四年間
えいこと付き合い始めてから、ひろの生活は少しずつ変わった。
仕事は相変わらず忙しかったが、帰る場所に楽しみができた。
仕事終わりに会う日。
休日に出かける日。
それだけで一週間が早く過ぎていった。
えいこはよく笑う人だった。
でも、大きな声で笑うわけではない。
少し肩を揺らして、目を細めて笑う。
その笑い方が、ひろは好きだった。
ある日、二人でラーメン屋に入ったとき。
ひろが言った。
「東京ってラーメン屋多いですよね」
「そう?」
「地元より全然あります」
えいこは笑った。
「東京は何でも多いから」
「人も」
「それは多すぎる」
ひろは少し考えてから言った。
「でも、えいこがいるから東京好きかもしれない」
えいこは一瞬止まった。
そして、少し照れたように笑った。
「そういうこと、普通に言うんですね」
「変ですか?」
「ううん」
えいこは箸を持ちながら言った。
「ちょっと嬉しい」
二年目の冬。
ひろはえいこに言った。
「一緒に住まない?」
えいこは少し驚いた。
「同棲?」
「うん」
えいこは少し黙った。
そして言った。
「ひろは、本気で言ってる?」
「もちろん」
えいこは少し笑った。
「じゃあ、いいよ」
二人は小さなアパートで一緒に暮らし始めた。
ワンルームに近い狭い部屋。
家具もほとんどない。
それでも、不思議と楽しかった。
朝。
えいこがコーヒーを入れる。
「起きて」
「あと五分」
「遅刻するよ」
そんな会話が毎日続いた。
夜。
テレビを見ながらご飯を食べる。
くだらない番組で笑う。
えいこが言う。
「こういう時間、好き」
ひろも同じ気持ちだった。
三年目。
ひろは仕事に慣れてきた。
給料も少し上がった。
将来の話も、少しずつ出るようになった。
ある夜。
二人はコンビニの帰り道を歩いていた。
冬の空気が冷たい。
えいこが言った。
「ひろってさ」
「うん」
「将来どうしたい?」
ひろは少し考えた。
「普通でいい」
「普通?」
「仕事して、家があって」
少し恥ずかしくなって笑う。
「家族がいて」
えいこは黙って聞いていた。
「子供がいて」
ひろは言った。
「そんな感じ」
えいこは少しだけ笑った。
「ひろっぽい」
「そう?」
「うん」
えいこは空を見上げた。
「普通って、いいよね」
四年目の春。
ひろは、指輪を見に行った。
給料の三か月分なんて無理だった。
それでも、買えるものを探した。
店員が言う。
「プレゼントですか?」
ひろは少し恥ずかしくなりながら言った。
「プロポーズです」
店員は笑った。
「それは素敵ですね」
ひろはその日、指輪を買った。
ポケットに入れて帰った。
次の週末。
えいこに渡そうと思っていた。
そのときまでは。
まだ。
何も知らなかった。
あの別れが来ることを。




