフィールドの調査、IAOに囚われたプレイヤー達の脱出がかかっているという責任。数々のプレッシャーを乗り越えてきた。それは簡単に覆せるモノではない。
と、色々な理由はあれど気軽にトッププレイヤーと戦える貴重な大会なので、予選から多くのエントリーがあった。
予選を多数のサバイバル戦として、勝ち残った一名のみを決勝トーナメントに進めるというよくある形式だ。
できる限りトッププレイヤーは予選で固まらないようにしており、また同じ枠になっても同じギルドに所属していない者同士という括りにしている。トッププレイヤー同士で徒党を組まれてはその牙城を崩すことができない可能性が高くなるからだ。
トッププレイヤー同士が連携しやすい状況を作らず、他のプレイヤーにも勝ち目を与える。その上でトッププレイヤー達は観ている人達が安心できるように力を示さなければならないのだ。
厳しい条件ではあるが、その内容に同意した猛者達が出場することになっている。
それ以外のプレイヤーは平均レベルがそれぞれ同じぐらいになるようにランダムで振り分けられることになっていた。
結果。
「……ジュンヤ。ちょっといい?」
「ん? ああ、アリシャか。どうかしたのか?」
ゲーム内にイベントを作り、また予選の振り分けなどにおいても活躍しているアリシャが、今大会の主催であるジュンヤへと声をかけた。
「アリシャが造った賞品のことなら問題ないと思うが?」
「……そっちじゃない。予選の振り分けのこと」
大会なのだから当然賞品が出る。それを腕利きの鍛冶師であるアリシャが作成したのだ。トッププレイヤーが使っても便利且つ高性能な装備品となっているため、誰が勝っても嬉しい賞品となっていた。
大会の賞品をアリシャが造ることになった時、彼女は最初自信がないと断ったのだが。なんとか説得して今できる最高峰の装備を揃えてもらった。だからまだ賞品のことが不安なのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「予選の振り分け? なにか不満でも出たのか?」
「……違う。一つ、レベルの高いプレイヤーが固まった枠がある」
「なに? けど作ってもらったプログラムでは、平均レベルが同じぐらいになるように調整されるんだろう? もしかして極端にレベルの低いプレイヤーが参戦してるのか? それなら仕方ないと思うが……」
「……そうじゃない。レベル表記のないプレイヤーが参戦してる」
「?」
アリシャの言葉に、ジュンヤは眉を寄せて怪訝な表情をしてみせる。そんなプレイヤーなど聞いたこともなかった。そもそもトッププレイヤーの彼でさえレベルを隠蔽できるアイテムなど知らない。
「そんなことがあり得るのか? アイテムで隠せるモノとは思えないが……」
「……ん。私も知らない」
システムにハッキングをかけられるアリシャですら知らないのなら、一般のプレイヤーが知るはずもない。しかしアリシャが知らないということは、
「じゃあもしかして、“乗っ取り女王”の手下とかか?」
「……それはない、はず。もう他の手下はいないと思うから」
「そうか。……でも確実なことは言えないから、一応警戒しておくか」
「……ん。それがいい」
二人は内密に話し合い、件のレベル表記のないプレイヤーを注視するのだった。
準備が整ってエントリー受付から数日後、予選が開始される。
一から三十二までのグループに分かれて予選を行い、三十二人が決勝トーナメントに進む。一グループは三十人前後のため、およそ千人近い参加者が集ったことになる。大半はこれからトッププレイヤーになろうという者ばかりだが、それでも直に戦えるというのはいい経験になるはずだ。
運良く知り合いと同じグループになった時は、徒党を組んで戦うというのもあり。
犇めき合う三十人のプレイヤーの中で、生き残れるのはたった一人。
そのたった一人になるために工夫を凝らし、事前にトッププレイヤーの対策を練り、挑むプレイヤー達。
グループ四つ毎に開始していく予選を、会場のコロシアムで眺める者達もいる。
結果は以下の通り。
第一グループから順に、『SASUKE』ギルドマスターのエアリア、メア、『一夫多妻』ギルドマスターのシンヤ、『ナイツ・オブ・マジック』のフィオナ、『格闘国家』ギルドマスターのタケル、センゾー、砲撃の名手クイナ、『狂戦騎士団』ギルドマスターのベルセルク、『暗黒魔術師団』ギルドマスターのツァーリ、バフと変身を使うリーファン、『双子のエルフ』ギルドマスターのエフィ、『双子のエルフ』ギルドマスターのナーシャ、『格闘国家』副ギルドマスターのモルネ、『戦乙女』の千代、『戦乙女』のカリニャ、『戦乙女』のリーフィア、『SASUKE』副ギルドマスターのアリア、『ナイツ・オブ・マジック』副ギルドマスターのメナティア、『銃軍』ギルドマスターのバルトレット、『一夫多妻』のアローネ、『一夫多妻』のイルネア、『一夫多妻』のラウネ、女将のアリーン、『狂戦騎士団』副ギルドマスターのヴァンツ、『暗黒魔術師団』副ギルドマスターのモーガン、『月夜の黒猫』ギルドマスターのショコラ、『守護騎士団』副ギルドマスターのヴェロニカ、『ナイツ・オブ・マジック』ギルドマスターのジュンヤ、『軍』ギルドマスターのダッカス、『幸運の招き猫』のリッキー、『ナイツ・オブ・マジック』のヴァイロ、そしてレベル表記なしのプレイヤー名なし(便宜上UNKOWNとする)の三十二名が勝ち上がった。
大半がトッププレイヤー枠として参加した者であり、それ以外では女将のアリーン、『幸運の招き猫』のリッキー、UNKOWNのみである。
女将アリーンは元々がフィオナと肩を並べていたほどだったので不思議ではない。
リッキーは本当にただ偶然最後まで残った他の二人が運良く相討ちした結果勝ち上がった。それこそが『幸運の招き猫』というギルドに所属できている理由なのだが。
UNKOWNはトッププレイヤー枠もレベル高めのプレイヤーも等しく剣で斬り伏せていった。謎は多いが、実力は本物であると証明されている。
以上の強者達が、凌ぎを削って最強を争う。
最強プレイヤー決定戦の本番はここからだ。




