まえがき
「そして、その街には誰もいなくなった。灰だけが、かつてそこにあった喧騒を記憶している。」
—— 旧約聖書・ソドムとゴモラ(改変)
本書を手に取った読者諸氏に、あらかじめ断っておかなければならないことがある。
本書は形式上「小説」という体裁をとっている。新宿という舞台、登場する政治家、そしてエボラ出血熱がもたらす凄惨な結末。それらはすべて物語の範疇である。
しかし、本書の骨格をなす「免疫学的パラドックス」については、残念ながら純然たるフィクションではない。特定のプロトコルによって増強されたIgG4抗体が、致死性ウイルスに対する『白旗』として機能し、無症状のままパンデミックを加速させるという機序。これは、現代の免疫学が直面している最も暗い懸念の一つである。
新宿区戸山。あそこに何があるかを知る者は、本書に記された「流出ルート」のリアリティに戦慄するだろう。また、最新の免疫学論文を追っている研究者であれば、本書が示す「免疫寛容によるサイレント・パンデミック」の可能性を、妄想だと切り捨てることはできないはずだ。
私は、あるルートから「実際に検討された最終シミュレーション」の断片を入手した。そこには、封鎖された新宿の地下で何が起きていたのか、そして政府が最終的に下した「人道という概念を放棄した、あまりにも非情な決断」の論理が綴られていた。
本来、ウイルスと戦うはずの免疫が、それを「友」として受け入れたとき、人間はもはや人間ではなく、ただの「培養器」へと成り下がる。その時、国家が下す判断は、もはや「医療」の域を逸脱せざるを得ないのだ。
本書で描かれる新宿の「終焉」は、果たして架空の地獄か、それとも近未来の予報か。
信じるか信じないかは、読者であるあなたに委ねられている。ただ、もし読後、あなたの体温が不自然なほど「平熱」であり続け、それでいて言いようのない倦怠感に襲われたとしても、私は一切の責任を負わない。
扉はすでに、内側から開け放たれているのだから。




