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Infinite Abilities Online   作者: 星長晶人
煮えたぎる溶岩編

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失いたくないモノ

 イベント終了直後に、強制転移が始まってしまった。転移する直前にプレイヤー全員の視線を浴びながら、力なく俯いた一人の姿が気になって仕方がない。


 人によっては酔いそうな僅かな浮遊感の後、俺達は無人島ではなく見慣れた街並みを視界に入れる。どうやら始まりの街に転移させられたようだ。無人島の幻想世界側にいなかったプレイヤー達も確認できることから、強制転移はレイドバトルに参加したプレイヤーだけでなく、イベントに参加していた全プレイヤーが対象だったことが窺える。


「……っ!!」


 強制転移に呆然としつつも、直前まで視線を向けていた少女が走り出したのを誰もが見ていた。逃げ出すということはなにかしらの後ろめたいことがあるということ。呆けていたのは僅かな時間で、すぐに直前のやり取りを思い出してデスゲームを引き起こした仇敵の血縁、ゼネスの話を真に受けるなら血の繋がった娘に対して“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”に抱いていた鬱憤が怒号となって彼女の背に叩きつけられた。

 中には逃げ出した彼女を怒りのままに追いかけようとした者もいたのだが。


 彼の行く手を塞ぐように、人影が飛び出してきた。


 それは白髪に黒いコート、肩に黒い毛並みの生物を乗せた青年だ。

 今や誰もが知るプレイヤー、リューヤである。


 その彼が立ち塞がったことに追いかけようとしたプレイヤーは戸惑い、狼狽える。


「そこを退けよ! いくらトッププレイヤーだからって邪魔するとただじゃ……ッ!?」


 一人が詰め寄ろうとしたところで、彼は腰の武器を流麗な動作で抜き放った。


「……ああ。ここを押し通るつもりなら、俺を殺してからにするんだな」


 黒い瞳に真っ直ぐ見据えられ、プレイヤー達は二の足を踏むことになる。相手はゼネス戦でもその力を見せつけた最強と名高いトッププレイヤー。そんな彼が本気で立ち塞がったら……考えるだけでぞっとしない。無駄死にもいいところだ。


「な、なんでそこまで庇うんだよ!」

「そ、そうだ! あのクソ女の仲間だろうが!」

「……俺はずっとアリシャに助けられてきた。困った時の助言も、今持っている武器だってそうだ」


 怒鳴り散らされながらも、リューヤは冷静だった。抜き放った剣と杖はどちらもアリシャに造ってもらった装備だ。かなり長い間お世話になっている武器達なので、それがなかったらと思うとどうなっていたかわからない。なくても無理矢理に道を切り拓いていたかもしれないが、それはそれ。少なくとも今と同じ状況ではなかった可能性が高い。装備造り以外にも彼女の知識には助けられてきた。希少な武器もあったので、あまり人に言いづらいことを共有できる人がいるというのはとてもいいことだ。


「アリシャの造った武器に助けられた人も多いと思う。他にも、俺は彼女の知識に助けられてきた。例えそれが特殊な立ち位置によるモノだったとしても、その事実は変わらない。これまでプレイヤーに貢献してきた信頼と、ゼネスの言葉を信じるなら“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”には与していないはずだ。じゃなきゃ裏切り者なんて呼ばれ方はしない。……その辺も含めて俺が話をしてくるから、手を出さないでくれ」


