八十階層の決着
週一更新途絶えちゃってましたが更新は続きます。
IAOに無数に存在するスキルの内七割を取得している俺であっても『UUU』を超える自己強化スキルはない。スキルの組み合わせ次第で比類するモノもあるが、たった一つのアビリティで恐ろしく強化されるのはこのスキルだけだった。
そんな『UUU』はテイムモンスターの力を借りて戦うスキルとなっている。俺のテイムモンスター達は皆強いが、その中でも一際能力が高いのはシャドウレオンウルフのアルティだ。そのアルティの力を借りる【影神狼双牙士・シャドウレオンウルフ】は最も高い攻撃力となるアビリティ、と言える。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
そのアビリティを使い、【絶牙】で更にステータスを上昇させた俺は、防御を固め続けるメッシュに手を止めず攻撃を仕かけていた。
メッシュも防御力を上げるスキルや回数無敵、ダメージを軽減させるスキル、ダメージを代わりに受けるアイテムなど駆使して俺の攻撃を受け続けている。
攻撃を当てることでステータス上昇が加速するため、俺のステータスががんがん上がっていく。それでも相手が崩れないのは、トッププレイヤーであるからだろう。それでも攻撃に対処することしかできないようで、反撃はなかった。
ただ相手の防御を崩さなければ、継続回復を捨てて攻撃特化にしたため継続ダメージでHPが減り続ける状態にある。この拮抗状態をなんとかして自分側に傾けなければならなかった。
そうこうしている間に俺のHPが半分を切り、レッドゾーンに向かっていく。対するメッシュはまだ半分くらいだ。思っていたよりも減りが遅い。スキルの使い方が巧いのだろう。
メッシュは盾に籠もっているような状態だ。これを突破するには防御を崩すか、相手に攻撃してもらうしかない。だが防御を崩すのは至難の業だ。先程からなんとか盾を退けようと試みているが、スキルや受け方などで上手く対処されてしまっていた。となると、相手の攻撃を誘発するか。
頭の中で組み立て、実行する。
「らぁ!!」
強引に、両手の剣を同時に横からぶつけてメッシュの身体から盾を剥がそうとする。渾身の力だったために相手が体勢を崩していなければ大きな隙となってしまう。が、メッシュは体勢を崩してくれた。その隙に俺はアビリティによる強力な一撃を叩き込む。
「【絶撃】ッ!!」
二振りの剣を上段から振り下ろす。直撃すればメッシュのHPを一気に削ることもできるはず――だったのだが。
「『透明化』」
直前でメッシュが使ったスキルによって、一切手応えなく終わった。
『透明化』は三秒間のみ身体を透明にして物理攻撃を一切受けつけなくなるスキルだ。その代わり発動中は魔法攻撃が効きやすくなる。とはいえ物理主体の俺相手、今の攻防の最中なら問題はなかった。
「【チャージ・エンド・ドライブ】ッ!!!」
メッシュの顔には「まんまと引っかかったな」という嫌らしい笑みが貼りついていた。……どうやら向こうも攻撃を誘うつもりだったらしい。
【チャージ・エンド・ドライブ】は攻撃していなかった時間を攻撃力と掛け算して威力を算出する。アビリティと共に突き出された槍が、俺の軽装備を貫いて深々と突き刺さった。胸元から背中まで通ってしまっている。当然、俺のHPは一瞬で消し飛んでしまったが。
「【絶牙】、抜刀」
「ッ……!?」
俺は構わずに【絶牙】を使用。影の狼のオーラを纏った。
「な、なぜだ……確かにHPが削り切れる威力だったはず……」
「お前ならわかるだろ!」
俺は驚愕するメッシュの身体に刃を突き立てた。盾で受けられなければ鎧すら貫く威力を誇っているため、ずぶりと突き刺さりHPが削れてゼロへと変わる。
「く、クソッ!! HPがゼロになって終わったと思うなよ!!」
本来ならそれで終わりだが、メッシュの身体はまだ残っていた。
「貴様は絶対に道連れにしてやる!! 『死地にて戦え』の効果が切れた直後、死ぬようになぁ!!」
まだ戦闘が終了していない状態のようだ。そのせいか、継続ダメージを受け続けている状態らしい。HPバーを見てもなんら変化がないため確認のしようもないが。
「往生際が悪いな、メッシュ。潔く負けを認めたらどうだ?」
「認めるとも! プレイヤーとしては貴様の方が上のようだな!! だが、ここで死んでもらう」
冷静に振舞って諭すが、聞く耳を持たない。俺は諦めて大人しく消えろと言いたかったのだが、通じなかったようだ。
