問題点
小屋が完成したので、拠点造りを始めた初日から雨風を凌げる場所で寝ることができた。
最初の拠点の時は雨に降られたからなぁ……。
他にもランプや簡易な寝床を作成して拠点の体を最低限整えてくれたアリシャには感謝しかない。
本人は食糧を分けてもらったからギブアンドテイクだと言うが、余りある恩だと思う。とはいえ俺がアリシャに勝る点は戦闘面だけなので、今行ける範囲のモンスター相手ならそこまで変わらない。
しかしなにもしないのは気が引けるので、俺の方からなにかできないかとアリシャに持ちかける。
「……それなら一つ、手伝って欲しいことがある」
彼女は少し考え込むように顎に手を当ててから、俺を真っ直ぐに見つめてそう言った。
「わかった。アリシャでも難しいのか?」
「……ん。生産が本職だから、戦闘はあんまり」
戦闘力が必要になることなのか。
次の言葉を待っていると、アリシャが神妙な顔をする。
「……安全地帯がないのをいいことに、中小プレイヤーからアイテムなどの略奪を行っている連中がいる」
「っ!」
彼女の口から紡がれた言葉に驚き目を見開く。すぐに眉間に力が込められ知らずの内に拳を握り締めていた。
「……数人だけど、実際に死者も出てる。けどトップギルドは攻略の糸口を見つけるのに忙しいから」
「それで強いけどトップギルドに属してないプレイヤーが動いた方がいいわけか」
「……ん。元々、リューヤのとこ来たのもその相談のためだったから」
そうだったのか。確かにソロで動きに自由がある俺が適任とも言えるか。
「いや、だったら『SASUKE』がいいんじゃないか? まぁ俺も協力はするけど」
広範囲索敵が可能なエアリア達なら俺より効率良く動けそうだ。
「……もう動いてる。元から島全域を見張るために来たんだって」
……ただサバイバルしに来たんじゃなかったんだな。表向きはそう思わせて、実のところ妙な真似をするプレイヤーがいないか警戒していたということらしい。流石だ。
「ん? だとすると妙な話だな。エアリア達が警戒してた上で略奪が行われてるってのか?」
あの忍者集団が警戒していてその穴を突くというのはかなり難しそうだ。俺では無理だろう。『索敵』や『隠密』の上位スキルを持っていなければ対抗できそうもない。
「……ん。相当なやり手。でも一度エアリアさんが現場を抑えて、ようやく詳細がわかった」
忍者、として考えるならエアリアはIAO内トップに位置する。流石に敵も彼相手なら劣るらしい。しかしそれは逆に彼ら専門集団と同等以上の実力者であるとも言えた。
「……相手は複数犯。『SASUKE』の見張り含めて他に誰もいない時を狙ってる。動機や狙いはわからないけど、非道な行いを見逃すわけにはいかない。協力して欲しい」
「もちろん協力する。けど俺はなにをしたらいい? 流石に『SASUKE』ほどの『索敵』はできないぞ?」
「……そこはいい。リューヤには島を歩き回って欲しいだけ。相手は多分トッププレイヤーの情報を持ってるはず。リューヤの顔も割れてる。だからリューヤが歩き回ってるだけでプレッシャーをかけられるはず」
なるほどな。『SASUKE』も人数に限りがあるし、休憩や攻略の時間を取るとなるとどうしても穴ができやすくなってしまう。その穴を埋めるように俺が動いていれば、敵も行動を起こしづらくなるというわけだ。
「了解。じゃあ適当に回ってるか」
「……ん。一緒に行く。イベントのこととか話したい」
「それはこっちからもお願いしたいところだな。アルティ、シルヴァ。のんびり島回るぞ」
「キュウッ!」
「はい」
ということで、一旦拠点から離れて島を歩き回ることにした。
次に拠点を狙うヤツらが現れた場合は、あまり人前でやりたくはないが実力行使もやむを得ないだろう。……流石にあいつらは今回の件と無関係だよな? だって徹底されてないし。レベルもそこまで高くなさそうだった。
「……リューヤ。どうかした?」
「いや、なんでもない」
行こうと言ったのに立ち止まってしまったからか、アリシャに声をかけられる。首を横に振ってから改めて歩き出した。
◇◆◇◆◇◆
「あんだこら! やんのかああん?」
アルティを肩に乗せ、左にシルヴァ、右にアリシャを連れる形で森を歩いていただけだったのだが。
なぜか目つきと柄の悪い集団に絡まれてしまった。皆一様に毛皮で作ったマントをしている。
「……なんで絡んでくるんだよ。お前らベルセルクのとこのヤツらだろ」
「あんだこら! やんのかああん?」
……とまぁこんな感じで控えめに言って会話が成立しない。五人のプレイヤーがいるのだが、どいつもこいつも同じようなことしか言わない。お前らはNPCかっての。
装備の一部に毛皮を元に作られた装備品を装着する、というのが今の『狂戦騎士団』のルールとなっている。なので所属プレイヤーなのかとも思ってベルセルクの名前を出してみたが、反応が変わらない。わざとなのかプレイヤーに見えてNPCなのかは、ちょっとよくわからない。
「……おい、もういいだろ殺っちまおうぜ」
「……そうだな。もう充分ビビってんじゃねぇかな」
後ろの方にいるヤツがひそひそと話しているのが聞こえた。……いや、全然ビビってないんだが。というかホントにベルセルクのとこのヤツらなのか?