 至極冷静で真摯な頼みを受けて、怒りをぶつけようとしていた者達も徐々に落ち着きを取り戻してきていた。


「で、でもよ。もし本当に女王の手先だったらどうすんだよ」


 それでも不安は拭えないので、反論は行ってくる。


「その時は俺がアリシャを殺してでも止める。その後責任を取って俺も死のう」


 一切の恐れを見せず、淡々と告げるリューヤに息を呑みなにも言えなくなってしまう。


「甘いな」


 ただ一人、不愉快そうに切って捨てた男以外は。


 リューヤが声のした方に目を向けると、そこには重厚な甲冑に身を包んだ男が立っていた。《軍》のギルドマスター、メッシュである。


「貴様の甘さには反吐が出る。顔も見たくない。……行くぞ」


 だが彼は心底不愉快そうに告げただけで、踵を返して去ってしまう。ギルドマスターが立ち去ることでこの中で最も人数の多い《軍》の面々も渋々引き下がっていった。

 気を遣ってくれたわけではないだろう。リューヤはもちろん、アリシャとも険悪なことが多い。なんの思惑かは知らないが、少なくとも《軍》はこの件に手を出さない、ということのようだ。


「お兄ちゃん、そろそろ行ってあげて」


 リィナがリューヤの傍に歩み寄って声をかける。


「ああ、悪いな」


 リューヤもそろそろアリシャを見つけられなくなるかもしれないと思って、有り難くその申し出を受け取る。ぽん、と軽く頭を撫でてからアリシャの走っていった方へ全力疾走を始めた。


「アリシャちゃんがどれだけ貢献してきてるか知ってるでしょ!? なのに敵の言葉で惑わされて、いい歳して人の言うことを鵜呑みすることしかできないの!?」


 リューヤは背後から聞こえる妹の悲痛な声に少しだけ苦笑する。見た目が愛らしいリィナにあそこまで言われれば、年上も多いプレイヤー達はバツが悪くてなにも言い返せないだろう。


 気持ちを切り替えて、アリシャの行方を追う。道行く人にアリシャを見かけなかったか尋ねて回り、始まりの街を駆け回った。あちこち回ったみたいだが、結局はアリシャが経営する鍛冶屋に辿り着く。


「アリシャ!」


 勢いよく扉を開けて呼びかけるも、中に人影はない。気配も感じ取れなかった。だがいつもは閉じている厨房への扉が中途半端に開いている。出る時に閉めていなかった可能性もあるが。

 リューヤはカウンターを抜けて奥の厨房へと足を踏み入れる。厨房にはアリシャが許可したプレイヤーしか入れないようになっているはずだが、彼は元々厨房を見学させてもらうこともあったので擦り抜けることができる。だが中は当然もぬけの殻だ。途中で抜け出したような散らかり具合はなく、綺麗に整理整頓されている。それがここにアリシャはいないのだと伝えてくるようで嫌だった。


 だが一点だけ、普段と明らかに違う箇所がある。


 床の一部が外れていたのだ。一辺二メートルくらいに切り抜かれた床板がそのままになっている。綺麗に嵌められていれば全くわからなかっただろうが、余程急いでいたのだろう。見た目より軽く造られている床板を退かしてその下を確認する。梯子で下に降りられるようになっていた。手袋をしていることを活かして梯子の両端を持ち滑るように降りる。とんっ、と床に着地して手を離し辺りを見回した。


 この地下室はリューヤも知らない場所だ。倉庫なのかとも思ったが、


「随分とアリシャらしい部屋だな」


 思わず苦笑してしまった。


 武器が所狭しと飾られている。中には現在ゲームに一本しか確認されていない武器まであった。彼のアルファ・ディ・ベルガリエなどがそれに該当する。ただ本物ではなく性能のない見かけだけの武器のようだ。多分、個人で愛でる用の。


 珍しい武器を目にした時のアリシャの様子を思い浮かべ、微笑ましく思いながら見回っていると、異質な転移門が設置されているのを見つけた。武器を展示している地下室として考えれば景観を損なうモノである。


 おそらく、この先にアリシャがいる。そう考えたリューヤは覚悟を決めて転移門を潜った。潜るだけで別地点へワープする、という能力によって暗くなった視界が一瞬にして色鮮やかに切り替わった。


