心霊スポットの水滴 ②
散らかった玄関ホールをぞろぞろと最奥まで進み、地下へとつづく階段の付近にさしかかる。
階段手前の壁に「大浴場↓」と大きく表示があった。
「あーここここ」
浩介が言う。やはり昼間なせいか、いまいち緊張感がない。
「男の霊ってことは男湯?」
階段を降りながら滉太は尋ねた。
「そうなんかな。ネットにだれか書いてね?」
浩介が答える。
とりあえず検索してみるが、各都道府県の心霊スポット一覧にここがあったりなかったりするだけだ。
「こんな地元民しか知らない心霊スポットじゃなあ。書き込みっていっても」
ぼやきながら検索するうちに、地下の大浴場にたどり着く。
「男湯」と書かれた青いのれんと、「女湯」と書かれた赤いのれんが廊下に並んでいた。
引き戸になっている入口のガラス戸は開いている。
洸が、男湯ののれんの下から中をのぞき見た。ほかのメンバーもそれにつづく。
まず見えたのは、広い脱衣場だ。
「どこにいるんだ? やっぱ浴槽のほう?」
そう問うた滉太の顔と首と背中に、ボタボタボタッと何滴もの水滴が落ちる。
「ぅわっ! 冷て冷て冷てぇ!」
滉太は手で振りはらった。
浩介と洸が怪訝なこちらを顔で見る。
「何してんの? おまえ」
「だから水滴っ。さっきから何なんだこれ」
「ぬれてないけど」
浩介が背中にまわり、上体をかがめて腰のあたりまで確かめる。
「うそ」
滉太は自身の背後を見た。
「……もしかして霊現象?」
洸が言う。ゾッと鳥肌が立った。
「どうする? も帰る?」
浩介が降りてきた階段のほうを見る。
「あ、じゃあ、おまえらそこにいれば? 俺行って浴槽の動画だけササッと撮ってくる」
洸がそうっと脱衣場に入る。
ややしてから、浴場のガラス戸を開けているらしい音がした。
「う……うわ━━━━━━!!!」
ほどなくして洸の叫び声が聞こえて、ドタドタドタと簀子の上を走ってくる音がする。
「ちょっ……ヤバい。警察警察!」
「なに」
滉太と浩介は語気を強くして尋ねた。
「おっさん! ホテルマンみたいな服着たおっさんが死んで浮いてる!」
滉太は目を見開いた。
浩介とともに走って脱衣場に入り、浴場に駆けつける。
広く薄暗い浴場。床の水色のタイルにはホコリがつもり、ところどころが剥がれている。
浴場の中央にある大きな浴槽には水は一滴も張られてなく、もちろん死体もない。
「ないじゃん」
滉太は顔をしかめた。
「あ……あれ? ど真ん中にプカ〜って浮いてたんだけどな」
洸が困惑した顔をする。
「つか廃墟になってずいぶん経つんだから水張ってるわけなくね?」
浩介がとまどいつつそう応じた。
おくれて脱衣場からのぞく泉が目に入る。
滉太は苦笑いを返した。
「死体なし。たぶん洸の見まちがい」
アハハと笑ってみせる。
「誰としゃべってんの、おまえ」
洸が怪訝そうな顔で尋ねる。
「え……泉」
滉太は脱衣場からこちらを見る泉を指さした。
「あっくシュミな怖がらせかたすんなよ、おまえ。たしかに姉ちゃんが幼稚園のときに行方不明になった女の子の名前、泉だったけどさあ」
浩介が眉をよせる。
「ひっ」と滉太は喉を引きつらせて後ずさった。
泉が浴場の入口にしゃがみ、頬杖をつく。
「ここのオーナーのおじさんね、あたしの遺体を車で運んだんだ。ほらあの駐車場にあったやつ」
日常のできごとでも話しているかのように淡々と泉が語りだす。
「あったまきたからさ、ここでわざと物音立てて誘いだして浴槽のお湯に沈めてやったの。成仏してくださいゴボゴボだってさ。ウケるぅ」
泉が長い髪をかきあげてケラケラと笑いだす。
「あれってさ、ゴミ?」
浩介が浴槽のはしのほうを見る。
浴槽のはしに、ボロボロの布におおわれた白っぽい棒状のものがあるのに気づく。
浴場に放置されたゴミとしては異質な感じだ。風呂場でつかうもののうちの何だったのか思いつかない。
滉太の頭と背中に、ボタボタボタボタッといくつもの水滴がかかる。
あれは、行方不明になっているここの持ち主の白骨死体なのだと直感した。
「うわあああああ━━━━━━!!! 成仏してください!!!」
滉太は半狂乱で浴場と脱衣場を走り抜けた。
「なに?! ひぇ?!」
「うわ、うわわ、なに滉太?!」
のこりの二人が、恐怖が伝播したかのようにわけも分からず後から走ってくる。
そのまま全力で階段を昇り、滉太と洸、浩介は床に散らばった石膏ボードを避ける余裕もなく玄関ホールを走りぬけてホテルの出口をめざした。
終