リューヤの死後
遅れました。まぁ前回の流れからスムーズに進むと余韻がですね……嘘ですなんやかんや忙しかったです。
次から章を切り替えますが、来週は多分更新しません。
最強プレイヤーと名高いリューヤと、『軍』を率いるメッシュが死亡した。
このニュースはトッププレイヤー達のクリアを望んでいた全ての人にとって絶望的とも言えるモノであった。
実際にあの場にいたプレイヤー達も、戦友を失ったかのような感覚に見舞われている。メッシュの実力を信頼していた者も、あの場ではどうあってもリューヤを殺すつもりだったのだと理解してしまうからこそ、正当な死でないことに怒りや悲しみを覚えずにはいられなかった。
若しくは、進んで死地に飛び込んでくれる自分の命にとって都合のいいプレイヤーがいなくなったことに不満を抱いているのかもしれないが。
そんな下種の勘繰りすら許されないのが、実際に家族を喪ったフィオナとリィナの様子である。
瞳からは光を失い、俯き気味に歩いている。見目好く有名である二人の放つ空気に、声をかけるにかけられない状態だった。見れば誰もが只事ではないと察する。
仲のいいプレイヤーが寄り添ってはいるが、どう声をかければいいのか逡巡しているようだった。
当然だろう。家族を喪った者にかける言葉など見つからないモノだ。
とりあえずは特にショックを覚えている者達を帰し、追ってこれからの方針を連絡するとした。ただジュンヤはこれから一層気を引き締めて取りかからなければならないとわかっているため、大勢の前で演説をぶち上げることにする。
ジュンヤにとってはメッシュもリューヤも等しく頼りになる戦友だった。メッシュは性格に難があったが、なんだかんだ言って攻略での付き合いはいい。役割の都合上、肩を並べたり背中を任せたりすることも多かった仲だ。命を預け合っていたプレイヤーが実は女王の手先だった、という事実は重くのしかかっていた。
それでも気丈に振る舞って見せるのは、期待されていることを理解しているからだ。
ゲーム攻略に対する期待。これからトッププレイヤーを率いていく期待。内容は様々だが、今プレイヤー内で期待がかかっているのはジュンヤだ。だからこそ、彼は折れるわけにはいかない。
騎士の王として自分達の前に立ちはだかる予定だった敵と、本来手にするはずだった味方の代わりに聖剣を手にしたのだから。
ジュンヤが代表して八十階層での顛末とこれからの方針を言って聞かせる。トップクラス、と言うか各分野のトップがいなくなった事態に不安は拭えなかったが、それでも進むしかないのだ。
今回メッシュがいなくなったのは必然だったが、リューヤがいなくなったのは半ば故意に寄るモノだ。
次はないと思うが、それでも欠けた戦力があまりにも大きいため補充する必要はあった。
装備やレベル、スキルの見直しなども各自積極的に進めていかなければならないのは、いつも以上のことだ。
「少なくとも、レベル百に到達したプレイヤーはいるべきだろう」
ジュンヤは《ナイツ・アンド・マジック》の主要メンバー(一部を除く)を集めて今後の方針を具体的に固めていた。
「……有力候補はエクスカリバーを持っている俺と、村正を手にできそうなセンゾーだろうな」
自分のことではあるが、客観的な物言いで告げる。
「ええ。あとは八十階層をクリアしたことで、またデルニエ・ラトゥール以外のなにかが現れる可能性もあるから、そっちの調査も必要ね」
副マスターのメナティアが発言して、確かにと他も納得した。これまでと同じであれば新たなダンジョンなどが出現する。どちらの難易度が低いかと言われれば、微妙なラインと答えられる程度の難易度ではあるので先にダンジョンを攻略して手に入れた素材でデルニエ・ラトゥールの攻略に役立てるというのも一つの手だ。
もちろん、ダンジョンが出ているという前提の話だが。
「そうだな。じゃあ、レベル上げや装備の調達と新しいダンジョンの調査、二つに分けて行うとしよう」
早速方針を決めてから、ジュンヤは真剣な表情で集まっているメンバーの顔を見回す。皆の表情は、お世辞にも明るいとは言えない。ある種の責任感でなんとか保っているような状態だろうか。
「……貴重な戦力を失ったと同時に、ある種心の支えになってきた人を喪った。しかし、だからこそ立ち止まるわけにはいかない。……皆だってわかっただろう?」
精神の面でも後押しをするのが、ギルドマスターたる彼の役目だ。