「……」


 思わず呆然として、目の前に広がる光景を眺めてしまう。


 時間帯は昼過ぎ頃だったはずだが、ここは夕暮れだった。夕暮れにぽつんと浮かぶ小島に移動してきたようだ。今いる小島以外にはなにもない空間のようだ。このIAO内においてこんな場所は見たことがない。遠方に陸地が見えるということもないので、おそらくアリシャの地下室からでしか来れない場所なのだろう。


「……――」


 アリシャはそんな夕暮れの下で、小島に咲いた花畑の中佇んでいた。小島の淵に立って、夕陽を眺めている。


「アリシャッ!!」


 リューヤは強く彼女を呼んだ。驚くこともなく、ゆっくりと振り返るアリシャ。二人の間を一陣の風が吹き抜け、花びらが宙を舞う。


「……これは、私の秘密の場所。落ち込んだ時、悩んだ時はいつもここに来てた」


 アリシャはリューヤを一瞥すると、周りを見渡して呟いた。


「……私が創った、あの人に許された唯一の空間」


 およそ一プレイヤーの権限では不可能な発言に、リューヤの指がぴくりと反応する。


「……やっぱり、あいつの言ってたことは本当なのか」

「……ん。私は、あの人の実の娘」


 問い質すまでもなく、アリシャは肯定する。いつかこうなる日が来ることを覚悟していたのか無理に隠し通そうとはしなかった。


「アリシャ」

「……来ないで」


 リューヤが近づこうとすると、アリシャは後ろに下がった。ただでさえ小島の端にいるので、かなり危うい位置だ。


「……もう、いい。充分やった。だから、もういいの」

「良くはないだろ、まだなにも終わってない」


 また半歩進もうとして、アリシャが後退りしたのを見ると近づくのを一旦止める。


「……ううん。もう終わったの。私の役目はもう終わり。プレイヤーの中に紛れ込めなくなったから」

「そんなの関係ないだろ。……俺はアリシャを信じたい。だから、話を聞かせて欲しいんだ」

「……そんなことのために来たの?」

「俺にとっては重要なんだよ。アリシャのことを知れるんだから」

「……」


 リューヤの物言いを受けて、アリシャは微かに嘆息した。彼の説得を諦めたのか、あるいは話しても話さなくても結果が変わらないと思っているのか。


「……話すこと、と言われても難しい。私はあの人――“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”の実の娘。あの人に言われて、私はこのゲームを始めた。……デスゲームになることも、知ってたのに」


 アリシャはくるりと後ろを向いて、夕陽を呆然と見上げる。あるいは、なにかを見ているわけではないのかもしれない。


「なんで、自分が死ぬかもしれないと知っていて参加したんだ?」

「……私に拒否権はない。あれは、そういう人」


 ただ淡々と述べる彼女の声にも表情にも、悲観は一切なかった。いつからそうなのかはわからないが、ある種大量殺人鬼とも呼べるあの身勝手な女王がまともに子育てをするだろうか。確かなことは言えないが、慈愛を持って接していることはおそらくないだろう。


「……“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”はなにが目的なんだ?」

「…………あの人の頭はおかしい。だから、詳しいことはわからない。でも、“異世界”を求めてる」

「異世界?」


 アリシャの要領を得ない答えに、リューヤは眉を顰める他なかった。異世界なんてモノは夢物語でしかなく、あるのかどうかすら怪しい――世界には未知も多いため断言はできないが――モノを求めるのは、あり大抵に言えば荒唐無稽にも思えた。


「……ん。私達が思い描くファンタジーな世界を、本気で求めてる、と思う。このゲームは確かにリアル。でも完全なる異世界じゃない。多分、デスゲームにしなくても良かったんだと思う。大事なのは、如何に現実と異なる世界で過ごさせるか。ゲームだと思わせないか」

「……」


 半ば唖然として答えを受け取る。つまり、殺すかどうかは関係ないということだ。もちろん死んだら死ぬというごく当たり前の現実的概念をゲームに持ち出すことで、よりゲーム内がリアルになるとは思うのだが。


