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水が増えていく怪談  作者: 路明(ロア)
川 ヵわ

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30/43

事故の夜 暗闇で ②


 ずいぶんと歩かされる。


 事故から救出した人間をこんなに歩かせるものなのだろうか。

 夜、しかも肌寒い風のとおり抜ける河川敷だ。



 前方に鳥居があらわれた。



 牛や馬のような防火帽をかぶった二人は、さらにさきに進むよう澄夏(すみか)を誘導した。

 言われるまま鳥居をくぐる。

 くぐるあいだ、どこからともなく古い帳面をめくるような音が聞こえた気がした。


 鳥居をくぐると、こんどは見上げるほど長くつづく階段。


 階段の両脇にも大きな松明(たいまつ)が焚かれている。

 非常にあかるく照らされているが、それでも階段をのぼり切ったあたりは暗くて何も見えない。

「これ……昇るんですか?」

 澄夏はついそう尋ねた。

 事故の被害者なのに。

 もしかしたら自分でも気づいていないだけで、ケガをしているかもしれないのに。



「ゆきもて行け」



 壮年の男性の声でそう指示される。

 いつの間にか背後にだれかいたようだ。

 古めかしい言いかただが、「どんどん行け」と言われているんだろうか。


牛頭(ごず)馬頭(めず)、遅参した」

 こんどは澄夏の両脇にいる動物の頭のような防火帽の二人に言っているようだ。



「あの、ここは病院? ……ではないですよね。病院はこのさき?」



 澄夏はうしろをふり返ろうとした。

 だが顔のすぐ横にずいっと松明が差しだされ、ひるんで動作を止める。 

「見返るな」

 背後の壮年の男性の声がそう指示する。

 チラリと見た感じ平安貴族のような格好に見えたが、錯覚だろうか。

 


「なむぢは(あやま)たずして(さい)の河原に迷ひにければ」



 前方で、奇妙な防火帽の二人が持った松明の火がゆれる。

 ときおりジジジ、パチッと木片の弾き飛ぶような音が聞こえた。

 しっかりと燃えているのに熱さが伝わってこない気がする。松明の火って(なま)で見たのは初めてだけどそんなものなんだろうか。

 よく分からない。


 階段の横を、小さな動物が駆けていた。


 犬のようだ。

 柴犬ほどの大きさだろうか。


 松明の不安定な火に照らされているせいか、人間のような顔に見える。

 犬はすぐに向きを変えると、松明の向こうの暗闇に消えた。



「あれ犬にあらずなり。あれは(くだん)ぞ」



 うしろの男性が告げる。

「ちかくで飼われている犬? 逃げてきたの?」

 澄夏はそう尋ねた。犬の行ったさきを見る。

「消えにし」

「まだそのへんにいるんじゃ……」

「託宣をさずけにあらわず」

 背後の男性が答える。

 澄夏は会話のいまいちの噛み合わなさにとまどった。

「託宣って?」

 スマホがあったら検索するのに。澄夏は少々のイラつきを覚えた。

「神託、入り乱れてあきらけからず」

「……えと。あの犬の話ですよね?」 

 占い犬という感じなんだろうか。澄夏は首をかしげた。

 事故の影響でむちうちにでもなってないかと思ったが、どうやら首は痛めてないようだ。



 上空に白いものが飛んだ。



 前方を誘導する人たちの反応をうかがうようにして、おずおずと上空を見る。


 巨大な白い鳥がはるか上を旋回しながら上昇し、つぎに鋭いナイフを振り下ろすようないきおいで滑降する。

「きゃ……!」

 こちらに突っこんで来たと錯覚して、澄夏はみじかい悲鳴を上げてその場に座りこんだ。 

 巨大な鳥が階段のずっとさきに止まると、早口でなにかをつぶやきはじめる。

 人間のしゃべり声のような奇妙な鳴き声だ。



「変わった鳴き声。聞いたことない」



 澄夏は立ち上がりつつそう感想をのべた。

 鳥の顔が人間の女性のように見える。不安定にゆれる松明のあかりのせいなんだろうか。


 背中にドンッとなにかがぶつかる。

 動物の匂いがただよった。

 澄夏に横腹をこすりつけるようにしてわきを通りすぎたのは、人間の顔を持つ牛だ。


 澄夏は両手で口をおさえた。


 立ちすくむ澄夏を、牛の上に乗った小さな猿がじろじろとながめる。

 腹這(はらば)いで牛の背にしがみつく格好はかわらしいが、顔はしかめ面の意地悪そうな人間のものだ。

「なゐのとき来たる」

 うしろの男性が告げる。


「猿は国破れてときにくる」


「鳥は?」

 澄夏は階段のさきの巨大な鳥のほうを見た。

「鳥は戦のおりにやってくる」

「……戦争の、予言?」

 そう問う。

「鳥は戦のおりに」

「いつ?」

「とりどりなり」

「ちぢなり」

 防護帽の二人がそれぞれに答える。

「国破れてってのは? 山河ありなんとかってやつ?」

「なんぢの国にあらず」

 松明の火がパチパチとゆれる。

「かしこだ」

「あそこだ」

 防火帽の二人が言う。

「なんぢの国にあらず」


 牛がモゴモゴとなにかを唱えている。


「牛は……災害でしたっけ?」

 澄夏は尋ねた。

「どこの災害? とか聞いていい?」

「なんぢは冥府の人にあらず」

「冥府の人にあらず」

 聞くなということなんだろうか。


 てきとうなことを言われて、からかわれているだけなのかもしれない。

 事故の被害者をからかうとかずいぶん性格の悪いレスキュー隊だけど。



 病院関係者にはどこまで行けば遭遇するのか。

 というか、ここはどこ。





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