決戦前夜
『山賊集団』の砦襲撃作戦決行日前日。
『海賊艦隊』の船長であるマリーの考案した作戦を実行に移す前に。
皆で宴を行い、楽しく過ごしていた。
海賊のロールプレイと言うだけはあって、ノリがいいことこの上ない。
「はあ? お前ら年下なの!?」
酒だけはたくさん貯蔵してあったらしく、ゲーム内ということもあって俺も飲ませてもらっていた。酔っていることもあって普段より気安いかもしれない。
アルティは間違って酒を口にしてしまい、気持ち悪くなったのか俺の頭の上でくってりとしている。シルヴァは宴に興味がないのかずっと俺の傍で丸くなっていた。
「……なんだよ。悪いかよ」
盛り上がりを見せる宴で、決して酒を口にしようとしなかったのが、今俺の目の前にいる二人だ。ベルセルクなんかは戦闘狂のせいか酒豪のイメージもあったが、本人曰く、
「高一で酒飲めるかよ」
とのことだ。固いこと言いっこなしだとも思ったが。
それに隣のツァーリも「同じく」と続いたことで二人が高校一年生だったと知った。このゲームを始める前は俺が高校二年生だ。高一って言うとリィナと同じ年齢だな。ベルセルクは言われてみると目つきは悪いが小柄だし納得できる。ただツァーリは全然わからない。一つか二つくらいは年上だと思っていたくらいだ。
「悪くはないけど、そっか。一個下だったのか」
言われてから二人の姿を眺めてみると、少し見方が変わってくる。
「でもゲームなんだから酒飲むくらいしてもいいんじゃないか? IAO内なら、現実と違ってどれだけ飲んでも死にはしないからな」
HPが減らないから、昏倒することもない。まぁ強烈な眠気が襲ってきたり酔っ払う感覚自体はあるのだが。
「その辺は親が厳しいんだよ」
「その割りに殺しはやってるよな」
「……うるせぇ。まぁ多分だが、そういう厳しい両親だったから反動だろうな。あと親が優しくねぇから、弱ければ負けて終わるだけっつう認識が根づいてるんだよな」
少し迷ってはいたようだが、現実のことを話してくれる。どこか他人事のような話し方だったが、おそらく彼にもよくわかっていたのだろう。好きなモノに理由をつけるのが難しいのと一緒だ。彼の場合は戦いが好きだというだけのことだろう。そこに弱ければ負けるだけという認識があって、今のようになっているのかもしれない。
「βテストの時とかは普通だったのに、正式サービス後から様変わりしてびっくりしたわ」
やれやれと肩を竦めるのはツァーリだ。
「二人はβテストの時からの知り合いなのか?」
そういえば二人の因縁については触れていなかったような気がする。俺が聞くと二人は顔を見合わせた。そうして隣に並んでいると凄く仲良く見える。犬猿の仲に見えるがこの酒を飲まずにいて居心地の悪そうな二人は、なぜか違和感がない。
「こいつと会ったのは、保育園が初めてだったな」
ベルセルクは少し嫌そうに眉を寄せた。……え?
「今思い出しても傑作だったわ。ぱっつんのどんぐりみたいだったものね?」
「てめえも似たような髪型してただろうが」
視線を交わす二人は互いを貶めるようではあったが、少し楽しげだった。……保育園に通うくらいの子供姿の二人を思い浮かべ、そっくりなぱっつんの髪型をしているところを想像すると少し笑える。
ということはあれか。二人は所謂、
「幼馴染みか」
「「幼馴染みって言うんじゃねぇ(言わないで)」」
俺の言葉に二人が揃って反論してくる。そして額を突き合わせるように睨み合いを始めた。
「ははっ。喧嘩するなって。もっとお前らの話聞かせてくれよ」
常にどこかで戦う相手を探している二人と、こうしてのんびり話せるのはこれが最初で最後かもしれない。戦闘狂とはいえ、二人は共にゲーム攻略へ挑む仲間でもある。二人のことを聞きたいと思った。
「あん? なんでそんなことしなくちゃなんねぇんだよ」
「いいわ、こいつがどれだけバカで愚かだったか、じっくり教えてあげる」
「あ? いいぜ、だったらてめえがどんだけバカだったか思い出させてやるよ」
最初は乗り気じゃないベルセルクだったが、ツァーリの言葉を受けてどんな暴露をしてやろうかと意気込んでいた。それから二人が互いに互いのことを暴露し始める。
ベルセルクが保育園にあった作り物の果物を食べて怒られたとか。
ツァーリが保育園の昼寝の時間にお漏らしをしたとか。
ベルセルクが小学校一年生の時六年生に挑んで泣かされたとか。
ツァーリが小学校の先生を質問攻めにして泣かせたとか。
ベルセルクが中学生の時は伊達眼鏡の七三分けで真面目ぶっていたとか。
ツァーリが中学生の時は眼鏡の三つ編みで地味だったとか。
ベルセルクが高校デビューで髪を茶色に染めてワックスつけ始めたとか。
ツァーリが高校デビューでコンタクトにして髪をストレートに下ろしたとか。
小学校でも中学校でも高校でも、二人は競い合うように過ごしていたらしい。
ずっとそうしてきて、ゲームでも続いている。
なんでもベルセルクの方は親が厳しくて勉強に運動含めなんでもやらされてきたこともあり、万能だった。本人曰く「勉強は頭がいいと言うより覚えが良かっただけ」とのことだが充分凄い。
対するツァーリは金持ちの親が英才教育を施してきたため、万能だった。本人曰く「身体を動かすのは面倒だからやりたくない」とのことだが天才とはこういうヤツを言うのだろう。
そんな二人が出会ったのだから、互いに万能だったこともあり目をつけるのは当然のことだ。
テストではいつも二人がトップを争っているとか。
このゲームでやっていることは置いておいて、そういう関係がずっと続いているのはいいことだと思う。
俺もこのゲームに囚われた時に姉ちゃんとリィナがいてくれなかったら、どうなっていたかわからない。少しでも知り合いがいれば心を保てるかもしれない。もしかしたらこの二人も、実は仲悪いように見えて両想いなんじゃないかとすら思えてくる。……流石に発想が飛びすぎか?
