出会い
その店での偶然の出会いから、一週間後。
ひろはまたその居酒屋に来ていた。
理由は特にない。
ただ、仕事帰りにふと思い出したのだ。
あの日、隣に座った女性のことを。
カウンターに座り、ビールを頼む。
店内は相変わらず静かだった。
ひろは少しだけ周りを見た。
もちろん、あの女性はいない。
当たり前だ。
偶然、同じ店に来ただけなのだから。
そう思いながらビールを飲んでいると――
「また会いましたね」
後ろから声がした。
振り返る。
そこに立っていたのは、えいこだった。
ひろは驚いた。
「こんばんは」
えいこは笑っていた。
「こんばんは」
ひろも思わず笑った。
「また来たんですね」
「そっちこそ」
えいこは隣の席に座った。
「もしかして、私に会いに来ました?」
「違います」
「即答」
えいこは声を出して笑った。
「ひどい」
「いや、本当に違います」
「わかってます」
えいこは楽しそうにビールを頼んだ。
「でも、ちょっと嬉しいですね」
「何がですか」
「偶然って、二回続くと少し特別な感じがしません?」
ひろは少し考えた。
「確かに」
えいこはグラスを持ち上げた。
「じゃあ、二回目の偶然に」
「乾杯」
二人はグラスを合わせた。
それから、またいろいろな話をした。
えいこは事務の仕事をしているらしかった。
東京生まれで、東京育ち。
「じゃあ、東京詳しいんですね」
「そこそこ」
「僕、まだ全然わからなくて」
「じゃあ案内してあげますよ」
えいこはあっさり言った。
「え?」
「東京」
ひろは少し戸惑った。
「いや、そんな」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないです」
「じゃあ決まり」
えいこは笑った。
「週末、空いてます?」
その週末。
二人は初めて一緒に出かけた。
新宿。
人が多くて、ネオンが明るくて、ひろにはまだ慣れない街だった。
「東京って感じですよね」
ひろが言うと、えいこは笑った。
「それ、東京の人は言わないやつ」
「そうなんですか」
「うん。だいたい地方から来た人が言う」
えいこは歩きながら言った。
「でもいいと思います」
「何が?」
「そういう感覚」
ひろは少し驚いた。
「普通は田舎っぽいって笑われるのに」
「私は好きですよ」
えいこは前を向いたまま言った。
「素直な人」
その言葉を聞いたとき、ひろの胸の奥が少し温かくなった。
その日から、二人は何度も会うようになった。
仕事帰りにご飯を食べたり。
休みの日に映画を見たり。
特別なことは何もない。
でも、ひろにとっては全部が新しかった。
誰かと一緒にいる時間。
誰かと話す夜。
笑うこと。
ある日の帰り道。
えいこが言った。
「ひろって、最初はすごく静かな人だと思った」
「最初は?」
「今も静かだけど」
えいこは笑った。
「でも優しい人ですよね」
「そうですか」
「うん」
少し間があった。
えいこは歩きながら言った。
「私、ひろといると楽なんです」
ひろは何も言えなかった。
その代わり、少しだけ笑った。
それから少しして。
ひろはえいこに言った。
「付き合ってください」
えいこは驚いた顔をした。
そして。
少し考えてから、笑った。
「はい」
それが。
二人の、四年間の恋の始まりだった。