「なら、戦闘が終了したと認めさせるまでだ」
俺は言って、『ウェポン・チェンジ』を発動。アヴァロンソードを取り出してメッシュの腕を切り落とした。
「くくっ……!! 無駄だ、貴様はここで死ぬ!!」
嗤うメッシュの首を落とす。それでも尚俺の足掻きを嗤ったので頭を真っ二つにしたが喋りは止まらなかった。姿が消えなかった。まだ足りないのかと全身をバラバラにしていくも、一向に消える気配がない。喋る時に分かれた口が動いているので、切り落とされたという判定になっていないのだろう。魔法で消し炭にする手に切り替えて全身を消滅させたが、なぜか五体満足で復活した。
「くはははっ……!! 滑稽だな、リューヤ!! 余程死にたくないらしい!!」
復活したメッシュが嘲笑う。その間にも、『死地にて戦え』の効果時間は三十秒を切っていた。
「……――」
俺は逸る気持ちを抑えて周囲を見渡す。
障壁は依然として解除されていない。障壁の外側にいるプレイヤー達は固唾を呑んで俺達を見守っている。中でもリィナや姉ちゃん、仲良くなったプレイヤー達は俺を呼んだりメッシュを罵倒したりしていた。必死になりすぎて気づかなかったようだ。唯一システムチートに対抗できる手立てを持つアリシャは、一心不乱に手を動かしているが表情が芳しくない。アリシャでも解除などは不可能のようだ。
……ああ、俺ここで死ぬのか。
必死になって活路を探そうとして、それが無駄だとわかって周りを見たからかそれを事実として受け止めるしかなくなった。
「ようやく時間だ!! 貴様の死に様が見れて、満足だ――ッ!?」
「先に逝ってろ」
歓喜するメッシュの口をアビリティで吹き飛ばして黙らせる。俺の身体が金の粒子となる兆候、光を纏った瞬間にメッシュは消え去った。
これでボス戦が終了したが、障壁は消えない。おそらく俺がいなくなるまでは展開しているのだろう。誰かと抱き合って感動の別れを演出することもできない。
なら折角だし、皆に向けて「後は任せた」と笑って最期を迎えるか。姉ちゃんやリィナが泣いているだろうことは簡単に想像つくし、心の傷はできるだけ浅い方がいい。せめて慰めるぐらいの時間は残っているだろうか。なにか言葉を残して逝くのがせめてもの責任なのかもしれない。仮にも最強と噂されるプレイヤーの一人として、後のことを任せるプレイヤー達になにか言葉を遺して――……。
……なんて、取り繕えるはずもなかった。
「っ……!」
メッシュのヤツを満足させてやる義理はないから抑えていたが、どんどん隠し様がなくなっていく。
唇を強く噛み締め、拳を痛いほど握る。現実だったら血が出ていただろうか。バーチャルの世界では軽減された鈍い痛みしか感じない。
……取り繕うなんて無理だ。ただただ悔しくて堪らない。
俺はこれまで、必死になって頑張ってきたはずだった。実際メッシュとはプレイヤー能力のみで戦っていれば勝てたはずだ。だが、それでも抵抗の余地を残してしまった。もっと詰めていれば、もしかしたら圧倒して済ませることもできたかもしれないのに。それができなかったのは俺の努力不足、戦闘の組み立ての甘さだろう。
ゲーマーとしては初心者と言っていい俺が玄人のようにスキルを組み合わせ戦術を立てることなどできもしない、とも思うが誰にもそういう点で相談しなかったのも事実だ。もしかしたらもっと、もっと上手くやれていたかもしれないのに。
たら、ればの話をしていればキリがない。
事実として俺は戦闘に勝利したにも関わらず、ここで死ぬ。若しくはメッシュに目をつけられここで勝負を仕かけられた時点で俺の死は確定していたのだから、努力は無駄だったのか。
じゃあ実力を隠していれば良かったか、と言われればそうでもない。そうしていたらきっと救えなかった人達もいる。俺がいることで救われた命も多少はあるはずだ。
……ああ、クソ。いつまで経っても後悔が消えてくれない。
悔しさばかりが湧き上がってきて、冷静ではいられなかった。……ふと、握っていた拳の感触がないことに気づく。見てみればもう手首までが粒子となって散っている。
「お兄ちゃんッ!!」
「リューヤ!!」
リィナと姉ちゃんが俺を呼んでいた。ようやく仲間達の声も届くようになってきている。後悔から少しは意識を逸らせたんだろうか。
二人は泣いていた。家族になってからずっと、二人の涙は俺が止めなくちゃと思ってたっけな。けど今回は難しそうだ。悪いけど今だけは、他人を気遣っている余裕がない。