ジュンヤに聞かれて、プレイヤ―達の目の色が変わる。全員の脳裏に浮かんだのは、消えていく直前のリューヤの表情であった。
拳を握り唇を噛み締めた様子。全身で悔しさを表現していると言っても過言ではない様子だった。仮にも最強と呼ばれたプレイヤーが死亡した事態よりも、いつだって前線に立って高難易度に挑んでいたリューヤが同じ人間であると理解したのだ。
死と隣り合わせのゲームの中で肩を並べて戦ったプレイヤーの、年相応の面が見えてしまった。
「彼の気持ちを掬い上げないわけにはいかない。それは、後を託された、遺された俺達の務めだ。あの場にいた全員がそう思ったかどうかはわからないが、少なくとも俺はそう思ってる。だから、歩みを止めるわけにはいかない」
ジュンヤの言葉に、プレイヤー達の表情が引き締まる。
《ナイツ・オブ・マジック》は最大人数を誇る《軍》がギルドマスター不在により機能しない中、これまで以上に精力的に活動していくのだった。
◇◆◇◆◇◆
他のプレイヤーが前に進む中、それでもフィオナとリィナ、そしてアルティは動くことができていなかった。
アルティは女将のところに預けられていたが、姉妹と同じように部屋からほとんど出てこない様子が続いていた。
だが独りでいると考え事が多くなり、自分がなにをするべきなのかに目を向け始める。
それでも彼女達が動き始めたのは、丁度一週間が経過した時だった。それをたった一週間で持ち直したと考えるか、一週間もかかったと捉えるかは個人の価値観だろうが。なんとか動き出し部屋を出るに至った。
「アルティ……!」
とぼとぼと、しかし自分の足で部屋を出てきたアルティを見て女将が少し顔を綻ばせる。
「丁度アルティを呼ぼうと思っていたんだよ。フィオナから連絡があってね。墓参りに行かないか、って」
「……キュウ」
見るからに元気のない様子だが、それでもアルティはこくんと頷いてみせた。
「そうかい。ならもうすぐ迎えに来るだろうから、身体を清めておいで」
女将はアルティの前に進もうとする意思を感じて優しく微笑み、ゲーム内なので大した意味はないが気持ちの問題から促す。
その後アルティが水浴びから戻ってくると、フィオナとリィナがいた。二人共アバター故やつれているということはないのだが、目の光が弱々しい。
「アルティ、行こ」
「キュウ」
リィナに手を差し出されて、飛び乗り胸に抱かれる。久し振りの人との温もりに僅かな安らぎを得ながら、三人は死んだプレイヤーの墓が生成される墓所を訪れた。
墓所には死んだプレイヤーが死亡した順に名前を刻まれ、墓を造られていく場所だ。デスゲームにならなければ不要のため、ゲーム開始直後だけは存在することのなかった施設である。だがデスゲーム開始から追加され、今では度々人の訪れる悲哀に満ちた場所となっていた。
一週間経ったとはいえ、最前線への攻略を行っていない今直近の死者数は少ない。トッププレイヤー二人の死に絶望して自殺した初心者プレイヤーもいたと聞いているが、後ろから数えた方が確実に早い。
故に三人は、重くなる足取りのままとりあえず一番新しい墓のある地点へワープした。墓所の入り口にある、数字区切りと最新の墓へのワープを使用して一番新しい墓へ行く。そこからは、目で墓に刻まれた名前を確認していくことになる。
最新は今日の一時間前くらい。見覚えのない名前だったため、トップ層ではないようだ。だがトップギルドのメンバーかどうかまでは流石に覚え切れていない。フィオナは一応《ナイツ・オブ・マジック》のギルドメンバーは顔と名前を一致させているが、《軍》などになると覚えるのは不可能と思えるほどなのだ。だから前線で戦って死んだのか、それともあまり戦ったことがないのにフィールドに出てしまったのかは判断できない。
今はリューヤの名前を探すだけだ。
そう言い聞かせて、フィオナとリィナは互いに用意してきた花束を取り出す。死者への手向けであることがリューヤの死を再確認させてきて、目頭が熱くなる。重い足取りが更に重くなる。
死んだ以上墓はあるのだが、墓を見てしまったらもう認めるしかないのだとわかっているからこそ前に進みたくなくなっていく。
それでも一つ一つ名前を確認して歩を進めていくと。
「……お姉ちゃん、これって……」
「……ええ」
遅々とした作業の中、見知った名前を見つけたのだ。心臓が跳ね上がる――墓に刻まれた名はメッシュだった。ボスとして討伐されたのだがプレイヤーの墓所に名前が刻まれるらしい。などというどうでもいい考えをしてみる。
