病院
それから数日後。
朝。
ひろは出勤の準備をしていた。
ネクタイを締めながら、窓の外を見る。
隣の家のカーテンは閉まったままだった。
少し気になった。
えりが倒れてから三日。
庭に出てくる姿を見ていない。
「どうしたの?」
妻が聞いた。
「隣の人」
「うん?」
「最近見ないな」
妻は少し考えた。
「昨日も静かだったね」
そのとき。
玄関のチャイムが鳴った。
妻が出た。
「はい」
少しして、妻が呼んだ。
「ひろ」
「ん?」
「隣の人」
ひろは玄関へ行った。
そこには。
えりが立っていた。
少し顔色が悪い。
「おはようございます」
えりは微笑んだ。
「この前はすみませんでした」
「大丈夫ですか?」
「はい」
そう言ったが、声は弱かった。
「病院行ったほうがいいですよ」
ひろが言うと。
えりは少し困った顔をした。
「もう行ってます」
「え?」
えりは静かに言った。
「定期的に」
その言葉に、妻が反応した。
「どこか悪いんですか?」
えりは少し考えた。
そして笑った。
「たいしたことじゃないです」
でも。
その笑い方は、少しだけ無理をしているように見えた。
ひろは聞いた。
「どこの病院ですか?」
「駅前の総合病院です」
それを聞いて。
ひろは少し驚いた。
そこは。
十年前。
えいこが働いていた病院だった。
えりは続けた。
「通い慣れてるので」
その言葉に、ひろは少し引っかかった。
通い慣れている。
どういう意味だろう。
妻が言った。
「無理しないでくださいね」
「ありがとうございます」
えりは軽く頭を下げた。
そして帰ろうとした。
そのとき。
ひろは思わず聞いた。
「榎本さん」
「はい?」
えりは振り向いた。
ひろは少し迷ってから言った。
「この町」
「うん?」
「どうして来たんですか」
えりは少しだけ空を見た。
そして答えた。
「静かだから」
それは普通の答えだった。
でも。
少し間があった。
ひろは感じた。
本当の理由は。
別にある。
えりは小さく笑った。
「住みやすそうだったので」
そう言って帰っていった。
ドアが閉まる。
妻が小さく言った。
「やっぱり」
「何が?」
妻はひろを見た。
「何かあるよ」
ひろは黙っていた。
そのとき。
ふと。
思ってしまった。
もし。
本当に。
えりが。
えいこだったら。
なぜ今。
ここに来たのだろう。