「……でもまだ全然ゲームが足りないから、きっと色々なファンタジーのゲームをハッキングして、色々試す段階だと思う。異世界への繋がりを作る、とか言ってたと思うから。どうやって作るのか、どういう理論なのかはまでは知らないけど」

「そうか」


 考え方が常人とは離れすぎていて、真の目的を知ってもまるで理解が及ばなかった。というか、ゲームを作って別世界に近い内容にするなら兎も角、ゲームを介して異世界へと繋げるというのは常人の発想ではない。あるかないかもわからないモノを、しかも多くをゴミのように犠牲にして求めるというのは理解ができなかった。なにか、彼女にそうさせる理由があるのかもしれないが。


「……、アリシャはあいつの計画に加担してるのか?」


 リューヤは、一度口を開いた後に一旦閉じてから尋ねる。彼としてもその質問だけはそのまま口に出せなかったのだろう。おそらく、そうであって欲しくないと願うからこそ。


「……してないわけ、ない。私は多分、そのために作られた子供。足りない部分を補うんじゃなく、より効率良く進めるための」

「……」


 覚悟はしていたはずだ。だが、否定を得られなかったことが、否定を望んでいたことで、重くのしかかる。


「じゃあ、なんであいつは、ゼネスはアリシャのことを裏切り者って言ったんだ?」


 しかし、それでも彼女がただ加担しているだけとは思えなくて、思いたくなくて言葉を重ねた。


「……それは」

「ただ加担してるだけならむしろ、喜ばれるはずだろ? 俺達に紛れてたのだって、バラされる必要性がない。それをされたってことは、ゼネスがアリシャを貶めたかったってことは、そういうことなんじゃないのか?」

「…………」


 アリシャは答えない。


「アリシャ!」


 リューヤは名前を呼びながら一歩前に出た。彼女は肩を震わせて彼を見上げ、真っ直ぐ見つめてくる瞳と目が合ってしまう。その目に射られると逃げられなくなったような感覚に陥った。


「……最初は、なんともなかった。指示通りに、指示通りのことをこなした。でも、自分のしたことが嫌になった。あの時、最初の、邪悪竜討伐の突発イベントの時……!」


 俯いた彼女の感情が見え隠れする独白に、リューヤは遠い記憶を呼び起こされる。


 デスゲーム開始当初、一番最初にプレイヤー達を苦しめた突発性のイベントがあった。それが、最初に解放される四つのフィールドの内の一つ、南の森で発生した序盤にしては強い邪悪竜の登場だ。

 デスゲームが開始されて間もない頃、存在を知らずに挑み、そして果てたプレイヤーの数は約六十人。それからはほとんど封鎖という扱いで邪悪竜の下へプレイヤーを行かせないようにして、討伐隊を組んだ。尤も、討伐隊が行くまでは邪悪竜の存在すら知られていなかったのだが。


「……あれは、アリシャがやったのか」

「……そう、私がやった」


 当時のことを思い出しているのか血の気が引いた顔を片手で覆っている。


「そう、か……」

「……ん。幻滅した?」

「いや、どうだろうな。凄く昔のことに思えて、実感が湧かない」


 あれからかなり時間が経っている。当時明かされたなら「なんであんなことしたんだ!」と胸倉を掴み上げるくらいはしていただろうが。もちろんあの時親しいプレイヤーの死を目の当たりにした者もいるだろうから、そういったプレイヤーはその時の恐怖、怒りが思い起こされて彼女にぶつけるのだろう。


「……そう」


 アリシャは手を下ろしてそれだけを呟いた。掌の退いた彼女の表情は、ほっとしたような残念そうな表情だった。もしかしたら心のどこかで責めて欲しいという気持ちがあったのかもしれない。


