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水が増えていく怪談  作者: 路明(ロア)
温泉 おᖾㄝᖾ

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AI温泉

 お盆のすこしまえに彼氏と別れた。

 浮気してたので「もういらない」とふってやったのだ。


 そのまま会社がお盆やすみに入ってしまったので仕事で気をまぎらわすわけにもいかず、水口 蘭花(みずぐち らんか)はふらりと旅行に出かけてしまった。

 一人暮らしなので、数日帰らなくてもだれも心配しない。

 帰りたくなったら帰ればいいし、手持ちのお金がなくなれば最寄りのATMに行けばいい。

 電車をてきとうに乗り継いで、終点まで乗ってみる。

 陽がしずみ暗くなったころで田舎の観光地っぽい街にたどりついた。


 駅名標を見ると、聞いたことがある地名のような。

 温泉街じゃなかったかなと思う。


 きょうはここに一泊かなと考えながら電車を降りた。


 周囲の景色はしずかな田舎街という感じだが、駅は近代的でむだに大きい。

 広いロビーに、いくつか入っているテナントの店。

 一角に、ガラス張りのスタッフルームのようなところがあり、「観光案内所」とフロア案内版がある。


「すみません」


 蘭花(らんか)は観光案内所に歩みより、ガラス窓の向こうのスタッフに話しかけた。

 年配の女性スタッフが、すぐに席を立ちこちらに歩みよる。ガラッとガラス窓を開けた。


「はいはい」

「この辺で泊まれるホテルとか旅館とかありますか?」

 蘭花は尋ねた。

「きょう……飛びこみですか?」

 女性スタッフが、やや困ったような顔をする。

 よくよく考えてみたら、お盆やすみのシーズンだ。旅館やホテルの部屋など埋まっているだろうか。

「あの、ビジネスホテルとかでもいいです。べつにこだわってませんので」

 そうつけ加えてみる。


 駅のロビーのガラス張りの部分から外を見る。もうすっかり暗くなっていた。


 いまからもうひと電車乗ってってしんどい気がする。

 泊まるところがどこにもなかったら、この駅のベンチで一泊イケるかななどと考えた。


 女性スタッフが、かたわらのデスクにあるPCのマウスを動かす。

 ややしてからすぐ横にある固定電話で電話をかけはじめた。

 地域の旅館やホテルに問い合わせてくれているのか。

 蘭花はとくに期待もせずに駅内のイートインスペースのイスをちらりと見た。



「空き、ありますって。旅館みなかみってところ。ちょうど数日まえにキャンセルが出たって――予約します?」



 女性スタッフがこちらに来て告げる。

 あったんだ。すっかりイートインスペースで一晩をすごすさみしい自分に酔おうかと思ってたのにと肩すかしを食らった気分になるが、自分から尋ねておいて断るわけにもいかない。

「キャンセルしたの同じ若い女の人だから、あちらも対応変えなくていいから嬉しいって」

 女性スタッフが持ってきてくれた料金表を見ると、値段もそう高くはない。

「じゃあ、ここにします」

 蘭花はそう答えた。




 タクシーに乗って行くところかと思いきや、駅から歩いて十分ほどの旅館だった。

 案内された部屋は一人か二人連れ用の部屋なのか、あまり広くはない。

 その代わり、部屋に風呂がついている。

「このお風呂、これも温泉ですか?」

 蘭花は風呂の入口の木製の戸をカラッと開けた。清潔な脱衣場がある。

「温泉です」

 案内してくれた中居の女性がにっこりと答える。


「さいきんは大浴場とかあまり使いたがらないかたもいるので、去年改装して全部屋にお風呂をつけたんです」


 中居が説明する。

「へえ……」

 旅館もたいへんだなと思う。

「AIでぜんぶ調整してくれるお風呂ですよ。湯加減も調整して水を足してくれたり、あと話しかけてくれたり。だから一人で訪れる人もここのところは多くて」

「話しかけてくれるんですか?」

「うるさければタッチパネルで音声切れますから」

「へえ……」

 いろいろ技術が進歩してるんだなとおどろく。


「ああ、ただお客さん飛びこみだから、キャンセルしたお客さんの情報で話しかけてくるかも。あとで変えておきますね」


「えぇ……はい」

 そんなこともできるのか。蘭花は興味津々で風呂場をのぞいた。




 中居の女性からはAIに新しい情報を入れるのですこしあとにしたほうがいいと言われたが、蘭花は興味がおさえきれずさっそく風呂に入った。


 温泉独特の硫黄の匂いがする。

 たしかに温泉だ、と思う。

 洗面器で汲んだお湯を全身にかけ、さっそく湯船に入る。


「は━━━━気持ちいい」


 思わず声が出た。

「気持ちいいね」

 タッチパネルのすぐ横のあたりから女性の声がする。

「うん、気持ちいい」

 蘭花は答えた。なんか友だちと来てる気分。

「また会ったね」

 女性の声が言う。

 キャンセルした女性は、ここにたびたび来ている人だったのか。

 なんでキャンセルしたんだろと思いながら天井にのぼる湯気を見上げる。


「まえは彼と来たんだ」


 蘭花は眉をひそめた。

 失恋した女友だちと来ている設定なんだろうか。それとも自分が失恋した設定。

 変わった人だなと思うが、AIがそのセリフが最適と判断したってことか。

「彼、どうしたの?」

 蘭花はくすくす笑いながら話を合わせてみた。



「浮気してたの」



 うわ、生々しい。

 というか自分と同じ身の上じゃんと複雑な気分になる。

「そか。わたしも彼、浮気しててさ。会社の先輩とだったんだけど」

 蘭花はアハハと苦笑いを浮かべた。


「浮気してたの。蘭花っていうあたしの後輩と」


 蘭花は、スッと青ざめて浴室を見回した。

 自分の名前はそう多い名前ではないと思うが。ぐうぜんかな。

「結婚しようって言ってたのに。あてつけに線路に飛びこんでやった」

 蘭花はもういちど浴室を見回した。

 そういえば彼の浮気相手の先輩は、温泉旅行が好きだと話してたような。


 ぐうぜんだと思うけど、いくらなんでも言うことが毒々しい。音声消そうかな。

 タッチパネルのほうを見た。



「死ぬまえにいつも行ってた温泉旅館、キャンセルしなきゃならなかったけど……行きたかったな」



 蘭花は、鳥肌を立てて湯船から飛びだした。

 脱衣場を駆け足で抜け、びしょぬれのまま部屋にもどる。

 たたみにしずくがしたたった。


 たしかに先輩はお盆やすみのまえから欠勤してたけど。



 動揺で息を切らしながら、ぐうぜんだよねと自分に言い聞かせた。




 終





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