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水が増えていく怪談 【夏のホラー2025】  作者: 路明(ロア)
ポットの水 ぽっ೬၈みव"
19/31

レインマン✕サニーレディ ②

 彩乃(あやの)は、(いつき)のシャツのポケットに差しこまれたペンを見た。

 小さなてるてる坊主の飾りがついている。

 彩乃がプレゼントしたものだ。


 別れたあとも使ってたんだ。


 ケーキセットが運ばれてくる。

 猫のビスケットが乗っているケーキがムダにかわいい。

 彩乃はスプーンを手に持ち一口めをすくおうとした。

「あ……」

 斎が制止するようにこちらに手をだす。

「なに?」


「ちゃんと果物を裏返してカビとか調べないと。クリームとかも悪くなりやすいからまず色や匂いを確認してから。何でおまえはそうズボラなん……」


 彩乃はため息をすいてスプーンを置いた。

「斎のそういうところがイヤで別れたの」

「そう言ってたっけな、悪い」

 斎がそわそわと腕時計の位置をなおす。


「ずっと海外に行ってたんだ」

「仕事で?」


「うん」

 彩乃が尋ねると、斎はそう答えた。

「保険会社の職員が海外に行く仕事なんてあるの?」

「保険会社は辞めた。いまは農業資材をあつかう企業にいる」

 彩乃はゆっくりと目線を上げた。


「どんな経緯? ぜんぜん違うと思うんだけど」 

「海外で農業指導をする部署があって」


「ああ……」

 彩乃は相づちを打った。

 事務仕事と、現地の人たちとのコミュニケーションが仕事の中心というところだろうか。それならまあ納得だ。

「雨の少ない地域で重宝されてる」

「そう」

「いまはほとんどが砂漠って地域に行ってる。――二週間後にまた行く予定だけど」

「へえ」

 彩乃は運ばれてきたアイスコーヒーを飲んだ。


「ああいう地域ってよく知らないけど、暑いでしょ」

「……俺の行く先々で雨が降ってる」


 斎がしずんだ声で答える。

 彩乃はアイスコーヒーのストローをくわえながら眉をよせた。



「このまえは、とある村で百年ぶりに降ったと大さわぎされた」



 彩乃の眉がますますきつく寄る。

「奇跡の男と言われてめずらしがられた……」

 斎が両手で頭を抱える。


「いまの仕事に就いて、はじめは雨男の俺が生まれて初めて必要とされたんだって喜んだ」


 斎がうつむいて続ける。

「そのせいか知らんが、どんどん行く先々で激しい雨が降るようになった。一ヵ所に三日も滞在してるとえらいことになる」

 アイスコーヒーの氷がカラカラと鳴る。


「このまえ行った地域では、とうとう大洪水を起こしてしまった……」


 斎がテーブルに(ひたい)をつけそうなくらいに顔を伏せる。

 まじか、と彩乃は内心で突っこんだ。

 そういえば、海外のどこだったかで大洪水のニュースがあった気がする。

 砂漠ばかりの地域っぽいからピンとこなかった覚えが。


「雨季だったんじゃ」

「いや……乾季のどまんなかだった」


 彩乃は無言でアイスコーヒーをかきまぜた。

「それで、思ったんだ」

 テーブルにつっぷしたまま斎が切りだす。

「俺には、強力な晴れ女が必要だと気づいた」

 斎が顔を上げる。



「彩乃」



 斎がまっすぐにこちらを見る。

 顔立ちだけは整っている斎は、真顔になるとやはり見ごたえがある。

「おまえが必要なんだ」

 つぎにくる言葉を予感して、彩乃はあわてた。


「……斎」

「頼む!」


 斎が、和式のおじぎをするときのようにテーブルに両手をつき頭をさげる。

 斎の大きな声におどろいて、周囲のテーブルにいた女の子の何人かがこちらをふりむいた。

「ぜったいに家事がどうのこうのと言わない。いや、食中毒になりそうな範囲は言うかもしれんが、できるかぎり口は出さない!」

「斎……」

 彩乃の心臓が速くなった。

 顔が紅潮しているのが自分で分かる。

 わ、別れたのにどうしよう。

 まだ好きだけど、でも。



「い、斎。あのでも待って」

「彩乃、俺といっしょにンガウンデレに来てくれ!」



「どこそれ」


 彩乃はふいに真顔になった。

 斎も真顔で見返す。


「旅行会社にいるのに知らないのか」

「あたし国内担当だもん」


「ンジョブディが(おこ)した街で、先住民はムブム族。ンガウンデレから砂漠つづきのンジャメナを数ヵ月ごとに移動してる。有名なンゴロンゴロ自然保護区とンドゥトゥ湖は似たような地名でも数日かかる距離なんだが」

「日本語で説明して」


 斎はため息をついた。

「……ここのところ現地の少数民族の言葉ばかり使ってたから、日本語の勘がいまいち戻らなくて」

「どうやって覚えるのそういう言葉」


 外の雨がすこし小ぶりになった気がする。

 まだ止んではいないようだが。


「仕事しながらいろいろと考えた。やり直せないかなとか、もうだめかなとか、いい服着てデートしても足元がいつも長靴じゃ申し訳ないとか」

「ああ……毎回ほぼそんな感じだったね」

 彩乃はアイスコーヒーをストローでカラカラとかき回した。

 いちどドキドキした心臓が、漫才みたいなやりとりで萎えてしまった。


「またいっしょに住んでも、いちいち洪水起こして定住できないようになったら申し訳ないとか、床上浸水が心配だからぜったい一階には住めないなとか、そうなると家賃が少々上乗せされるとか」


「一階に住んでる人の心配してあげなさいよ、ちょっとは」

 彩乃はアイスコーヒーをかき混ぜながら突っこんだ。

「カビが生えたものを毎日のように捨てさせるのも申し訳ないし」

「そうだね」

 彩乃はそう答えた。

 斎と住むまで、カビをあまり見たことなかった。

 はじめはついまじまじと観察して、いろんな色のものがあるとかフワフワしてるものがあるとかないとかムダ知識を増やしてしまった。


「逆に俺は、乾燥したものをそのままてきとうにぶっこんで煮込んだ料理というものを初体験したし」

「……悪かったね」


 彩乃は眉をよせた。

「あたしたち、やっぱり合わないんだと思う」

「でもおまえといるときだけ雨がやんだり弱まったりするんだ」

 斎がそう返す。

「ここで会ったのも、やっぱり縁があるんだと思う、彩乃!」

 斎はもういちどテーブルに突っ伏した。



「結婚してください!」



 周囲のテーブルの女性たちがいっせいにこちらを見る。

 外は天気雨が降っていた。



 終





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