「他には、なにかやったのか?」


 アリシャは逡巡するように視線を泳がせてから、


「……ゲームが始まってからは、それ以来やってない。始まる前は、準備を手伝った」


 デスゲームの計画に従って行動していたが、実際に手を貸してみて人を殺す恐怖を知ってしまい裏切ることになったということのようだ。

 リューヤが見る限り、アリシャは自分の感情を表現するのが苦手だ。代わりに、強い感情については隠せない。どこへやればいいかわからずにそのまま表現するしかない、という印象だ。今のも到底演技とは思えなかった。


「じゃあ、次だ。アリシャはこれまでにどれだけ俺達のことを、助けてくれた? もちろん、プレイヤーとしてじゃなくて」

「…………」

「アリシャがやってしまったことは聞いた。デスゲーム計画への加担と邪悪竜の突発イベント。他になければ、次はアリシャがやってきた手助けを聞きたい」

「……」


 リューヤは真摯な瞳でアリシャを見つめるが、視線を彷徨わせて言いづらそうにしていた。自分のしたことに対してどこか責めて欲しいという気持ちがあるのだろう。逆に、償いの意味も込めてやってきたことに関しては言いにくいのかもしれない。


「アリシャ」


 リューヤは急かすでもなく、ただ静かに名前を呼ぶ。口に出すまで答えを待つぞ、という意思が窺えた。アリシャは微かに嘆息して、ゆっくりと話し始める。


「……聖竜剣・ホーリードラゴン」

「――」


 思わぬ発言が飛び出してきた。それこそ邪悪竜の時だ。リューヤが持つ、一番最初に手にした最強の武器と言っても過言ではない装備品だ。もちろんその前に入手したアヴァロンソードも強い武器だが、劇的に強いと理解した武器は聖竜剣・ホーリードラゴンだろう。


「……あれは最初、あそこで出てくるはずがなかった武器。もっと後半で入手できるモノだったのを、多少弱めて入手させた」

「そう、だったのか」


 リューヤは懐かしい気持ちに駆られながら当時のことを思い返す。

 土壇場でテイムモンスターであるリヴァアとクリスタが大人へと成長してくれたからこそ、最後の一押しに聖竜剣・ホーリードラゴンが出現したからこそ、邪悪竜を討伐することができたのだと思う。


 どちらか片方が欠けていたら、もう少し犠牲が出ていただろう。というか、彼女が担当したイベントで即対処を導入したらしい。対応が早いと言うか、それだけ焦ったのか。


「……それからは細かいところで補助するようにしてた。元々規定値より高かったから多分外から介入があったと思うけど、装備作りの時に大成功する確率を上げたり。情報通なら知っていそうレベルで助言したり。あと、アルティのイベントをつけ足したり」

「それは細かくないんだが」


 言いつつ、シリアスな場面だからかリューヤの襟元で大人しくしていたアルティが頬擦りしてくるのに微笑した。アルティは見た目こそ可愛らしいが、今では頼りになる相棒である。


「……モンスターと心を通わせられる、自分も戦えるプレイヤーだけが『UUU』を手にできるから。それに『UUU』を使った時に得られる能力はモンスターに由来する。だから、強いモンスターを複数所持しているプレイヤーが最も適任」


 確かに、リューヤはあの時点でクリスタルタートルとリヴァイアサンを仲間にしていた。辿り着く先のスキルを知っている者なら彼がそこに辿り着くと予測できるだろう。実際、モンスターを扱うトッププレイヤーはいてもモンスターと共に自分も戦うトッププレイヤーとなると数は少ない。それこそリューヤとエアリアくらいなモノだろう。その二人で『UUU』の力をより発揮できるのは? と聞かれればリューヤと答えるだろう。質は置いておくとしても、なによりテイムモンスターの数が違う。


 例えそれがわかっていても、リューヤがアルティと邂逅し『UUU』を手にすることができるのかは賭けだ。あのイベントは序盤も序盤の頃なので、それまでにリューヤが心折れて攻略に参加しなくなる、若しくは半ばで死ぬことも考えられる。