だが泣いているのは少人数のようだ。メッシュの裏切りと執念が衝撃的だったのか、ジュンヤを代表に信じられないモノを見るような目で俺を見送っている。
割りと長く付き合うことになったエアリアは背を向けていた。こちらを向いて涙ぐんでいるアリアさんの表情を見るに、泣いてくれているんだろうか。だとしたら嬉しい気持ちも少しだけある。エアリアは完全にこのゲーム内だけで会った人物だ。一切前情報のない状態からそこまでの関係を築けたということになる。
アリシャは泣きじゃくっていた。小さな声で掻き消されがちではあったが、ずっと「ごめんなさい」を繰り返しているようだ。できれば慰めてやりたいが、もう時間がないか。笑って「アリシャのせいじゃない」と言えれば多少心を持ち直すきっかけになるかもしれないが。
……口まで消えちゃったか。
そう思うつつ、心のどこかで多分それまで逡巡していたのだろうと思った。誰かに声をかけたらきっと、俺は悪態を吐いてしまうだろうから。
こうして身体が消えていく感覚というのは空恐ろしいモノがある。文字通りこの世から存在が消えるのだから当然か。安らかなんて一切ない。むしろ少し、肌寒いような気さえしてくる。
ボッと温かな火が生まれた。金の炎……フレイだろう。フレイの炎が俺の全身があった場所に散っている。もうモンスターBOXの中にいるはずだが、優しい仲間だ。ある種の送り火だろうか。
……ありがとうな、フレイ。それに皆も。
おかげで心持ちが回復し、ようやく感謝を述べることができた。
俺は後悔に苛まれ続けることだけはなく、少しだけ安らかに消滅していく。
――俺のデスゲームは、ここで終わりのようだ。
◇◆◇◆◇◆
リューヤが完全に消滅した直後、他プレイヤーが立ち入れないようにしていた障壁は消え去った。だがいなくなってからでは遅い。
身体をぶつけるようにしていたプレイヤー達が軒並み体勢を崩し、中には倒れ込んで顔を伏せる者もいた。
「……あれは」
メッシュとリューヤが死んだという事実を受け止め切れない者がほとんどの中。リーダーとしての責任感でジュンヤは階層を後にしようと告げるつもりだった。一応ボスを倒したのだから、ゲームらしく報酬はあるはずと思ったのもある。
そこで目にしたのは、金色に輝く聖剣だった。丁度メッシュが消えた辺りだろうか。白い台に突き刺さった剣が出現したのだ。聖なる輝きが明らかに聖剣の類いであると訴えかけてきている。ジュンヤの『鑑定』でその銘が判明した。
「……聖剣・エクスカリバー」
ぽつりと呟いたのは、目を赤く腫らしたアリシャだった。
「……IAO内に存在する、四大刀剣の一つ。刀のみを極めた者だけが挑めるクエストで手に入る、村正。リューヤが持っていた第二回グランドクエストのMVP報酬、天叢雲剣。まだ確認されていない剣、ラグナロク。そして騎士達の住まう階層を突破した先に待つ騎士を統べる騎士の王を倒すことで入手可能な、エクスカリバー」
大して驚いていないところから、彼女はおそらく事前に知っていたのだろうと予測がつく。武器マニアのアリシャが食いつかないのもそのためだろう。
「……ただ、ボスを倒したプレイヤーがいなくなったから、自由に抜けるはず。ただし騎士系職業を全て修めていないとダメ」
「となると、今使えるのは俺、ということになるか」
ジュンヤが呟くと他のプレイヤーの視線が集まってきた。周りを見渡しても、異論反論が上がらない。そのことにほっとしつつ、彼は突き刺さった聖剣の下に歩き右手で柄に手をかけた。
ぐっと力を込めて引くと、ゆっくり引き抜かれていく。抜き放たれた聖剣はキィ……ンという澄んだ金属音を響かせてジュンヤの手に収まった。
その聖剣が放つ輝きは、レベル百に到達した二人のプレイヤーが消えた状況下において、プレイヤー達を導く希望のようだった。
エクスカリバーを掲げたジュンヤに縋るような目を向けていたプレイヤ―達だったが、
「キュッ? キュウッ! キューッ!!」
聞き覚えのある鳴き声が聞こえて、そちらを振り返る。丁度、リューヤが消えた辺りだ。黒い見慣れた小動物が座っていた。アルティだ。
アルティは見回してリューヤや他のテイムモンスターがいないことを知ったのか、狼狽して泣き出してしまった。
それを近くにいたリィナが優しく抱き締める。
大きな戦力を失い、僅かな成果を得た。それでもゲームをクリアするためには、突き進まなければならないのだ。
一応言っておきますが、続きます。




