倒れた隣人
次の日の夕方。
ひろは会社から帰ってきた。
玄関のドアを開けると、長女が言った。
「パパ」
「ん?」
「隣のおねえさん、さっき変だった」
ひろは靴を脱ぎながら聞いた。
「変?」
「庭にいたんだけど」
長女は少し考えてから言った。
「急に座りこんじゃった」
ひろの胸が少しざわついた。
「今は?」
「おうち戻った」
そのとき。
隣の家から、何か落ちる音がした。
ガタン。
ひろはすぐに外へ出た。
隣の玄関は少しだけ開いていた。
「榎本さん?」
返事はない。
「榎本さん?」
ひろは中をのぞいた。
リビングの床に。
えりが倒れていた。
「榎本さん!」
ひろは急いで駆け寄った。
肩を揺する。
「大丈夫ですか」
えりはうっすら目を開けた。
「……すみません」
声は弱かった。
「救急車呼びます」
ひろが言うと。
えりは首を振った。
「大丈夫です」
「大丈夫じゃないですよ」
「少し、めまいがしただけです」
ひろは半信半疑だった。
えりをソファに座らせる。
「水、ありますか」
「キッチンに」
ひろは台所へ行った。
コップを探していると。
ふと、冷蔵庫の横に写真立てが見えた。
古い写真だった。
そこには。
若い女性が写っていた。
笑っている。
そして。
その笑顔は。
ひろの知っている笑顔だった。
えいこ。
ひろの手が止まった。
そのとき。
「見つけました?」
後ろから声がした。
振り向くと。
えりが立っていた。
少し青い顔をしている。
ひろは写真を指した。
「この人」
えりは少しだけ見た。
「友達です」
「似てますね」
ひろは言った。
「すごく」
えりは少し笑った。
「そうですね」
それだけだった。
ひろは写真をもう一度見た。
やっぱり。
えいこだった。
でも。
えりは静かに言った。
「もう会ってないんです」
「え?」
「その人」
えりは写真を見ながら言った。
「ずっと昔の友達なんです」
そして。
少しだけ間をおいて。
「もう」
静かに言った。
「会わないって決めたんです」
ひろの心臓が、少し強く鳴った。




