小屋の建築
日が沈み始めてようやく、アルティとシルヴァが帰ってきた。
「キュウッ!」
「……」
二体はそれぞれ影と銀で今日の獲物を持ってきてくれた。山積みになったモンスターの亡骸と木の実やらの植物が成果として地面に置かれている。
大漁であることは素直に嬉しい。アルティとシルヴァも少し誇らしげで褒めて欲しそうだ。
だが、サバイバルという点に置いて、もう少し俺も苦労した方がいいのではないかと不安にもなってくる。
現実での一番の難関となる食糧確保がこんなにも簡単にできていいのだろうか。
まぁ空腹度もあることだしありすぎる分にはいいか。
俺はあまり深く考えないことにして、「よくやった」と二体の頭を撫でてやる。その後は少し焚き火と焼き肉セットのようなモノを増やして三人揃って食べた。モンスターBOXにいる他の皆にも持ってきた食糧を与えている。
夕食後は辺りの警戒を二体に任せ、小屋の建設を続けた。
今は左右の壁と床が出来上がっている状態だ。これでも野宿よりはマシだろうが、せめて壁ぐらいは造り終えておきたい。というか壁までを造らないと建物として認識されないため、モンスターが普通に入ってこられるようになるのだ。モンスター侵入不可のオブジェクトとしてシステムに認めさせるには、そこまで造る必要があった。
背面の壁は今のところ床の板に立てるような形で板を横並びにして造る予定だ。床側からと左右の壁になっている丸太、そして縦に並べた板とは別に横方向の板を使って固定する予定だった。
日も落ちてきたが、獲得しているスキル『夜目』によって暗くなってきてもはっきりと見える。俺は使ったことがなかったのだが、暗視ゴーグルをつけているような状態だろうか。アルティはもちろんシルヴァも問題なく視界良好なため、警戒も申し分ない。はっきり言って疲れづらい身体の今、夜に眠る必要はないのだが。帰ってくる家があるというのは嬉しいモノなので、一応拠点として造っておきたい。
とんてんかん、と釘を打ちつける音が森に響く。
背面の壁が出来たら次は正面だ。正面も基本は同じように板を立てて固定するだけだが、問題は入り口部分だ。扉は流石に今の素材達では造れないが、なくても建物として認定されるから問題ない。入り口を開けるだけでいいはずだ。
なので俺が余裕で通れるくらいの幅と高さを確保して板を立てていき、背面では外側に横向きの板を使ったが今度は内側から横向きの板を使って固定していく。高さを考慮したのはこれが理由だ。二メートルはあれば大丈夫だとは思うのだが、念のため二メートル十センチほど高さを確保しておいた。それから入り口の部分で横向きの板を隠す意味も含め短い板を切り出し固定していく。
シンプルな小屋にしようと思っていたが、少しは工夫しようかと思って左右の丸太が正面から見て徐々に短くなるようなデザインとなっている。平らだとデザイン性が、と思ってしまうのは獲得した『職人魂』の効力なのだろうか。
とはいえ凝ったデザインでもないのでそういうわけではないだろう。
最後に軽く剣の鞘で叩いて不安定な箇所がないかを確認し、
「よしっ。とりあえずは完成だな」
明日は天井を造る必要がありそうだが。
「キューッ」
「お疲れ様です」
アルティがぴょんぴょん跳ねて喜びを示し、シルヴァが労ってくれる。俺が作業している間に倒したらしいモンスターが三体近くに置いてあった。
「じゃあ今日は中で寝るか。一応襲撃がないとも限らないから警戒だけはしておくけどな」
言って、中に足を踏み入れる。床は地面から離れているので乗るような形で、木の軋む音こそ聞こえたが折れるような気配はなさそうだった。ゲームだからだとは思うが、我ながら頑丈に出来ている。
アルティとシルヴァも続いて入ってきて、床に寝転がった俺の上に乗っかってくる。アルティは胸元から顔が頬に触れるように、シルヴァは丸くなって腹部の上に。二体の温もりを感じながら、天井がないため夜の星空を見上げる。
……明日は天井と、あと寝床かなにかが欲しいかな。
雨が降る前に天井は欲しい。加えて板の上に直接寝転ぶのは背中が痛いので寝床が欲しい。昼寝程度なら森の中にハンモックでも作って寝るのもありなのだが。
今後も生活する上で必要なモノが色々増えてくるだろうなと思いつつ、俺は目を閉じて眠りについた。
◇◆◇◆◇◆
「へっくしょいっ!」
ゲーム内だというのに、思わずくしゃみが飛び出してきた。
「ハッキュ!」
アルティもくしゃみをしている。ぶるぶると身体を震わせて寒そうにしていた。
それもそのはず、朝になったら土砂降りだったのだ。……くそ、今日天井を造る予定だったってのに、なんで今日降るかな。
天気予報の機能がないことが悔やまれた。
スキルで『占星術』辺りだったら占って天気予報ができるかもしれない。無人島から戻ったら少し探ってみよう。そういう直接攻撃、生産系以外は手を出せていないところがある。数が多すぎて全部をさらえるわけではないだろうが、なにが起きても対応できるだけのスキルは持っておきたい。
「アルティは寒かったら床下にいてもいいからな。シルヴァは平気か?」
