幽霊の雨が降りしきる ②
夕方おそくの退社時には、幽霊雨はひどくなっていた。
会社をでて駅前の繁華街にさしかかったころには、一気に視界が白くかすむくらいの降りになる。
とつぜんスマホから不安をあおる電子音が鳴った。
災害時のエリアメールだ。
「幽霊崩れ災害に関する警戒レベル三を十八時に発令しました」とある。
清華は空を見上げた。
すご勢いで幽霊が降りつづけている。
ごぼごぼという苦しそうな音に周囲を見やると、道の側溝をふさぐ金属製の網に幽霊が詰まり、うめいている。
白い人型が、押し合いへし合いしながらゆがんで吸いこまれる様子は、シュールだ。
地下道にも幽霊が流れこんでいる。
どこぞの木綿の妖怪のようにひゅるひゅると地下道への階段を流されていくぺしゃんこにゆがんだ人型。
このままだと、地下道は幽霊であふれるかもしれない。
とりあえず地下に行く用事がなくてよかったと思う。
繁華街の道の前方を見やるも、白くかすんで目的地の駅が見えない。
早めに駅に行こう。
電車に乗ってしまえば、あとは何とかなるだろう。あまり根拠はないがそう考える。
路上にも水たまりならぬ幽霊たまりができ、パンプスを履いた足首にときおり幽霊の髪や指先が、スッとふれる。
「きも……」
ついつぶやく。
しかしへたに下を向いて触れられた部分を確認すれば、幽霊と目が合ってさらに気味の悪い思いをするのだ。
清華は、足元を見ないようにして駅へと進んだ。
「清華、こっちこっち」
黒い傘をさした人物とすれちがう。
ふりむくと樹がいた。
前日に何があったか、すっかり記憶を喪失したのかと思うほどさわやかに笑いかけやがった。
清華は、無視してさきを急いだ。
未練はすこしあるけど、付き合いつづけていい相手ではない。
相手がクズでも情熱的な恋に賭けるというほうではない。
ごくふつうの恋愛をして、ごくふつうの結婚がしたい。
モヤモヤするけど、ここはもう忘れたほうが自分のためだ。
「こっちこっち。飲みに行く店、そっちじゃないよ」
樹がグッと腕をつかんでくる。
「なんですかあなた。警察よびますよ!」
そう声を上げて樹の手をふりはらった。
ここはもう知らない人で通そう。
「付き合ってる同士でそれって」
樹が苦笑いする。
あくまで関係がまだつづいているという体で話すつもりらしい。つづいているわけないでしょうが。
「人違いです」
清華は睨みつけた。
樹をスッとよけて駅へと向かう。
「いやいや、ちょっと待って」
樹が追いかけてきてなれなれしく腕をつかんだ。
「離してよ! 何人もの人と付き合ってる人なんて関係つづけたいわけないでしょ!」
樹の手をふりはらう。
「ああそれ……」
樹が苦笑した。
「誤解だって。ぜんぶただの女友だち」
「アパートにご飯つくりに来る女友だちに、洗面所に歯ブラシ置いていく女友だち?! いいかげんにしてよ。変だ変だとは思ってたの!」
そう。以前から、おかしいとは思っていたのだ。
ご飯をつくりにきた彼女とは、ちょうど彼女が帰るまぎわにアパートの通路ですれ違った。
実家のお姉さんなのだと樹に説明された。
いまにして思えば、彼女の側にも同じ説明をしたのだろう。
歯ブラシを置いて行ったのは、男性の友だちだと説明された。
「泊まりにくる男友だちがいるの? やだぁBLみたい」などとアホな冗談を言っていた自分が怨めしい。
その他、玄関で気づいた香水の残り香は、宗教の勧誘にきた西洋人女性の香水がきつかったと説明され、部屋にあった女性用の下着は、アダルトグッズの店が勝手に試供品をポストに入れて行ったと説明された。
ベッドに落ちていた長い髪にいたっては、「ここ、じつは事故物件でさ」などと説明されて、本気で樹の身を案じて引っ越しをすすめたりした。
こうしてならべてみると、だまされていた自分はほんとうにバカすぎる。
さいわいお金の被害まではまだなかった。
きっぱり忘れるべきだ。
「おまえがいやなら、ぜんぶの女と別れるからさ」
樹はそう告げる。
言葉は殊勝だが、口元はニヤついている。
「ただの女友だちと別れるって変じゃないの。速攻で矛盾したこと言わないでよね」
「いやおまえも人違いって言うわりにちゃんと話通じてるし」
論破したつもりがすぐに返され、清華はますます腹が立った。
「ともかく、もう別れたの。近づかないで」
清華は背中を向けた。




