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霧の中からにゅるんと

 山あいの地域にさしかかり、待水 爽太(まちみず そうた)は運転していた車をいったん待避所に停めた。

 代々農家を営んでいる家が大半の地域だが、いまは畑や田んぼのことを知っているのは高齢者ばかりで、壮年以下の世代は会社員という家がほとんどだ。

 もう少し行けば山中の木々ばかりの道に入るが、このあたりは民家や店舗のほうがまだ多い。


「けっこう建物あるんだな。日本昔ばなしみたいな風景が延々とつづく感じだと思ってた」


 助手席に乗った同僚の水梨(みずなし)が周囲を見回す。

 二人で取引先の企業に向かう途中だ。この近辺に社屋があると説明を受けたのだが、迷ってしまった。

「カーナビ、やっぱズレてる。山間部だと受信状況に影響でるとか聞いたことあったけど」

 水梨がカーナビのタッチパネルを操作する。

 さきほどからフリーズが多く、マップはとうとう使えなくなってしまった。

 

待水(まちみず)分かる? このへん」


 水梨が問う。

 このあたりの土地勘のない水梨にしてみれば、卒業した高校がこの付近にあるという爽太(そうた)がもはや唯一の頼りらしい。

「いや俺も卒業したの十年以上まえだし、学校の周辺そんなに広範囲まで知ってたわけじゃないし」

「やっばいな。道聞こうにもだれも通らね」

 水梨がドアを開けて顔を出し、あたりを見渡す。

 


「あー雨ふってる」



 水梨がななめ上のほうを見上げて顔をしかめた。

「雨だよな。こぬか雨? 霧雨?」

 爽太も車内から上空を見上げた。

 フロントガラスに非常にこまかい雨のつぶが無数についている。

「こういうとき、山あいってまじで濃霧みたいになってすぐ近くの山とか消えたりするんだよな」

「怖いな。道路走れる?」

 水梨が心配げに尋ねる。


「霧雨からの濃霧はけっこう大丈夫。怖いのはゲリラレベルの豪雨とか吹雪とか。見通しほぼなくて道の左側に沿って走らせたことある」


「左側」

 イメージがわかないのか、水梨がフロントガラスに降りしきる霧雨を見つめて復唱する。

「免許取りたてのころだけど。吹雪で数メートルさきも見えないし、中央線が雪でかくれて道のどこ走ってるのかも見当つかないし。――でもまあ目的地まではほぼ一本道だったから、左側の山の斜面をなぞるようにして走らせた。二十分くらい?」

「……何かサバイバルって言葉が浮かんだ」

 水梨が心臓のあたりに手をあてて眉をよせる。


 

「とりあえず会社に電話してマップ見て案内できんか聞いてみるわ。――そっちは学校さがして。学校からなら近くの主要道路への出方くらい分かるでしょ」



 水梨がグローブボックスからスマホをとりだす。

「わーった。何とか学校さがしてみる」

 爽太は車のエンジンをかけた。

 

 


「あれかな?」


 霧雨のなか、付近を十分ほどノロノロ運転で徘徊(はいかい)すると学校の校舎と思われる灰色の巨大な建物が見えた。

 水梨がいったんスマホを耳からはなし、フロントガラスの外の景色を見る。

「お、あれ?」

「たぶん」

 爽太はそう返した。

 卒業したのは十年以上まえだ。しっかり記憶していたつもりだったが、ところどころ記憶とちがう気がするのはいろいろ補正が入ってるせいか。

 車を徐行運転して学校の門に近づきアコーディオン門扉(もんぴ)から校内の様子をのぞく。



 自転車置き場にいる女子生徒が目に入った。



 学校の敷地内は濃い霧がかかり足元しかはっきりと見えないが、お団子にした髪型というのはうっすらと見てとれる。

「うわ、校庭のほうまっしろ。よくあるの?」

 水梨が上体をかたむけて向こう側の校庭を見る。校庭に植えられている木まで下のほうの幹しか見えない。


「山あいだから霧雨ふると濃霧がかった感じにはなるけど……。ここまでのは見たことないと思う」


 爽太は答えた。

「自転車通学の子とかいるんだよな。帰れんの?」

 水梨が尋ねる。

「まあロンドンとかみたいに手をのばしたら自分の手も見えないとか、そこまではないと思う」


「山のカエルさんとかヘビさんとかはウッキウキだろうけど」


 水梨がつぶやく。もういちど自転車置き場のほうを見て、つぎの瞬間ガタガタッと音を立てて助手席のシートに背中で貼りついた。

「なっ?!」

 水梨が脚でバタバタと後ずさるようにして助手席のシートに懸命に体を押しつける。

「……何あれ。文化祭の出しもの?!」

 水梨が目を剥いて尋ねる。

 何を見つけたのかと、爽太は車をいったん停めておなじ方向を見た。

 

 門扉の向こう。数メートルさきの自転車置き場。



 霧雨のなかにゅるんとヘビのように伸びた首が三階までとどき、窓ぎわでスマホをかまえているべつの女子生徒をお団子頭の女の子の頭部が至近距離でじっと見つめている。


 

「は? なに。ろくろ首?!」

「え、七不思議であんなのあったかな」

 自分で言っておいて少々ズレたセリフだと爽太は思った。

 お団子頭の女の子の首と頭部は、自転車置き場の制服姿の体を置きざりにしてうす茶色のヘビの姿になると、校舎を()いのぼり三階の窓から中に入った。

 窓ぎわでスマホをかまえていた女子生徒が、何かにドンッと押されたように前のめりになり窓のサッシにつかまる。

「……ヘビ?」

 水梨がつぶやく。

 霧雨は降りつづけていた。



 終





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