 それが功を奏して今も前線で戦えている。


「……?」


 アリシャの話を聞いて咀嚼し呑み込む中でふと疑問が浮かんできた。それはアリシャにではなく“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”に対してだったが。


「なぁ、アリシャ。他にも細々としたところでプレイヤーが有利になるようにしてくれたと思うんだが、向こうはなんでそれを容認してるんだ?」


 有利にしすぎると、女王の目的と外れたモノになってしまう。簡単になってしまうと現実感が薄れてしまうので、それでは異世界に近づかない。それに異世界として考えるなら途中で世界のルールが変わることもあまりないはずだ。


「……多分、私が抵抗するのもまた良し、と思ってるんだと思う。あの人は理不尽だけど、決して縛りつけようとはしない。制限はするけど束縛はしない。きっと、機械のように予想された結果だけを出す、決まり切ったモノに興味が薄いんだと思う。あの人が欲しいのはゲームという非現実じゃなく異世界という本物だから。その中にいる人が好き勝手に行動してこそ、とか思ってるのかも」


 推測ではあったが多少理解できる内容だった。


「そう、か」

「……ん。もうそろそろいい?」

「いつだってダメだけど。最後に聞かせてくれ。なんで、そこで終わろうとするんだ?」

「……」

「これまでアリシャが裏で助けてくれていたから乗り越えられた場面だってあったはずだ」

「……そうかもしれない、でもなくても抜けられた道。それに、バレたら自分を終わらせることは最初から決めてたことだから」

「だからって俺が見殺しにするわけがないだろ」

「……リューヤならそう言うかもって思ってた。でも、もういい。もう終わりにしたい。……このゲームをクリアしたとしても、私だけはあの人から逃げられないから」


 アリシャがこれまでどんな人生を送ってきたのかは、リューヤにはわからない。それでも無表情から垣間見えた僅かな悲痛さが物語っている。これまではそれが嫌だと思わなかったのかもしれないが、このゲームが始まって心が変わったことで嫌だと思うようになったのかもしれない。だから、バレなかったとしてもこのゲームがクリアされる頃には死ぬ予定だったのかもしれない。


 だが、そんなのは哀しすぎる。


「まだ、クリアするまでには時間がある。だから一緒に考えよう。アリシャが自由に生きる方法を」

「……そんなのない。あの人には、絶対に敵わない。ネットが普及した現代じゃ、絶対に」

「それでもやりようはあるはずだ。あそこは異世界じゃない。全く誰も敵わない最強なんて、実現し得ないんだよ」

「……それはあの人のことを知らないから言えること」

「ああ。だけどアリシャだって世界の全部を知ってるわけじゃないだろ。世界は広いんだ。アリシャが知らない対処方法だってあるはず」

「……希望的観測。それに、あの人はまともに戦える存在じゃない」


 アリシャは近くにいるからこそより強くそう感じるのかもしれない。仮にも同じ分野にいると、その異常さが如実にわかるのだろう。


「それでもやりようはある。けどその時にアリシャがいなかったら予測も立てられず、後手に回ってしまう。アリシャは一番“乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”に近い人物だ。素性が知れるだけでどれだけの進展になるか」

「……そんなの無駄」

「無駄かどうかはわからないだろ」

「……無駄だって言ってる」

「決めつけないでくれ。それに、」


 リューヤは言って、不意打ち気味に走り出す。アリシャが話に集中している内に捕まえようという算段だ。


「俺は諦めが悪い方なんだ」


 でなければ、デスゲームを最前線で攻略しようなどとは思わないだろう。


 リューヤのステータスは鍛冶と支援を主としているアリシャよりも高い。レベル差を含めればかなりの差があるだろう。更に不意を突くことでアリシャは咄嗟に行動できず、距離を詰められてしまう。だが彼のの伸ばした手は赤い幾何学模様の壁に阻まれてしまった。


