水音にまじる
終業式が終わり、仮水 雫は教室の自分のイスに行儀わるく横座りにすわった。
机に頬杖をつく。
ポニーテールにした髪がパサッと首にかかった。
校内だとこれでいいけど、このあと下校するときはこの髪型は暑ちそう。
帰るときはお団子にしよかと考える。
あしたから夏休みだ。何しようかなと思いながらスクールバッグからスマホを取りだした。
とりあえずユーチューブを見てみる。
水音のひたすら流れる動画がおすすめに出た。
アイコンの涼しげなデザインに引かれて聞く。
ぽちょん、ぽちょん、と水滴のたれる音が、トンネルの中のような場所で反響した感じの音。
涼しいといえば涼しいかな。ビミョー。
同じチャンネルのべつの動画を聞いてみる。
ザバザバとはげしく水の流れる音、雨の降る音、深海にしずんでいくような音。いろんな水音つくってるんだなと感心する。
「しずく、帰んないの?」
友だちが向かい側からスマホをのぞきこむ。
「外、暑っちいからひと休みしてから」
雫は答えた。
教室内では、ほかの生徒がバタバタと出入りし、それぞれにスクールバッグを肩にかけて教室を出ていく。
「夜んなっても暑いよ?」
友だちがガタガタとイスを引き、まえの席にすわった。
「なんの動画みてんの」
友だちがあらためてスマホ画面をのぞく。
「なんかひたすら水音が流れるやつ」
「あー、あたしもちょくちょくそういうの聞く」
友だちがスクールバッグから食べかけのメロンパンを取りだす。
「食べる?」
言いながらガサガサと丸めて閉じていた開け口の部分を開ける。
「おいし?」
「ミマザキのやつ。いま凝ってんの」
「ん」
雫は手を差しだした。
友だちが少しちぎって雫に手渡す。
雫はスマホ画面の水の流れるAI動画を見ながら口にはこんだ。
「うめ」
「うめえべ」
友だちがメロンパンを咀嚼しながら返す。
「いくらこれ」
「税込み百円だったけど、さいきん値上げして百十円になった」
「それでもやす」
雫は飲みこみながらそう返した。
「数学の先生がさ、まえの学校にあった七不思議の話してたじゃん」
「いつ?」
雫はスマホ画面を見ながら尋ねた。
「このまえ微分積分のぅにょーんって曲線書いてるとき。いなかったっけ?」
「サボった日かも」
スマホ画面を見ながら答える
いくつかの水音の動画を数秒ずつ見たが、けっきょくはじめの水滴が落ちる音に落ちついた。
音量を上げると、ぽちょん、ぽちょんという音が大きく響く。
どこからの音、というふうに教室内にいた二、三人の生徒がこちらを見た。
音源が分かると、「なぁんだ」という表情でスクールバッグを肩にかけ教室から出ていく。
やがて教室内は雫と友人の二人だけになった。
しんとなった教室内に、水音がぽちょん、ぽちょんと続く。
「あれさ、ほんとうはうちの学校の七不思議って話。うちの学校って言うとなんかいろんな方面がうるさそうだから、べつの学校って言ったみたいな」
「先生も気ぃつかうね。ぜったいなりたくね」
雫はスマホ画面を見ながらそう返した。
「文科省なんか貧困調査までするんだっけ?」
「それまたべつの話じゃね」
雫はそう返した。
「プールに落ちて死んでた女子の話してたじゃん。あれ、じっさいはうちの学校の中庭の池って話。お姉ちゃんから聞いたことあったんだよね」
「お、ここの先輩のお姉ちゃん。帰ったらよろしくゆっといて」
「ゆっとく」
友だちがメロンパンを食べ終え、パッケージのビニール袋をバカていねいに折りたたむ。
「その女子、中庭に出ててさ。友だちが三階の窓から声かけて、やほーって手ぇ振り返したと思ったら、いきなり池にダイブしてそのままバシャバシャッてクロールしはじめたんだって。――んで、三階の友だちがびっくりして中庭に降りていったら、もう池に浮かんで死んでたって」
友だちが声をひそめる。
「なにそれ。ホラー」
「七不思議ってホラーじゃん」
友だちがそう返す。
ユーチューブから流れる、ぽちょん、ぽちょんという水音がつづく。
「それ以来さ、その女子の霊がひそかに校内をウロウロしてるって話」
ぽちょん、ぽちょん。
ぽちょん、ぽちょん……ぽちょん。
「あれね……むかし死んだ水泳部の子の霊にとり憑かれたの。……水苔が入った緑の水いっぱい飲んじゃって……おいしくなかった」
ぽちょん、ぽちょんという水滴の音にまじって、かぼそい女の子の声が聞こえる。
「え? なにこれ。ホラー声まで入ってんの?」
雫は動画を十秒ほど戻してみた。
こんどは何も入っていない。ひたすら水滴の落ちる音が響くだけだ。
「水苔とか聞こえたよね?」
「聞こえた」
雫は友だちと顔を見合わせた。
終