東京理科大学 森下教授④
2020年9月 神楽坂・東京理科大学 森下研究室
深夜、大学の廊下の明かりが落ちた頃。森下の研究室に、一人の男が滑り込んできた。以前、レポートの受理を巡って連絡をくれた厚労省の若手官僚だ。彼は怯えたように、モニターに映し出される「今日の新規感染者数」の速報を見ていた。
「先生……毎日、数字が増え続けています。世間はもう、外を歩くことさえ罪だという空気です。このままじゃ、日本は本当に終わってしまう」
森下は、顕微鏡の脇に置いていた使い古しのノートを広げ、無造作に円を描いた。
「……君は、PCR検査を魔法の杖だと思っているのか?」
「え? でも、ウイルスがあるかどうかを調べる、一番正確な方法なんですよね?」
森下は自嘲気味に笑い、ノートの円の中に、小さな「・」を一つ書いた。
「いいか、PCRというのは、『遺伝子のコピー機』なんだ。例えば、ここにウイルスの抜け殻……死骸の破片がたった一欠片あったとする。それはもう感染する力もない、ただのゴミだ」
森下は円の中の「・」を指差す。
「そのままじゃ、小さすぎて誰にも見えない。だからPCRという機械にかけて、二倍、四倍、八倍……と、何十回もコピーを繰り返す。すると、ついには巨大な山になって、モニターが『陽性』と判定する。……これがPCRの正体だ」
「それが……何か問題なんですか?」
「大問題だよ。コピーの回数を増やせば増やすほど、本来なら無視していい『ただのゴミ』まで、恐ろしいウイルスの実体として浮かび上がらせてしまう。武漢のヘッドが私に言った言葉を忘れない。『PCRだけで診断するな』とな。なぜなら、ウイルスが一人一人の喉に一粒でもいれば、それは『感染者』としてカウントされてしまうからだ。本当の意味で『病気』になっているかどうかなんて、関係なくなってしまう」
森下はノートに大きなバツ印を書いた。
「実際の感染者よりも、圧倒的に多い『数字上の怪物』を作り出せるんだよ、この手法なら。そして、その『数字』こそが、巨大な利権を生む餌になる」
「利権……?」
「ああ。不安を煽れば煽るほど、検査キットが売れる。補助金が出る。そして、人々が恐怖の限界に達した時、待ってましたと言わんばかりに『解決策』という名のワクチンが登場する。最初から出口を売るために、入り口をPCRで捏造しているんだ。これはもはや医学じゃない、巧妙なマーケティングだよ」
若手官僚は、戦慄して言葉を失った。窓の外では、今日もどこかで救急車のサイレンが鳴っている。その音さえも、誰かの計算通りのスコアに聞こえてくる。
「日本政府は、あえて『三点セット』を捨てた。画像診断で『本当に肺炎になっているか』を確認すれば、この茶番がバレてしまうからだ。……君たちの役所は、科学ではなく、数字を管理することを選んだんだよ」
森下はノートを閉じ、深い闇が降りた街を見つめた。この「増幅された嘘」が、いつか何らかの形でこの日本を地獄に変える引き金になる。彼は確信していた。この歪んだ免疫の代償を払わされるのは、いつだって何も知らない国民なのだと。




