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君が隣に住んだ理由  作者: 臥亜


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12/20

十年前の別れ

 その夜。


 ひろはなかなか眠れなかった。


 隣の家。


 榎本えり。


 そして。


 えいこ。


 


 天井を見ながら、十年前のことを思い出していた。


 


 あの日。


 秋だった。


 


 ひろは仕事を終えて、駅前の喫茶店に向かった。


 えいこに呼ばれていた。


 


 付き合って四年。


 


 会うことは、もう日常になっていた。


 


 店に入ると、えいこはもう座っていた。


 


「遅いよ」


 


 いつもの言い方。


 


「ごめん」


 


 ひろはコーヒーを頼んだ。


 


 そのとき。


 


 えいこは、少し静かだった。


 


「どうした?」


 


 ひろが聞くと。


 


 えいこは少し笑った。


 


「なんでもない」


 


 でも。


 今思えば。


 


 その笑顔は、少しだけ違った。


 


 コーヒーが運ばれてきた。


 


 しばらく普通の話をした。


 


 仕事の話。


 テレビの話。


 いつもの会話。


 


 そして。


 


 えいこが言った。


 


「ひろ」


 


「うん?」


 


 えいこはまっすぐ見た。


 


「別れよう」


 


 突然だった。


 


「え?」


 


 ひろは笑った。


 


「冗談?」


 


 えいこは首を振った。


 


「違う」


 


 それだけだった。


 


「なんで?」


 


 ひろは聞いた。


 


 えいこは少し黙った。


 


 そして言った。


 


「好きじゃなくなった」


 


 ひろは信じられなかった。


 


「昨日まで普通だったじゃん」


 


「うん」


 


「ケンカもしてない」


 


「うん」


 


「じゃあなんで」


 


 えいこは、少しだけ目を伏せた。


 


「理由はない」


 


 その言葉は冷たかった。


 


「もう会わない」


 


 それだけ言った。


 


「待って」


 


 ひろは言った。


 


「俺、何かした?」


 


 えいこは首を振った。


 


「してない」


 


「じゃあ」


 


 えいこは、少しだけ笑った。


 


「ひろ」


 


「うん?」


 


「幸せになってね」


 


 その言葉。


 


 今思えば。


 


 少しおかしかった。


 


 まるで。


 


 未来を知っているみたいだった。


 


 そして。


 


 えいこは最後に言った。


 


「もう」


 


 少しだけ間を置く。


 


「会わない」


 


 それが。


 


 四年間の最後だった。


 


 店を出るとき。


 


 えいこは振り返らなかった。


 


 それ以来。


 


 本当に会うことはなかった。


 


 ひろは天井を見つめながら思った。


 


 あの別れ。


 


 今なら分かる。


 


 少しだけ。


 


 不自然だった。


 


 理由がなかった。


 


 説明もなかった。


 


 そして。


 


 最後の言葉。


 


 “幸せになってね”


 


 今日。


 


 隣の人も。


 


 同じことを言った。


 


 ひろは静かに目を閉じた。


 


 そして思った。


 


 もし。


 


 本当に。


 


 同じ人だったら。


 


 あの別れには。


 


 理由があったのかもしれない。

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