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君が隣に住んだ理由  作者: 臥亜


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16/20

呼び方

 病院の外。


 夕方の風が少し冷たかった。


 


 二人はしばらく何も言わずに歩いた。


 


 病院の前の小さな公園。


 ベンチに座る。


 


 沈黙が流れた。


 


 先に口を開いたのは、えりだった。


 


「ごめんなさい」


 


 ひろは聞いた。


 


「何が?」


 


 えりは少し笑った。


 


「さっき」


 


「うん」


 


「名前」


 


 ひろは静かに言った。


 


「俺の名前」


 


 えりを見る。


 


「どうして知ってるんですか」


 


 えりは少し空を見た。


 


 そして。


 


 小さく息を吐いた。


 


「知ってます」


 


 それだけだった。


 


 ひろは聞いた。


 


「榎本さん」


 


「はい」


 


「あなた」


 


 言葉が少し震えた。


 


「えいこですか」


 


 えりは黙った。


 


 風が吹く。


 


 しばらくして。


 


 えりは、ゆっくり言った。


 


「似てますか?」


 


 ひろは苦笑した。


 


「ごまかさないでください」


 


 えりは少し笑った。


 


 そして言った。


 


「ひろ」


 


 その呼び方。


 


 もう隠していなかった。


 


 ひろは何も言えなかった。


 


 えりは静かに続けた。


 


「久しぶり」


 


 それは。


 


 十年越しの言葉だった。


 


 ひろの頭が追いつかなかった。


 


「なんで」


 


 それしか出なかった。


 


「なんで今」


 


 えりは少し考えた。


 


「会いたかったから」


 


 ひろは思わず言った。


 


「だったら」


 


 声が少し強くなる。


 


「なんであの時」


 


 えりは黙った。


 


 ひろは続けた。


 


「理由も言わずに」


 


「……」


 


「好きじゃなくなったって」


 


 えりは少し笑った。


 


「覚えてるんだ」


 


「当たり前だろ」


 


 十年。


 


 忘れた日はなかった。


 


 えりは静かに言った。


 


「嘘でした」


 


 ひろは動けなかった。


 


「好きじゃなくなった」


 


 えりは首を振った。


 


「嘘」


 


 そして。


 


 少しだけ空を見た。


 


「好きでした」


 


 その言葉は、十年遅れていた。


 


 ひろは聞いた。


 


「じゃあなんで」


 


 えりは少し黙った。


 


 そして言った。


 


「ひろ」


 


「うん」


 


「幸せそうでよかった」


 


 ひろは言った。


 


「話を変えないで」


 


 えりは少し笑った。


 


「変えてない」


 


 そして。


 


 小さく言った。


 


「理由は」


 


 ほんの少し間を置く。


 


「次に話します」


 


 ひろは聞いた。


 


「なんで今じゃない」


 


 えりは答えた。


 


「長い話になるから」


 


 そして。


 


 ゆっくり立ち上がった。


 


「今日は」


 


 振り向いて言う。


 


「少し疲れました」


 


 それは。


 


 病院で聞いた言葉を思い出させた。


 


 “時間は決して長くありません”


 


 ひろは言った。


 


「榎本」


 


 えりが振り向く。


 


 ひろは言った。


 


「また話してください」


 


 えりは微笑んだ。


 


「はい」


 


 そして小さく言った。


 


「次は」


 


「うん?」


 


「ちゃんと話します」

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