本当の理由
その日の夜。
ひろは隣の家を訪ねた。
チャイムを押す。
「はい」
えりの声だった。
「俺です」
少しして、ドアが開いた。
「どうぞ」
ひろは家に入った。
前に倒れたときと同じリビング。
ソファに座る。
えりは向かいに座った。
少し静かだった。
先に話したのは、えりだった。
「十年前」
ゆっくり言う。
「ひろと別れたあと」
「うん」
「すぐ病院に行きました」
ひろは黙って聞いた。
「体調が悪くて」
「うん」
「検査をしたら」
えりは少し笑った。
「病気でした」
ひろの胸が重くなる。
「結構」
少し言葉を探して。
「大きいやつ」
ひろは聞いた。
「治らないの?」
えりは首を振った。
「そのときは」
少しだけ間を置く。
「難しいって言われました」
ひろは何も言えなかった。
「だから」
えりは続けた。
「別れました」
「……」
「ひろの人生」
小さく笑う。
「巻き込みたくなかった」
ひろは思わず言った。
「勝手だろ」
えりはうなずいた。
「うん」
「相談くらい」
「できなかった」
えりは言った。
「ひろは優しいから」
「……」
「絶対離れない」
それは確信だった。
「だから」
えりは言った。
「嫌われるようにした」
ひろは思い出した。
あの日。
冷たい言葉。
“好きじゃなくなった”
えりは言った。
「嘘をつきました」
ひろは下を向いた。
胸が少し痛かった。
「でも」
えりは少し笑った。
「思ったより元気になりました」
「え?」
「治療して」
「うん」
「十年生きました」
その言葉。
ひろは言った。
「今は?」
えりは少し黙った。
そして。
正直に言った。
「また来ました」
その意味はすぐにわかった。
「だから」
えりは静かに言った。
「最後に」
少し笑う。
「顔を見たくて」
ひろは何も言えなかった。
えりは続けた。
「そしたら」
少し楽しそうに笑う。
「隣でした」
ひろは少しだけ笑った。
「偶然?」
えりは首を傾けた。
「半分」
「半分?」
「調べました」
正直だった。
「ひろがどこに住んでるか」
ひろは驚いた。
「でも」
えりは言った。
「会うつもりはなかった」
「え?」
「顔だけ見て」
「うん」
「帰るつもりでした」
でも。
「子供たちが」
えりは笑った。
「可愛くて」
ひろは苦笑した。
「それで?」
えりは言った。
「少しだけ」
「うん」
「長居しちゃいました」
部屋は静かだった。
ひろはゆっくり言った。
「なんで」
「うん?」
「俺の前に現れた」
えりは少し考えた。
そして答えた。
「幸せか」
「うん」
「知りたかった」
それだけだった。