「あんだこら! やんのかああん?」
「ぶっ殺されてぇみたいだな!」
なぜ一斉に武器を取り出し始めた。……なんなんだこいつら。
人数としてはこちらの方が少ないが、特に危機感は抱いていなかった。アルティなどは小さい口を大きく開けて欠伸をしているくらいだ。シルヴァも興味なさそうにしている。
「殺っちまえ!」
そして襲いかかってくるのだが、俺は戦闘態勢にも入らなかった。その必要がなかったからだ。
物陰から勢いよく人影が飛び出してきたかと思うと、先頭にいたプレイヤーを横から手に持った短刀で真っ二つに切り裂いた。驚いて足を止める連中を、続け様に容赦なく切り裂いて全滅させていく。
敵も中級プレイヤーくらいではあったと思うが、一撃だった。
とりあえず難は去ったかと思ったが、飛び出してきた人影がくるりと俺の方を向いたことに嫌な予感を覚える。仕方なく腰から剣を抜き放って、予想通りというか俺にまで斬りかかってきやがったそいつの短刀を受け止めた。
「おい、ベルセルク。なんで俺に攻撃してくるんだよ」
「ああ? てめえとやり合ういい機会だろうがよ。助けた礼に殺し合おうぜ」
「……はぁ。わかった」
「おっ? 今日はノリがいいじゃねぇか、じゃあ存分に殺ろうぜ!」
「いいが、一瞬で決めるからな」
俺は武器越しに好戦的な笑みを浮かべた灰色の短髪に赤い瞳をした少年へ告げる。
「はっ! 上等だ、殺れるもんなら殺ってみやがれ!」
「じゃあお言葉に甘えて」
嬉しそうに笑うベルセルクを押し返し、
「――アルティ」
かけがえのない相棒の名前を呼ぶ。
「キュウッ」
元気のいい返事が聞こえたことを了承と取り、俺は俺の持つ手札の中で最強とも言える一つを使用した。
「――【影神狼双牙士・シャドウレオンウルフ】」
IAO内でプレイヤー一人にしか使えない特殊スキルの内『UUU』の中でも最強の一つ。
アルティの力を身に纏うことで絶大な力を得ることのできるアビリティだ。
結果。
「……くそが」
二分後にはHPがレッドゾーンにまで減ったベルセルクが倒れていた。
「悪いな、ベルセルク」
俺もHPが半分以上削れてしまったが、それなりに余裕のある戦いだった。とはいえ彼が昔から愛用している吸命刀は倒した敵の数だけ攻撃力が上がっていくチート武器だ。一撃受けただけで俺でも二割は持っていかれるので、攻撃を受けられるとしても四回までだ。とんでもない武器だな、ホントに。
ただアルティの特筆すべきステータスは攻撃力の他に素早さもある。ベルセルクが重点的に上げているステータスと同じだ。一応ステータス上は上回っていたと思うが。
「……やっぱ強ぇな、てめえは」
「ベルセルクこそ。まさかさっきのでも二回攻撃を受けるとは思わなかった。俺もまだまだだな」
「はっ。完封する気だったのかよ」
「当たり前だ。今はまだ練習の途中だが、さっきのアビリティにはそれだけのことができる力がある。というか今のままじゃ俺とアルティが別々に戦った方が強い」
「キュウ……」
アルティのステータスが高いので、正直俺のステータスを上乗せするよりもアルティとして動いてもらった方がいいこともある。アルティはしょんぼりしてしまったが、アルティのせいではないので指で頭を撫でてやる。
「あっ。まだ人前で見せないつもりだから他言無用でな」
「言い触らすわけがねぇだろ。てめえと殺り合うんなら、信頼させた方がいいらしいしな」
「それは良かった」
