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水が増えていく怪談 【夏のホラー2025】  作者: 路明(ロア)
ミネラルウォーター みねᣡᵹ੭ੇぉたぁ
15/31

冷たい毒飲料をどうぞ ②


「はじめは美緒(みお)さんが自然死してくださるのをここでじっと待っておりました。しかしなかなか死んでくださらない。そこで思いきってお友達に協力していただきました」


「は?」

 美緒は眉をよせた。



「先日いらっしゃったお友だちの女性にとり憑いて、ミネラルウォーターに毒を盛らせていただきました」



 美緒は無言で首だけでふりかえり、さきほど飲んだミネラルウォーターのペットボトルを見た。

 倒れた拍子に床に落ち、のこりの水が床にこぼれている。

「どういうこ……」

 思いきり混乱する。


 自分はいまいったいなにに巻きこまれているのか。


「正直、毒の入手には苦労いたしました。私が勤務していた宇美山商事であれば、毒物のひとつやふたつ法の網をぬけ輸入するのは造作もないのですが、美緒さんのお友だちは携帯ショップの店員さん。どうにか足のつかない毒物の入手経路はないものかととり憑きながら考えましたところ、通勤途中にとある植物を発見いたしまして。わたくしはこの植物のオレアンドリンなら致死量は青酸カリよりもごく少量で済み、いけるのではないかと」



「うるさいわ!」



 よく分からん講釈をたれられてるあいだに美緒はじわじわと理解した。


「つまり殺人じゃないの!」

「まことに申し訳ないと思っております」


 初巳(はつみ)は握りこぶしを(ひざ)の上におき、ふかぶかと礼をした。

「あたしの友だちが殺人に問われたらどうすんのよ!」

「そのあたりは抜かりありません。とり憑いているあいだにきちんと証拠隠滅をしておきました」

「そういう問題じゃないわ!」

「まことに申し訳ありません。何とぞ体を」

「いいわけないでしょ!」

 美緒は自分の死体のまえに立ちふさがった。


「バカじゃないの。もう死んでる体でしょ。使えないでしょ!」

「いえ、ところが、死んだ本人でなければ人形にとり憑くのと同じ要領で体を使えると、よそのアパートに住居する霊からアドバイスをいただきまして」


「それじゃゾンビじゃないの」


「ええ、まさしく。長くは保たないとのことなのですが、いますぐ商談に行く程度なら使えるかと」

「ムリムリムリムリムリムリ!」

 美緒は自分の死体をガードするように両腕をブンブンとふった。




 それから数日のあいだ、美緒は自分の死体のまえにじっと座りつづけた。


 幽霊なので疲れることはないが、このままではおちおち成仏することもできない。

 初巳は(すき)をみては美緒の体に入りこもうとし、美緒にじろりと睨まれて断念していた。


 これ、いつまで続ければいいんだろう。


 このままではこの部屋は、幽霊二体が睨み合う激レアな事故物件になってしまう。


 何日も過ぎたので、体はすでに腐乱していた。

 軽いドライアイに悩んでいた焦げ茶色の眼球はかわいて白くなり、口は端から形がくずれて中が黒くなっている。

 生きてこの場にいたら、きっと臭いもすごいんだろうなと思う。

 会社も無断欠勤になってるだろうし、そろそろ誰かが様子見に来るかも。


 部屋、片づけておけばよかった。美緒は室内を見回した。


「ひとつ聞きたいんですけど」

「何でしょう」

 初巳が姿勢をただす。


「ここの部屋であんたが死んだってことは、ここ事故物件だと思うんですけど。わたしなにも聞いてないし、家賃もほかの部屋と同じだったんですけど」


「疑問はごもっともです」

 初巳がうなずく。

「正確にいうと、美緒さんとわたくしのあいだに一カ月ほど住んだかたがいました」

 初巳が説明する。

「なので、美緒さんに告知する義務がなかったのではないかと」

 都市伝説でよく聞くけど、そういうのマジだったんだ。


「殺すの、その人にすればよかったじゃない」

「それが……」


 初巳が口ごもる。

「その、いわゆるキモオタですか? ああいった外見のかたでしたので、わたくしとしてもそれはちょっとと……」

「はあああああ?!」

 美緒は声を上げた。



「それで女性の体を乗っとろうって?! はじめから思ってたけど、あんたいやらし過ぎんのよ!! 商談に行きたいだけが目的じゃないでしょ!!」



「ほんとうです。ほんとうに商談に行きたい一心だったんです」

 初巳がたたみに手をつく。

「だいたい、そこで毎日あたしの私生活をのぞいてたわけよね!」

「のぞいていた訳ではありません。まっすぐ目の前でしたから」

 初巳が大真面目に答える。



「それで、まっすぐ見てなにしてたのよ!! 答えろ変態幽霊!!」



「はじめに説明しましたとおり、死んだのでそんな性欲はありません。着替えのときなどは、申し訳ないのでうしろを向いていました」

 初巳がぶんぶんと手をふる。


「わたくしのいた宇美山商事は、セクハラに関する教育はそれはもう徹底しておりまして」


 初巳がそうつづける。

「セクハラに問われそうなものが少しでも目に入りそうになったり手に触れそうになったら、条件反射的に回避する習慣が染みついております」

 な、なんだそれ。

 それはそれでなんか悲しいっていうか。美緒は鼻白んだ。





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