幽霊の雨が降りしきる ③
路上には、いつの間にかかなりの幽霊がたまっている。
道路の一部は側溝に流れこむ幽霊で浅い川のようになっていた。
前方の交差点で車が渋滞気味になっている。もしかするとあのあたりは幽霊の流れる量が多いのか。
幽霊に物理的な影響力はないとはいえ、視界不良で事故になった例があると聞いた。
幽霊の降りは、ますますひどくなっている。
どしゃ降りという感じだ。遠くのほうがよく見えない。
周辺を歩いていた人々が、もよりの建物の中に入っていく。
気味が悪いというのもあるが、視界不良で外にいたらどんな事故に会うか分からない。
幽霊の降りはますます激しくなり、周囲から聞こえるうめき声は大きくなっていった。
清華のすぐそばの側溝からは、ごふごふと咳のような音を立てる幽霊があふれている。
あふれた幽霊が、足首にまとわりつく。
気持ちの悪い感触に、清華は悲鳴を上げた。
バカな男に関わってる場合じゃない。
清華は小走りで手近なビルの非常階段に昇った。
四階か五階のあたりに開け放した非常階段のドアが見える。あそこから中に入れるだろう。
カンカンカン、と安っぽい金属音を立てて昇る。
「いや待って、清華」
樹がヘラヘラしながら追いかけてくる。
「なに来てんの、あっち行って!」
清華はどなりつけた。
「んだって、ほかに避難するとこないしさあ」
「いったん降りてべつの建物行けばいいでしょ!」
「道路、幽霊の洪水になってるよ、もう」
清華は階段の下を見た。
ついさっきまでいた歩道は、足首までつかりそうなほど幽霊があふれている。
「世界中の死人が集まってんのかなあ。なんでこの地域にだけ」
「しらない」
清華はつかつかと階段を昇りつづけた。
「いままで地球上で死んだ人ぜんぶ集まったら、こんな数かな? これじゃきかない?」
「しらないって」
三階くらいの位置だろうか。
清華は踊り場の数を確認した。
「なあ、今回だけは勘弁しない? 清華」
「どちらさまですか? なれなれしく呼ばないで」
清華は階段を昇りつづけた。
「人を信じられない人って悲しくない?」
「信用できない人ほどそれ言うって、よく分かった」
清華はイライラとそう返した。
四階の踊り場につく。
開いているドアはこの一階上。清華は見上げた。
つかつかと上がる。
安っぽい金属の階段は、パンプスの靴裏がすべりがちで少し危なさを感じた。気をつけて行こうと思う。
「清華、ちゃん?」
「うるさいよ」
五階の踊り場。
ドアはまだ開いている。
だれかがきて閉めようとしたら大声で待ってくれるよう頼むつもりだったが、どうやら大丈夫だったみたいだ。
中をそっとのぞきこむ。
入ってすぐにビル内の階段がある。
人の姿はなく、ドアのわくの上には非常階段の誘導灯がついていた。
べつに立入禁止じゃないよねと足を踏みだす。
そのときだった。
入口すぐ上の天井から、人が逆さまに落ちてくる。
死んだ直後のような、見開かれた目と半開きの青い口元。
目が合った。
「きゃ……!」
清華は思わず後ずさった。そのまま非常階段の手すりを乗りこえ、下に落ちる。
雨漏りならぬ、幽霊漏り……。
地面に落下しながら、そんなことを考えた。
きょうも地元には幽霊雨が降っている。
とぎれることのないうめき声を上げながら、幽霊は町を白くかすませていた。
清華は白いひょろひょろとした幽霊の姿で、雲をつきぬけ地面に逆さまに落ちていた。
そのうち地面にたたきつけられ、どろりと流れ、路上を流れて空に昇りまた同じことをくりかえす。
死の直前に樹と揉めていたせいなのか、清華は高確率で樹の上に落ちることが多かった。
あいかわらずこの男は、何人もの女性にうまいことを言って付き合っていた。
さいきんは「本気で結婚を考えていた恋人に目のまえで死なれた」と言って女性の同情を買ったりしている。
あのとき、助けてくれる気もなかったくせに。
ただひとこと「清華?」とだけ言って落ちるのを見ていたくせに。
怨めしい。
雲をつきぬけ、住んでいた街の上空を逆さまに落下していく。
傘をさして空を見上げる樹の頭上に、まっさかさまに清華は落ちていった。
目が合う。
その瞬間清華は、あらんかぎりの呪いの言葉を浴びせてやった。
終




