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どちらの逃げ水

 午前十一時すぎ。

 水見 涼(みずみ りょう)は、スーパーの駐車場のはしのほうに社用車を停めた。

 営業先のとある企業への訪問を終え、すこし早い昼食がてらひと休みしようと車から降りる。


 過ごしやすい季節ならコンビニ弁当を買って車内で食べ、そのまま車内で仮眠ということもできるのだが、暑い季節はそんなわけにもいかない。

 シャツの胸元をつまんでパタパタと首に風を送る。

 たしか制汗スプレーが切れてた。スーパーで愛用のやつ売ってたらあとで買お。

 そんなことを考えながら周囲を見回す。




 あまり来たことのない界隈なので、どこに食事のできる店があるのかよく分からない。


 郊外のさらに人口の少ない地域のせいか、付近を歩いている人もさきほどから見かけない。

 これが街なかだと人の流れで何となく食事のできるところが分かったりするのだが、これではムリだなと思う。

 

 手にしたカバンを開け、スマホを取りだす。


 付近の店を検索しようとしたが、日光が明るすぎてスマホの画面が見づらい。

 車内で検索すりゃよかったと思ったが、ふたたび乗りこんで熱せられたシートに座るのもかったるいしと思う。

 スマホに手をかざして影をつくり、なんとか画面を見た。


 すぐ近くに昭和レトロっぽいカフェがある。創業してずいぶん経つところらしいが、クレカかせめてプリカ使えるかなとすこし思案する。


 現金も念のためいくらかは持ち歩いてるし。会計に時間かかってヤだが、食事ができないわけじゃない。

 きょうはそこにするかとマップを見ながら西の方向に歩きだした。




 スーパーの裏手の生活道路に入り、ブロック(べい)のつづく細い道を歩く。


 けっこう築年数の経った家が多いという印象だ。

 広めの庭に、鬱蒼(うっそう)とした大きな庭木が何本もという家が多い。代々住んでいるような家が多いのか。


 おかげで森か林にでも入ったように涼しい。

 風が吹くたびに木々がさらさらとゆれるので、視覚効果もあってありがたい。


 しばらく行くと、敷地を区切る塀や門すらなくそもそも居住する人がいる土地なのかよく分からない箇所が増えはじめた。

 庭木とともに放置された私有地なんだろうかと思うようなところもあれば、木々のずっと向こうに寺か神社のような建物が見えてそこの敷地なんだと分かるところもある。

 材木が積んである場所は、工務店か何かの資材置き場か。


 ほんとにこっちでいいんだよなと(りょう)はまわりを見回した。

 さきほどから通る人もいないので、道を聞くこともできない。



 遠くのほうまで見渡すと、百メートルほどさきにハローブルーの建物が見える。

 窓をかざる植木が、中途半端にヨーロッパをまねたような雰囲気。


 アンバランスな和洋折衷(わようせっちゅう)さというのが昭和ふうだと涼はイメージしていた。

 平成中期の生まれなのでよく知らんけど。

 

 スマホで外観をたしかめる。

 あの建物のようだ。 

 そちらの方向に早足で向かう。

 マップではもう少し近そうな印象だったが、まあこんなものか。

 道のわきの敷地からのびた繁みの横を通り、ハローブルーの建物の五十メートルほど手前までさしかかった。


「え……あれ?」


 立ち止まる。道が二手に分かれていた。

 どちらも同じくらいの道幅の生活道路。

 さきのほうに同じように大きな水たまりがあり、喫茶店らしき建物は両方の道のさきに同じようにたたずんでいる。

「え……どっち?」

 涼はスマホで確認した。

 一号店と二号店という感じなんだろうか。

 というか、あの大きな水たまりは何だ。付近の住人が水まきでもしたのか。


 とりあえず当てずっぽうで右の道を行く。

 しばらく行くと、水たまりは道のさきに移動した。


 ああ、逃げ水。涼はそう思った。


 暑いもんなと思う。実物見たのははじめてだけど。

 さらに行くと、水たまりはまた先に移動する。

 喫茶店の建物に近づいていくと、すこし高台になった場所に建っていると分かった。

 ゆるい勾配の坂をのぼり、たどり着いたハローブルーの建物のドアをおそるおそる開ける。



「いらっしゃいませ」



 カランカランとベルの音がして、エプロンをつけた女子大生ふうの女性店員がそう声をかけてくる。

 店内を見回すと、ネットにあった通りのレトロな昭和ふうの内装だ。

 こっちでよかったのか。

 涼は思わず笑みをこぼした。

 「あちらの店は何ですか、二号店とかですか」と尋ねようとして、涼は向こうに分かれた道のほうを見た。

 高台になっているので、向こうの道も一部見える。


 向こうの道は。



 建物まえの大きな水たまりから白くほそい手が無数に湧き、空中の何かをつかもうとするようにニョロニョロニョロニョロと(うね)っていた。



 終





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