表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

東京理科大学 森下教授①

 2020年、1月。  

 森下教授は、顕微鏡から目を離し、冷え切ったコーヒーを一口啜った。窓の外、神楽坂を往来する人々はまだ、数千キロ先の武漢で起きている異変を「対岸の火事」だと思っている。だが、森下の手元にあるデータは、全く別の未来を示していた。


「……ただの風邪じゃない。これは、肺の深部を狙い撃ちにする『肺炎誘導装置』だ」


 彼は即座に筆を執った。このウイルスは爆発的な感染力を持ち、放置すれば医療体制を根底から破壊する。森下は、旧知の仲である時の総理大臣・伊部(いべ)へのダイレクトラインを動かした。


「森下先生、大げさですよ」


 伊部総理は、届けられたレポートをパラパラと捲り、苦笑いと共にテーブルに置いた。傍らに控える官僚たちも、鼻で笑うような空気を隠そうともしない。


「インフルエンザの方がよっぽど死者は多い。今、過剰な反応をして経済を止めれば、それこそ国難だ。……厚労省の連中も、『水際で止められる』と言っています」


 森下の警告は、官邸の分厚い絨毯に吸い込まれ、消えた。

 政府にとって、森下は「少しばかり理屈っぽい、心配性の科学者」に過ぎなかったのだ。

 しかし、状況が一変したのは、それからわずか数週間後のことだった。  

 豪華客船『ダイヤモンド・プリンセス号』。霧の向こうに佇む巨大な船体は、もはや優雅なレジャーの象徴ではなく、三千人以上の人間を乗せた「巨大な密室の培養皿」へと変貌していた。


 テレビ画面に映し出される防護服の群れを見て、伊部総理はついに森下に電話を入れた。その声は、かつての余裕を失い、かすかに震えていた。


『――森下先生。……あの日、あなたが言った通りになった』


 受話器を握る森下の視線の先には、真っ白なレポートが置かれている。


「総理、遅すぎましたが、まだ打てる手はあります。……今すぐ、専門家の知見をすべて集約すべきだ」


『わかった。すぐに厚労大臣と話してくれ。それから……外務省を通して、中国の現場の人間とも繋ぐ。……頼む、先生。日本を救ってくれ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