アルティは唯一雨宿りできる床下に避難させておく。風邪を引いたら勿体ない。平然と雨の中に佇むシルヴァは、俺の問いにこくりと頷いた。アルティは毛があるから余計に寒そうだが、問題ないようだった。
「そっか。まぁ無理はしないようにな」
本人(竜?)が大丈夫だと言うのだから信じよう。無理をしていそうならまた声をかければいい。
「じゃあ俺はさっさと小屋を完成させるかな」
寝床は植物で造ろうかと考えていたので、今日のような雨の日には厳しい。また次の機会にしよう。なにより先に屋根を造らなければ。
だがまずは屋根を造るのに必要な足場だな。梯子でも造るか。板二つに穴を開け棒を横から通す。簡易的だが一時的に使うので大丈夫だろう。
ちなみに俺は雨天でも作業して問題ない。体温を保持する『体温維持』や濡れても平気になる『水も滴るいい男』という便利なスキル達のおかげだ。
俺は造った梯子を背面の壁に立てかけ、上って屋根の製作に取りかかった。
屋根にも板を使う。左右の壁に対して横になるように板を並べる。この時丸太の縁に接するよう板を斜めにする必要がある。接する部分で釘を打ち固定するのだ。必要なら板と板の間部分にも板を使って固定しよう。
進むに連れて梯子だと無理になってきた。まさかこんなところで使うとは思わなかったが、『DDD』を使用して背中から紋章のような翼を生やし飛行する。……他に便利そうなスキルが思い浮かばなかったんだよ。俺の持つスキルの中でもかなり強力な戦闘用スキルだけどさ。
そうして、ようやく屋根が完成した。
「完成だな」
俺が降りて正面から小屋を眺めて言うと、屋根が造られたからか小屋の内部が急速に乾いていく。おそらく雨を防ぐ屋根が出来たことで、部屋の中が雨に濡れなくなりシステム側で屋根が出来る前の雨水をも排除してくれたのだろう。一々拭かなくていいから便利だ。
「よぉし、アルティ。もう小屋出来たら中入っててもいいぞ」
床板の下で震えていたアルティに屈んで呼びかけ、抱え上げると小屋の中に入れた。
「キュウッ」
雨に濡れないからか、嬉しそうに両手を挙げていた。ぶるるっと身体を震わせて水滴を飛ばしたかと思ったら、その水滴までも瞬時に乾く。……なんて便利。
「こういう時はやっぱり中に火を置きたいよな」
昨日のように外で焚き火ができなくなっている。雨が降っているのだから当然だ。
「シルヴァ。今日は見回りもいいや。中でゆっくりしてよう」
辺りを警戒してくれているシルヴァに声をかけ、俺も小屋の中に入る。俺の濡れた服も雨水と判断されたのか一瞬で乾いていった。おかげで濡れたままにならずに済む。
俺は胡坐を掻いて座ると、今持っている素材でなにか温まるようなモノが造れないかとウインドウを開いた。木材は大量に使ったがまだ余っている。とはいえ木で火を焚くとせっかく完成した小屋が火事になりかねない。シルヴァに金属の板でも作ってもらってその上で燃やすという手もあるが、せっかくなら生産スキルを駆使して作ってみたい。
「……う~ん」
ここに来てから何回かやっているが、ウインドウとの睨み合いが続く。アルティとシルヴァは互いに軽く身体を動かして温まっているようだが、火を焚いてのんびりしたい。料理もできないようでは困るからな。
素材やスキルなどを流し見ていった結果、一つの結論に至った。
『木工錬金』のスキルだ。
『木工錬金』とは、木材を『錬金』することで木材が持つ性質を一つ消す、または増やすことができるのだ。
これがあれば木材は可燃性であるという特性を消して作ることができるだろう。他の例としては節を持つ性質を消して切り分けやすくするとか。伝導体の性質を加えて電流を流せるようにするとか。燃えたら炭化する性質を消して長持ちする松明を作るとか。
幅広い用途のあるスキルだ。なぜこんな便利スキルを忘れていたのかと思うくらいだ。同じようなスキルで『金属錬金』やらが存在しており、今回のスキルだと『木工』系と『錬金』系スキルがある程度育っていないと習得できない。俺が地道にスキル取得を目指していた効果がこんなところで実感できた。
ちなみに『木工錬金』では木材になる前の丸太に使用できないため、結局小屋には使えない。全てを木材で作るなら可能だろうが、確か一部だけを加工して造るような真似はできないようになっていたはずだ。
この一つ上のスキルなら丸太どころか生えた木すら『錬金』で別物に変えられるとアリシャから聞いたことがあるのだが、これを機に獲得しておいてもいいかもしれない。
「どうせなら囲炉裏とかも造りたいけど、まぁそこは我慢だな」
思いついたことに苦笑して呟き、早速『木工錬金』を駆使して上の空いた正方形の箱を造った。そこに枝やら葉を入れて【ファイア】を唱える。ぼっ、と火が灯って中の枝などのみに燃え移り、小屋の中を照らしてくれた。経過を見守って一応燃えないかどうかまでは確認しておくが、すぐに燃え移るようなことはなさそうなので大丈夫だろう。
「キュ~……」
「……」
アルティが寄ってきて箱に身を寄せ温まる。シルヴァもやはり寒かったのか、箱の近くで丸くなっていた。俺も手を翳して雨で冷えたのを温める。いや、いいモノが出来た。囲炉裏だと持ち運びできないから、今はこれでいいかもしれない。
些細なことではあったが、少し生産の喜びを知ったような気がした。