「保育園からずっと一緒にいる幼馴染みか」
「だから幼馴染みって言うんじゃねぇよ」
「それに、別に一緒にいるわけじゃないわ」
ほら、気が合う。……って言うと多分反論されるから、言わないが。
同じく勉強も運動もできるタイプの人間でありながら、頭を使うのは面倒で身体を動かすことが好きなベルセルクと、身体を動かすのが嫌で頭を使う方が好きなツァーリ。ゲーム内では明確に目指す職業が分かれるため、完全に反りが合わないのだろう。
「そういや、ベルセルクの両親って厳しいんだよな。こんなゲームやれないんじゃないか?」
そもそもゲームすらやったことがあるのかわからない。
「それはあれだ。こいつん家に貰ったからな。なんでもゲーム機やらゲーム自体に投資してるから無料で手に入るんだと。βテストん時もそれでやってたしな」
「流石金持ちだな。でもなんでやる気になったんだ?」
ツァーリの家が相当な金持ちで、IAOを優先的にプレイできるくらいの投資をしていることはわかった。どれだけの金がかかっているのかは想像したくないが。
「話題満載のゲームだったしな。世界中の注目が集まってることは間違いねぇ。そこで一番になった方が、真の一番だっつうんでな」
「ツァーリから誘ったのか」
「ええ。世の中が広いとはいえ、張り合いのないプレイヤーばかりだったらつまらないでしょう?」
悠然と笑みを浮かべるツァーリからは、ベルセルクへの絶対的な信頼が窺えた。どちらかというとゲームでもこいつがいないとつまらない、というようにも思えるが。
「やっぱ仲いいんだな」
「ぶっ殺すぞ」
「喧嘩なら買うわよ」
二人から睨まれてしまったが。険悪な雰囲気にはなるが、殺し合いしないところを見るにそう仲が悪いわけでもないのかもしれない。気に入らないなら戦って、どちらかが勝つまで戦争すればいい。それをしないところに、二人の本心が隠されているような気がしなくもない。
「……宴中の喧嘩はダメ」
感情のない声が聞こえたかと思ったら、赤い顔で普段よりぼーっとした表情のアリシャが二人の後ろに立っていた。右手には酒瓶を持っている。マリーに連れ回されて相当飲まされていたようだから、ゲーム内とはいえかなり酔っ払っているようだ。立っているだけではあるが少し頼りなさげだ。
「なんだよ。別にいつものことだろうが」
「やめなさい、酔っ払いに突っかからないで」
ベルセルクが睨み上げるのを、ツァーリが制す。確かに酔っ払って意識がしっかりしていないヤツはなにをしでかすかわからないからな。金持ちの家の生まれということで、社交場にも呼ばれてその辺りのことを知っているのかもしれない。
「……酔っ払ってない」
しかしアリシャは彼ではなく彼女の方に反論したいようだ。頭を掴んで後ろを向かせると、持っていた酒瓶を口元目がけて逆さにした。どぼどぼと酒がツァーリの口に注がれる。咄嗟のことに数秒飲み込んでしまったようだが、慌てて口を閉じて手を払い離れる。口元から下は雑に注がれた酒のせいでびしょびしょだ。
「っ……あ、んっ……」
と、ツァーリが身を震わせて蹲った。アリシャは彼女には見向きもせず、相当酔っているのかどぼどぼと酒を地面に注ぎ続け、なくなったと見るや瓶を放り投げる。
「……リューヤ」
そこで俺と目が合った。酔っているせいかほんのりと頬が赤く染まっている。目がとろんとしているので自我がはっきりしているのかさえ怪しい。
「アリシャ……?」
よたよたと歩み寄ってくるアリシャがなにをするつもりなのか全くわからず、とりあえず行動を起こさず待ってみる。と、アリシャがフラついた。慌てて腰を浮かせて抱き止める。頭の上のアルティを落とさないようにしながらだと難しい。
今まで手に触れたことくらいはあったかもしれないが、その時よりも体温が高い。呼吸は荒く吐出しされる息も熱っぽい。そのせいか、妙に色っぽく見えてしまう。
……いやいかんだろ。相手は意識も朦朧としてるような状態なんだぞ。
自分に言い聞かせ、
「大丈夫か?」
できるだけ優しく尋ねる。
