第八話 婚約者
十日ほど経つと、証拠十分としてクローディアは裁判にかけられた。エドワードはなんとか無罪の証拠を探そうと奔走したが、探せば探すほどクローディアの有罪を証明しているようだった。
裁判が始まり、三日が経った日。
「フローレス令嬢と、婚約……? 一体何を仰っているのですか、母上」
「既に決まったことよ」
エドワードを呼び出した母は、書類に視線を落としたまま、とんでもないことを告げたーーアリスとの婚約を。
思わず声が裏返った。
「お、お待ちください! 公爵からクローディアを除籍するとは聞きましたが、いくらなんでもこんな早くなんて、おかしいでしょう! まだ調査も途中なのですよ!?」
「不満があるの? フローレス令嬢を好いているのでしょう?」
「なっ……それとこれとは話が別です!」
「同じことよ。エドワード、これは決定事項です」
分かりますね、と幼子を諭すように言われて、エドワードは声を失う。
「母上は……母上は、クローディアをあんなに可愛がっていたではありませんか。娘と呼んで、あれほど面倒を見ていたではありませんか」
どうして、と問うた声は掠れていた。母はようやく書類から手を離し、真っ直ぐにエドワードを見つめた。
「エドワード。あなたはきっと、理解できないでしょうね」
「何を、ですか。私がクローディアの何を理解していないと、」
「恋うた方を奪われる苦しみを、あなたは決して理解しないでしょう」
「こ……いや、クローディアがそんな感情だけで動くとは思えません! これは何かの陰謀です!」
「エドワード。人は愛の為ならばどこまでも愚かになるのですよーーわたくしがそうであったように」
知っているでしょう、と母は言葉を続けた。
「わたくしが、あなたの母親違いの兄ーー第一王子を、どんな風に扱っていたか」
「っ……!」
第一王子ヴィルフリート。
エドワードの腹違いの兄は、母の手によってひどく冷遇されていた。長じるまでエドワードは、自分に兄がいることさえ知らなかった。
昨年臣籍降下し、此度の騒動を聞きつけて現在は王宮に滞在しているそうだが、一度も会っていない。
「ですがっ……ですがクローディアに限ってそんなはずは!」
「エドワード。あなたはクローディアを理解していると言うけれど、どれほどあの子のことを理解できているの?」
「……え?」
「あの子の努力を、苦しみを間近で見ていたのに、今、クローディアのことを分かっていない。そうでしょう?」
「そ、れは……」
エドワード、とひどく悲しげに母は名を呼んだ。
「あなたはもっと、人の醜さを知るべきよ」
それから数日後、裁判は終わった。
結果は有罪。そしてその罪に与えられたのは、死刑という判決だった。
申し開きはあるかと問われたクローディアは、これまでと変わらない美しい笑みを浮かべた。
「ございません。わたくしはわたくしの信念を貫いた。ただそれだけでございます」
***
黴臭く、光の入らない地下牢。忙しない足音を聞いて、クローディアは顔を上げた。そして、二度瞬きをする。
「シャーウッド様!」
薄暗い地下牢に似合わない美しいドレスを纏っているのは、アリスだった。護衛は振り切ってきたのか、息は荒く、髪も乱れていた。
「フローレス様。わたくしはもう、シャーウッド公爵家から除籍されておりますわ。第一ここは、フローレス様がいらっしゃるような場所では」
「様付けなんてやめてください、クローディア様!」
アリスは声を荒げた。がしっ、と勢いよく鉄格子を掴む。淑女らしからぬその仕草に、敬語で話そうという気力も失せた。
「ほんとうに.......ほんとうに、クローディア様がわたしに暗殺者を差し向けたんですか?」
「さあ。あなたはどう思うの?」
アリスは俯き、唇を噛みしめた。
「......分かりません。だって、学園でのクローディア様は、ほんとうに酷かったから」
「そうね」
クローディアは頷いた。我ながら、なかなか酷いことをした自覚はある。
「でも......でも、それ以上に、命を取るなんてことはしない方だと、そう思ってたんです」
「なぜ?」
「だって.......それは、クローディア様だから」
「理由になっていないわよ」
「クローディア様はクローディア様だから、他に言い様がないんですっ!」
「大きな声を出さないで。響くわ」
アリスの、鉄格子を掴む手が震えた。紫色の大きな瞳に、薄く水の膜が張られる。
「わたし、クローディア様のことを尊敬していたんです」
「そう」
「これまで見た人の中で一番綺麗で、お勉強も魔法もなんでもできて........絵本の中のお姫様みたいだって、初めてお会いした時からずっと思っていたんです」
「そう」
白い頬を涙が伝う。泣いている様さえも可愛らしい少女だと、そう思う。
「殿下とのことがあって、嫌われるのも仕方がないって思いました。わたしがクローディア様でも嫌ですから」
「そう」
「でも――でも、」
アリスの喉が大きく上下した。ひゅう、と掠れるような息が漏れる。ガチャガチャと金属が擦れる音と重い足音が聞こえた。
「クローディア様は、殺したいほど、わたしがお嫌いでしたか........?」
「――光魔法使いさま!」
クローディアが口を開くよりも早く、アリスの護衛がアリスを牢から引き剥がした。
「このような場所においでになるなど、何を考えておられるのですか!」
「わっ、わたし、クローディア様とお話を」
「罪人と話すことなどありません、お戻りを!」
「待って、まだ、」
護衛騎士に腕を引っ張られ、アリスの姿が遠のく。クローディアは濃紺色の双眸を細めた。
「――嫌いだと、思ったことはないわ」
「え?」
アリスが振り返った。大きな紫の瞳から、涙が後から後から零れ落ちている。
「好きでも、なかったけれど」
嫌いではなかった。さりとて、好きでもなかった。
だって、
「――あなたの無邪気なところが、誰からも愛されるところが、羨ましくて、妬ましかったから」
呆然とアリスはクローディアを見つめた。どこか間の抜けた顔を見て、なぜか口角が上がった。
「――幸せになりなさい、フローレス令嬢」
「クローディア、様。待って、待ってくださいクローディア様……!」
パタン、と扉が閉ざされる。再び闇に包まれ、クローディアは目を閉じた。