「痛っ!」


 ゲーム内ではあり得ないほどの激痛に顔を顰めて手を引っ込める。そして壁越しにアリシャを睨みつけるように見つめた。


「……私じゃない。きっと、あの人。あの人も私が死ぬことを望んでる」


 アリシャは緩く首を横に振ると、見えない人を見るように虚空を見上げる。


「だとしても、俺が諦めるわけないだろ!」


 リューヤは再度壁に手を伸ばすが、壁に触れた途端先程の激痛が奔り顔を歪めて腕を引き寄せる。ゲームだからと痛覚が軽減されているのに慣れてしまったからか、来るとわかっていても長く触れていることはできなかった。

 肩のアルティは邪魔になると思ったのか颯爽と跳び下りる。


「……頑張らなくていい。これは私が望んだこと」

「俺は望んでない。だから、絶対に諦めてやらない」


 リューヤは言い返して呼吸を整えると、意を決して壁に触れた。物理的な障壁としては機能していないようで、壁に触れた後は手が壁を擦り抜けていく。だが擦り抜けると痛みが激増した。歯を食い縛って耐えなければ意識を持っていかれそうだ。


「ッ……!!」


 更に手を進めようとすると、まるで痛みが倍々に増幅されていくように感じた。あまりの痛みに進める手を止めてしまう。


「……そこまでしなくていい。ここまで引き止めてくれただけでも、嬉しかった」

「アリシャ……!」


 彼女は壁越しに困ったような微笑を浮かべている。最期の表情がこれになると考えたら無償に嫌だった。


「……そこまでしてくれてありがとう、最後の最後に嬉しかった」

「待――ッ」


 制止の言葉は最後まで言わせてもらえず、アリシャは微笑を浮かべたまま後ろ向きに倒れていく。それだけで底の見えない奈落へ落ちていってしまう。


 リューヤにはその光景がスローモーションで見えていた。ゲーム内では通常味わえない激痛と焦燥感がそうさせているのだろう。ゆっくりと後ろに倒れ込むアリシャの姿が映し出されている。


 ――ダメだ! それだけは絶対に!


 胸がざわつく。冷静でなんていられない。ここでアリシャを見殺しにしてしまったら、一生後悔し続ける。これから先もアリシャはいない。それだけは嫌だった。


「諦めて、堪るかよ……ッ!」


 普段よりもずっと熱く、増していく痛みを無視して突き進む。だが壁越しに腕を伸ばすだけでは届かない。これ以上先に進むなら痛みは全身にも回りかねない。だが自分のことを優先して見殺しにしては後悔が残り続けてしまう。アリシャの店に行っても誰もいない、なんて想像しただけで胸が締めつけられる。

 痛みに耐えられる保証はない。頭に直接今以上の痛みが襲ってきて意識を保っていられる自信はなかった。だが最悪を考えて、迷わない。


「アリシャ――!!!」


 意を決して壁の向こうへ足を踏み出し身体ごとアリシャへと近づく。全身を貫く激痛も今は気にならなかった。ただ目の前の彼女を掴むことだけに意識を傾ける。

 その手はアリシャの腕に届き、決して離さないように強く掴む。それから身体を引き寄せて強く抱き締めた。


「……アリシャにはずっと、傍に……」

「……」


 漏れるような微かな声で囁いた後、しかし身体を動かすことはできずにそのまま倒れ込んでいく。ともすれば意識を失っているのかもしれない。


「……リューヤ?」


 このままでは一緒に落ちてしまう。それはアリシャの望むところではなかった。だが返事はなく、それでも落ちていきそうになったところでぴたりと静止する。


「キュウッ!」


 見れば、アルティが二人の身体を縄状の影で縛りつけている。リューヤが通ったところで壁がなくなり、手を出せるようになったのだろう。もしかすると跳び下りたのもプレイヤー以外が通れないモノだと本能的に察したからなのかもしれない。