実際に消えたのはメッシュの方が早かったが、死亡時刻のカウントとしてどうだったのかはイマイチはっきりしない。それでもメッシュの前後にリューヤの墓があるのは間違いないだろう。
「……お兄ちゃんのお墓、ないよね?」
リィナが誰に向けてでもなく尋ねた。あるいは、自分自身に対する確認だったのかもしれない。
「ええ。日付が変わるまで遡ったけど、見つからないわね」
フィオナは念のために日付内の全てを回ったようだが、それでも見つからなかったようだ。
つまりリューヤはあの日に死亡したという判定になっていない、ということなのだろうか。
「これって、一体どういうことなの?」
「私にもわからないわ。でも、私達はあの時確かにリューヤが死ぬのを見たはず……」
リィナとフィオナは顔を見合わせて、しかし答えが出ない。
「……“乗っ取り女王”の仕業、とか?」
「それが一番可能性としては高いかしらね」
妹の口にした可能性に、姉も同意する。デスゲームと化したIAOにおいて、プレイヤーの生死を自由に操作できる者はあの女王以外にいない。
「リューヤを助けた……ということはないから、もしかしたら死んでないかもって思わせるためにわざと、とか?」
「アリシャちゃんでも細かい行動理由は予測できないって言ってたし、なにがしたいのか全然わかんないよね……」
「そうね。でも墓がないからリューヤが生きてるって考えるのは安直のような気もするし。フレンド一覧も死亡した時と同じ状態だから」
「うん。でも、私はお兄ちゃんが生きてるかも、って思いたいな」
「……私もよ」
フレンド一覧では死亡と同じグレーアウトした状態になっているが、墓所に墓はない。あれから一週間経っていることを考えると、バグである可能性は低かった。バグは異様な速度で発見、修正されているからだ。これは“乗っ取り女王”がバグ調査に協力的だからだと一部では噂されていて、アリシャもそうだと言っている。きちんとデスゲームを楽しんでもらうために、バグは不要なモノという認識はあるようだ。
死亡エフェクト後に生き残った、生き返ったという事例はない。もしかしたらフレンド機能が使用不可になる未知のゾーンに飛ばされているのかもしれない。……可能性は低いが、そう思った方が精神安定上良かった。二人にとっては誰よりも大切な家族なのだから。
「キュウッ!」
突然、アルティが声を上げた。二人がびっくりしていると、
「キュウ、キュウ、キュウ~ッ!」
両腕を上下に振って暴れている。アリシャや女将がいればわかったのかもしれないが、残念ながら二人にアルティの意図を汲むスキルはない。
「ふふ、アルティちゃんもちょっとは元気出たのね」
「良かったぁ。アルティちゃんが元気じゃないと、皆暗くなっちゃうから」
「キュウ~ッ!」
アルティの伝えたいこととは全く別の解釈をされてしまったため困った様子だったが、それでも久し振りに笑顔が戻るのだった。
「お姉ちゃん。このこと、皆に話さない方がいいかな?」
「そうねぇ……。無暗に期待させるのもそれはそれで残酷だから、他の人が気づくまでは内緒にしておきましょう」
「うん。アルティちゃんも、他の人に言っちゃダメだよ?」
「キュウッ」
相談して、一先ず内緒にすることを決める。アルティも右手をぴしっと挙げて了解の意を示した。
「リューヤが生きていても死んでいても、私達がリューヤがいなくなったらなにもできないなんてカッコ悪いところは見せられないわ。密かに安否確認はしながら、前線に戻りましょう」
「うん。一週間も出遅れちゃったから、頑張って追いつかないとだね」
「キュウ、キューッ!」
それぞれに決意を新たにして、三人は墓所を後にする。
その後フィオナとリィナはそれぞれのギルドメンバーと合流し、戦線に復帰した。
アルティは女将の仕事の手伝いをしながらも、時折単独でフィールドに潜って狩りをするようになった。アルティのレベルはリューヤが同等以上のレベルでなければ使用できないアビリティを使っていたことからもわかる通り、百である。加えてパッシブスキル『絶対的力』によってレベルが最大になって全ステータスがカンストしている。並みのモンスターが敵う相手ではなかった。
リューヤが消えた時、なぜアルティだけが取り残されたのかは未だ不明のままだが、プレイヤー達は形見としてアルティを大切に扱っていた。
デルニエ・ラトゥール八十階層事件後、プレイヤー達の様相は大きく変化しながらも前に進み続けるのだった――。