勝負が終わったからか、ベルセルクは道具袋から回復アイテムを取り出してHPを回復していく。
「で、さっきの連中はなんだ? 『狂戦騎士団』の仲間じゃないのか?」
意外と彼が部下想いであることは知っているので、ああもあっさり殺したことに疑問が残っていた。
「……『山賊集団』のヤツらだ」
ベルセルクの口から聞いたこともない単語が聞こえた。……いや、聞いたことないこともないのか? 俺が意識してないだけで。
「誰だっけ」
「……第二回グランドクエスト補助部門のギルドランキング十位のギルド。確かグレーなことにも手を出すギルドって聞いた」
俺の疑問にアリシャが答えてくれた。……そうか、ギルドのランキングに載ってたのか。俺には関係ないことだしとあんまり意識して見てなかったな。
「なるほどな。で、そのギルドがなんで『狂戦騎士団』のフリなんかしてたんだ? まさか同じように毛皮装備身に着けることをルールとしてるってわけじゃないんだろ?」
「『山賊集団』のヤツらは俺らに罪を被せようとしてんだよ。ギルドマスター同士で話し合いだとか抜かしてやがったが、要は宣戦布告だったな。俺一人で来いってのも始末する気だったんだろうよ」
なんの気なしに聞いてしまったが、壮絶な因縁がありそうだった。ここにベルセルクがいるってことは、始末は失敗したんだろうが。
「ヤツらは俺を殺し、『狂戦騎士団』に成り代わって適当なプレイヤーを襲わせる気だった。そうしてトップギルドの一角を落とした後は、ヤツらが『狂戦騎士団』を粛清。一気に中枢にのし上がろうって腹だったみてぇだな」
「見事そこを脱して、このイベントで回避しようとしたってことか」
「いや、このイベントに俺だけ参加しろって条件だったんだよ。話し合いとやらも昨日だ」
「……マジかよ。無鉄砲すぎないか?」
「うるせぇよ。罠なら罠であいつら全員殺っちまえばいいだけだと思ったんだがな」
珍しいことに、ベルセルクも少しは反省しているようだ。まんまと罠に嵌められて、しかも自分が殺されたら仲間達も危険に晒されることになったかもしれないわけだからな。一応普通の感性は持ち合わせているのがこの男なのだ。
「でも、私が来なかったら死んでたわよね」
そこに、一人の美女が現れた。
濃い紫色の長髪に赤い瞳をしており、漆黒のローブの下は紫のドレスという姿だ。趣味の悪い骸骨の髪飾りも健在だ。
「ツァーリか。……ああ、なるほどな」
彼女がベルセルクの逃走を手助けしたとなれば、やけに大人しくなっている彼の様子にも納得がいく。
なにせ、二人は顔を合わせれば口喧嘩をする仲だ。第二回グランドクエストの時は手を組んだと聞いて当時かなりびっくりしたが。まぁでも確かに、物理と魔法という違いがなければ気が合いそうではあるな。
「ざけんな! てめえが来なかろうが余裕だったに決まってんだろ!」
「そう? 相手が意外に強くてひぃひぃ言ってなかった?」
ベルセルクが怒鳴るも、ツァーリは涼しげな顔で応えている。今回の件については彼女の言うことが正しいのだろう。だからこそ彼も素直になれないのだろうが。
「人数差があるとはいえ、お前が苦戦したのか?」
「苦戦するわけねぇだろうが。……ただ、あいつらは俺が思ってたよりもレベルが高ぇ」
口では否定したが、苦々しい表情から相当苦戦したのだろうと読み取った。
中小プレイヤーを狙った略奪の件もあることだし、少し二人から詳しい話を聞いてみることにしようか。




