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アジサイ消滅 ③

 笠居(かさい)のスマホを返す手がふるえる。


「ムーミンのにょろにょろって……クラスター爆弾の子弾とか、そういうんじゃ……」


「え……」

 (あや)は笠居の顔を見た。

「そんな。ニュースではクラスター爆弾なんて書いてませんでしたし」

 とはいえ、そういう方面にくわしくないので確証はない。



「あの、さっきから思ってたんですけど……なんでここの部屋だけ無事なんですか?」



 話題を変えようと彩はロッカー室内を見回した。

 周辺はほぼ更地になったのに、この部屋の壁にはヒビひとつ入っていない。


「ああ……まえに核シェルターのセールスがきてて」


 笠居が答える。

 核シェルターって飛びこみのセールスで来るものなのか。彩は眉をひそめた。


「いつもなら二千万円のところを特別に六百万円にしますというんで、じゃあ、ってここだけ」

「は?」


 返答に困る。

 核シェルターの相場は知らないが、直感的にボラれてる気がする。

 しかも半地下の核シェルターってあるんだろうか。地下とかではないのか。

 耐久性はじゅうぶんだったが。


「それなら自宅とかに作ったほうが。なんでロッカー室兼事務室なんですか」

「自宅に作ると妻にバレて、無駄づかいだって怒られるかと思って」


 彩はあきれて口を半開きにした。

 それで従業員の荷物だけ守ってどうするのか。


「ともかく自宅の様子が知りたいな。外、出られるかな」


 笠居が出入口のほうを見る。

「出るだけならまあ、かんたんでしょうけど」

 彩もドアのほうを見た。

「空気の安全性とか治安とか有毒ガスとか、ちょっと怖いですよね」


 ネットで情報収集しようと検索バーをタップする。


「あ、もう検索してもなにも出てこない……」

「え、充電?」

 笠居がコンセントの差しこみ口を指さす。

「うちの使っていいよ」

「停電してるんじゃあ……」

「ああー、そうかあ」

 笠居が頭をかかえる。

 そのときだった。



「生きてる人いませんかあ! 誰かいませんかあー!!」



 さわやかな感じの若い男性の声がする。

 彩は、笠居と顔を見合せた。

 出入口のドアに駆けより開ける。二人で同時にドアの外をのぞいた。


 ドアの数メートルほど先に、高校生くらいの男子がいる。


 こちらに気づくと、駆け足で(えぐ)れた土台の手前まで来た。

「生存者ですか?」

 男子高校生が明るい笑顔で問う。


「きみどうやって生きのびたの?」

「外って、歩いて大丈夫?」


 彩と笠居は同時に尋ねた。

「ここまで歩いて来るあいだ治安は大丈夫でしたよ。生きてる人がほとんどいないから、治安以前というか」

 男子高校生が人なつこい笑顔で答える。

「どこから?」

「ああ、となり町から」

 高校生がとなり町の方向を指さす。

「空気とか大丈夫?」

 彩はそう尋ねた。


「ああ……それは考えなかった。とりあえず、ここまで来るあいだはとくに体調に変化はありませんでしたけど」


 彩は笠居ともういちど顔を見合せた。

 ともかく、いつまでもここにいるわけにもいかない。

 核シェルターらしきものとはいえ、食糧も常備していないのだ。

「いまここから降りるから待ってて」

「はい」

 高校生がそう返事をする。


「ずっとそこにいたんですか?」

「え? うん」


 彩は答えた。

「じゃあ、降りたら驚くかな」

「え?」

 彩はバッグを肩にかけた。

 出入口から足を投げ出すようにしてすわり、腰の位置を少しずつずり落ちさせるような形で下に降りる。

「よっ……と」

 つづけて笠居も降りる。



 高校生の見ていた方向に、何人かの人が集まっていた。



 花束をそなえているようだ。なかには目頭をおさえている人もいる。

 べつの方向から、三十代ほどの女性と小さな女の子が歩みよった。

 やはり花束を持っている。


涼子(りょうこ)美雨(みう)ちゃあああん」


 笠居がさきほどの強烈な猫なで声で女性と女の子のほうに駆けよった。

 あれが奥さんと娘さんか。無事だったんだと彩がホッとしたのもつかのま、笠居の娘はとつぜん火がついたように泣き出した。



「うわあああああん、パパの生存者がいるぅぅぅ!!!」



 母親がとっさに(ひざ)をつき娘を(かば)うように抱きしめた。


「あ、あなた、そこにいるの? だめよ、この子は死んでるの。迷わず生存して!!」


 彩は目をぱちくりとさせた。

「え? あれ?」

 高校生の顔を見上げる。


「言ってることなにかおかしくない?」

「そうなんですよ。僕もびっくりしたんですけど」


 よく見ると、数メートル向こうに集まっている人たちは彩の友人と姉だ。

 友人たちは両手で顔を覆いながらむせび泣いている。


「彩……かわいそう。こんなところで生きちゃうなんて……」


「は?」

「たぶんなんですけど」


 高校生が苦笑する。



「生きてる人間より死んだ人間のほうが多くなっちゃったんで、価値観が逆転しちゃったのかなとか」

「は?」



「死んでいる側が幸福、生きている側が不吉で不幸だという感じに」

「な、なんでそんなことになってんの」


「僕もよく分からないですけど、人間って多数派のほうが正しいと思いがちじゃないですか」


 高校生が明るく笑う。

 しれっと深いこと言ってる場合かと彩は困惑した。


「俺もとまどいましたよ。ここに来るまでのあいだ “キャー生存者! 出たー!” って、逃げられたり腰抜かされたりして」


 よくよく見たら、彩の友人も姉もそして笠居の妻子も、みな半透明だ。

 焼け焦げた地面に置いてある花束も半透明。

 彩の姉は涙をこらえながら直立していた。

 学生時代、女子バレーボール部の部長だった姉は男勝りで姉御肌だ。


「みんな、きょうは彩のためにありがとう。生きてしまった彩のためにも、みんなあの子の分まで死んでね!」


 むだに凛として言う。

 友人たちはそれぞれに号泣しだした。

「もちろんです。わたしたち、彩のぶんまでせいいっぱい死にます!」

「な、なに言ってんの」

 なんともいえない脱力感で、彩はその場にしゃがみこんだ。

 ふと見ると、笠居が娘のまえに正座して涙を流している。



「美雨ちゃん、ちゃんとママの言うこと聞いて立派に死ぬんだよおお。パ、パパは……残念ながら生存しちゃったけど、美雨ちゃんのこといつまでも地べたから見守っているからねええええ!」



 すごい順応力。経営者ってたくましいな。彩は妙に感心した。

「パパぁ! 美雨を地べたから見ててね!」

「あなた……」

 娘の横にひざまずいた母親が、半透明のハンカチで涙をぬぐう。

           

「……あとどうすればいいの」


 彩は口元をひきつらせた。

「俺としては、生存者だけ集まってどこか一ヵ所に住めないかと。食糧の問題もあるし」

「……生存屋敷とか言われて、肝試しの幽霊がきたりしそう」

 彩は眉をよせた。

「ああ、ありそう」

 高校生が、ははっと笑う。


 顔にまとわりつくような小雨が降りつづいている。

 あらためて見渡すと、町のあちこちに半透明のアジサイが咲きほこっていた。



 終





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