「……ダメ」
……酔っ払いが自分のことを正しく認識してるケースの方が少ないような気がするんだが。
アリシャはそう言うと俺の首に腕を回して抱き着いてきた。
「お、おい」
「……んぅ」
慌てる俺を他所に彼女は胸元に顔を寄せると目を瞑ってしまう。まさか。
「……すぅ」
……寝に入ってしまった。
俺が抱き止めたとはいえ不安定な姿勢でよく眠れるな、じゃなくて。
「……この様子じゃ起きろって言っても聞きそうにないな」
さっきまでの状態もかなり酔いが深かった。寝かせてやった方がいいかもしれない。そう思って俺は起こさないようにそっと腰を下ろす。こういうのを見ると、無理して飲まなければいいと思う。
「……」
ふと正面から妙にちくちくする視線を感じて顔を上げ、そういえば二人と話している最中だったと思い出す。アリシャの体勢を無理のないモノに変えつつ苦笑した。
そういえば、とベルセルクの隣にいるツァーリを見る。アリシャの持ってきた酒を無理矢理飲まされていたが、未だ蹲ったままだ。暗くてよく見えないが、顔が真っ赤になっている気がしないでもない。もしかしてあれ、滅茶苦茶強い酒なのか?
俺が転がった酒瓶を眺めていると、布擦れ音がした。ベルセルクの方からだ、と思って見ると蹲ってツァーリが彼へ抱き着くように押し倒している。……こんなところで大胆な。
「お、おいっ。てめえなんのつもりだ!?」
抱き着かれた当の本人は俺以上に驚いているようで、どこに置いたらいいかわからないらしい手を宙に浮かせながら困惑した声を上げていた。
「……うるさい」
「あ?」
「いいから黙って。あんたは私の傍にいなさい」
「は? てめえなに言って……」
「……すぅ」
「…………おいこら」
何回か口を開いたかと思うと眠ってしまったようだ。やっぱあの酒とんでもなく強いんじゃ。というか珍しく戸惑っているベルセルクが見れたので良かった。なんだかんだああやって慌てていると年相応に見える。
俺が普段いがみ合っている二人が抱き着く様子を微笑ましく眺めていると、そこへ陽気な声が届いた。
「こんなところでちびちびやってないでこっち来たら――」
後に「どうだい?」と続きそうな言葉を発したのはマリーだ。しかし彼女はこちらの様子を見て持っていたジョッキを地面に落とす。表情が固まっていた。いやなにもやましいことはないんだが気まずい。ベルセルクはツァーリに押し倒されてるし俺は寝ているアリシャを抱えてるし。
「…………っ」
ぼっ、と火が点く光景を連想した。酔いではない朱がマリーの耳元まで染めた。
「じゃ、邪魔したねっ! それじゃあお、お楽しみにっ!」
目を回すんじゃないかと思われるくらいに真っ赤になりながら、来た道を戻っていってしまった。……完全に誤解されてないか、これ。
「……おいこら。なんとかしろよ」
「……無茶言うなよ。まぁやましいことはないし堂々としてればいいんじゃないか?」
「……ふざけんな。てめえ女の扱いとか慣れてそうじゃねぇか」
どこからそんな風に思われるのだろうか。
「……それを言うならベルセルクだって、スポーツできて勉強もできたら言い寄ってくる女子くらいいただろ」
「……そりゃな。でも興味がなかったんだよ。――俺の隣にいるヤツなんて、一人しか思いつかなかったからな」
何の気なしに聞いたつもりだったが、思わぬ答えが返ってきた。
「もしかして酔ってるのか?」
驚いてそう聞き返してしまう。
「……かもしれねぇな。俺はこいつを寝かせに行ったら見回りしてくる」
「そうか。俺はここにいるよ」
「わかった」
ベルセルクは上体を起こすと離れないツァーリを抱えて立ち去った。キャンプかなにかがあるのだろう。……お姫様抱っこってヤツか。もうちょい二人と仲が良ければ素面の時に精いっぱいからかってやるんだが。絶対ツァーリがキレると思う。
「……とりあえず、周辺の『索敵』だけはしとくか」
俺も眠りたいが、眠りに落ちるまではここで見張りでもしていよう。明日に備えて、今日は皆に休んでもらいたいしな。