「……」


 ゲームのシステム上、アルティはただのAIだとわかっていても。二人を引き上げて二本足で立ち腰に手を当てて胸を張る姿は、ただのAIとは到底思えなかった。

 引き上げられた格好なので、リューヤが仰向けになりアリシャは上に乗る形となる。意識を失っているはずだが、ぎゅっと強く抱き締められていた。流石にこれを退けて今から飛び降りる気にもなれない。


「キュウッ」


 そんなアリシャの頬に、ぺちとアルティの手が当たる。なにかと思って黒い獣を見つめていると、ぺちぺちと連続で叩いてきた。最初は全く痛くなかったのだが、段々と痛くなってくる。


「……痛い、アルティ」

「キュウーッ!」


 訴えるが、更に強い力でぺちんっと叩かれてしまう。なにをする、と言いかけてアルティの表情が(動物に近いのでわかりにくくはあるのだが)少し怒っているようにも見えることに気づいた。


「……怒ってる?」

「キュウッ!!」


 尋ねると頷かれる。想定よりもしっかりと自我を持っているようだ。これも彼の影響なのか、どうかまでは定かではない。


「……ごめん、なさい」


 まさかAIに謝らされるとは。謝ったアリシャを見てアルティが満足気にうんうんと頷いていたので苦笑してしまう。


 少なくとももうアリシャに今すぐ死ぬ気はなくなってしまった。それは自分を必死に引き留めてくれた青年にも失礼だと思ったから。自分をこんなにも想ってくれる人がいると知ったから。


『いやぁ、まさかアリシャちゃんを変えちゃうなんてねー』


 突如、空からお気楽な声が降ってくる。アルティなんかは全身の毛を逆立てて警戒していたが、今のアリシャは全く動揺しなかった。空を見上げる必要もない。このアリシャが創った特別な空間に入れるのは扉を利用しなければたった一人。アリシャも充分すぎるハッキング技術を有しているが、そんな彼女ですら、否そんな彼女だからこそ敵わないと思ってしまう相手。


『しっかしアリシャちゃんも自分が助かる余地を残しておくなんてねー。もしかして心の奥底では誰かに、リューヤ君に助けて欲しかったのかな?』


 多分表面上はニヤニヤして言ってきているであろう声には応えない。

 彼女が言っているのは、仮想現実内だからこそ必要なシステム。セクハラ防止のための接触不可設定のことだろう。それをリューヤに対してオンにしていればいくら彼が手を伸ばしたところで無駄だった。そもそも触れられないとわかれば途中で諦めてしまったかもしれない。

 それでもリューヤが壁を越えてアルティが手助けをすれば救えられたのだろうが。


『ま、どっちでもいいんだけどね~。それじゃあ、アリシャちゃんは今後表立って私に抗うってことでいいのかなー?』

「……」


 そこで、ようやく顔を上げた。空にはアリシャが頭の中で想像していた通りの巨大な幼女がいた。


 “乗っ取り女王(ハッキング・クイーン)”は自らを見上げる娘の瞳に、これまでにはなかった光が宿っているのを見て取り、ニタリと口が裂けたかと思うほど嗤う。


『……へぇ? アリシャちゃんもそんな目をするようになったんだ。そっかぁ、それは楽しみだなぁ……! ホント、面白いねー彼は』


 見ている者がぞっとするような笑みを浮かべて告げると、


『じゃ、帰るねー。精々頑張って』


 にっこりとした笑みに変えて姿を消した。一応自分の娘のことだから気になって見ていた、のだろうか。行動原理は兎も角、基本的に雑食で好奇心旺盛なのは理解しているためアリシャは突然の登場にも言動にも驚かない。ただ、息が詰まりそうにはなる。


 気持ちを落ち着けるように、身体から力を抜いて頭をリューヤの胸元に預けた。仮想に再現された温もりが伝わってくる。目を閉じてその感覚だけに集中するのだった。

 そこに落ち着いたアルティもやってきて、傍で丸くなる。


 三人は、黄昏の世界でただ一緒に在るのだった――。

実はアリシャがメインヒロインだったという……凄い今更感。

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