ストーカー被害
お久し振りです、遅くなりました
「助けて、リューヤ……っ」
「っ!」
ある日俺は突然姉ちゃんに呼び出されて、いきなり涙目で抱き着かれた。いつもは姉らしくあろうとしているのか、毅然と振る舞っている。それが崩れるということは、余程の事態なのだろう。
ここは『プレイヤー鍛冶屋・Knight』。アリシャが経営する鍛冶屋だ。主に装備品を扱っているが、プレイヤー道具屋と連携している。そのため、セットでアイテムを付けることがある。信頼を置くためか、どこから仕入れているかも記載してあった。採集素材から造る装備はガラスケースに入っていて、ケーキ屋のようにカウンターがある。他の場所は無造作に飾ってあった。剣などは円筒に、雑に入っていた。
今は初心者応援キャンペーンをやっていて、そのためか度々プレイヤーが来ている。
姉ちゃんは、他のプレイヤーがいなくなったタイミングを見計らって呼び出したらしい。
「……どうしたんだ?」
俺の胸元で押し潰れる柔らかな感触を気にする暇なく、尋ねた。姉ちゃんがここまで追い詰められているのは珍しい。話を聞いてあげるべきだろう。
「……ストーカーに遭ってるらしい」
ギュウ、と俺に抱き着いて顔を埋める姉ちゃんに代わり、アリシャが答えた。しかしその視線はどことなく恨みがましいモノで、ムスッとしているようにも見える。
「ストーカー?」
どこかのピンク髪くノ一のことだろうか。俺はアリシャの言葉に首を傾げた。姉ちゃんがストーカー被害に遭うことは、まあ珍しくない。ここはゲームの中、仮想世界ではあるが、現実でもそんなことは何回かあった。姉ちゃんはこの見た目だ。
艶やかな長い黒髪は腰まで届いている。切れ長な黒い瞳は大人びた印象を与えるが、取っつきにくいことはない。顔立ちは整っていて、鼻筋がスッと通っている。今はダークエルフとなっているため耳が尖っている。種族特徴として肌が浅黒く染まっているが、それも本来持つ妖艶さを際立てているように思う。身長は百六十五と女性にしては高い方で、それに見合ってもお釣りが来る程のスタイルを誇っている。胸のボリュームは制服がはち切れそうなぐらいだったと記憶している。妹のリィナが巨乳なら、姉ちゃんは爆乳と呼ぶに相応しいだろう。本人はいつかチラッと聞いたところによると、尻が大きいのがコンプレックスらしいが、周囲の評判を聞いていると贅沢な悩みだと思う。ややムッチリとしているのは分からないでもないが、充分魅力的だと思う。
長々と姉ちゃんの養子について語ってしまったが、要するに納得できる用件だったということだ。
「そうなのよ。最近ずっと纏わりつくような視線を感じてて」
そんな姉ちゃんに泣きつかれたら、断れる訳がない。できるだけ力になろうと思う。
で、まあそんな姉ちゃんだから他人の視線には敏感だ。おそらく、ストーカーがいるというのもホントなのだろう。
「人数とかは分かるか?」
複数人で追い込みをかける策を巡らせたヤツもいた。例えば、一人が姉ちゃんをストーカーしているとする。それを姉ちゃんは誰かに相談する。姉ちゃんはその相談相手を頼るようになり、悪化するストーカー被害に対して色々と対策を立てる。しかし姉ちゃんが信頼を置くそいつは、実はストーカーの仲間だった――とかな。……あの時はホント、姉ちゃんが俺に相談を持ちかけていなかったらどうなっていたことか。ゾッとしない話だ。
「……多分、一人だと思うわ」
単独犯か。ギルドやパーティ、ソロなどを考慮すると、かなり絞られてくるだろうな。姉ちゃんは視線を感じている間に、一人で行動できる者。いくらプレイヤーの数が多いと言えど、それなりに絞れるだろう。
「性別はどっちだと思う?」
視線にも種類がある。例えば、今アリシャが姉ちゃんに向けている恨みがましい視線だとか。今俺が姉ちゃんに感じている下心的な視線とか。視線の種類で、大体の性別は判断できる。もちろん、百合百合な女子とか、オネェで嫉妬する男子とか、そういう特殊な場合もあるが。それは特異な例として、頭の隅に置いておく程度でいいだろう。
「……男、だと思う」
姉ちゃんはボソリと言った。因みに特異な例二つは実際にあったことであり、姉ちゃんもそれを思い出したのだろう。断言しようとして付け足したようだ。
「お姉ちゃん、そろそろお兄ちゃんから離れたら?」
いい加減見苦しいと思ったのか、ほとんど忘れ去られていた妹のリィナがニッコリと微笑んで言った。しかし目が笑っていない。怖い。
姉ちゃんは薄っすらを頬を赤く染めて、俺から静々と離れていった。
「不安ならウチ来る?」
しかしリィナも姉ちゃんのことが心配なのか、そう提案した。リィナの言う「ウチ」とは、所属している『戦乙女』のことだろう。『戦乙女』は女子限定のギルドで少数精鋭だ。同年代の女子で集まっていることもあり、姉ちゃんも安心だろう。何より、このIAO内でも屈指のトップギルドである。
「……そうするわ」
姉ちゃんも不安を隠し切れないのか、暗い面持ちで頷いた。
「じゃあ当分の安全は問題なさそうだな。ギルドで行動する時は気をつけた方がいいだろうし、リィナに頼むか」
俺はうん、と頷いて姉ちゃんに笑いかける。……しかし、どこのどいつだろうな。見つけたら投獄してやらないと。
「じゃ、とりあえずその道の専門家にでも話を聞くか」
俺は言って、ひとまずの方針を決める。
ストーキング行為をしていたヤツに、心当たりがあった。そいつから、ストーカーの行動パターンを割り出す算段だ。収穫はなくても、問題ないだろう。一緒に行動していれば、出てくるかもしれないからな。




