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逃げ水が逃げない

 電車の中でスマホを取りだし時刻を見る。

 午前七時四十分。

 通勤時間帯だが、夏なのですでに暑い。


 水無口 沙紀(みなぐち さき)はローカル線の電車の運転席のすぐうしろに立ち、運転席越しに線路をながめた。

 目の前では運転士がマスターコントローラーのレバーをときおりクイッと動かしている。


 線路沿いにある生活道路や店舗を見やると、暑そうに(ひたい)をぬぐう人を見かけた。

 

 朝から暑いもんな。見ているだけでうんざりする。


 きょうはとくに暑い。昼間はもっと暑くなるんだろうか。

 内勤だからいいものの、外回りなら制汗スプレー必須だ。

 運転席窓から見える線路沿いの景色は、よくみるとゆらゆらと陽炎(かげろう)が立っている。


 ますますうんざりする。


 降りたあとは、またあのサウナみたいな中を歩くのか。

 凝ったシニヨンに結った髪がくずれていないか、片手でさわって確かめる。

 せめて涼しいことを考えよう。


 お盆休みには、北海道に行く予定だ。


 北海道出身の友だちが、行かないかと誘ってくれた。

 現在は友だちの実家はそちらにはないそうだが、観光として行こうと思っていたとのことで、案内してくれるそうだ。


 旅行なんてかなり久しぶりだ。大学の卒業まぎわにべつの友だちと行った鎌倉以来か。


 新幹線だと四時間ほど。

 飛行機だとすこし値が張るが、一時間半ほどだとネットにあった。

 早期予約だと割引になる可能性もあったが、直前に決めたのでそこはムリなようだった。


 迷ったが、飛行機に乗ってみたいと友だちに告げた。

 

 海外旅行はしたことがないので飛行機は初めてだ。

 こわがる人もいるが、自分はあまりそうは感じない。好奇心のほうが上だ。

 北海道に行ったことはないが、ラベンダー畑を吹き抜けるさわやかな風を想像してみる。

 ゆれるうす紫の花の群れ、落ちつく花の香り。



 あー涼しい気分。



 電車はガタンガタンガタンと音を立てて、直線がつづく線路にさしかかる。

 どこまで行ってもあいかわらず陽炎の立っている見ているだけで暑そうな景色だ。


 電車の行く手に、線路を横切る大きな水たまりがあった。


 周辺の景色やイヤになるほど晴れわたった空が、鏡のようにきれいに映りこんでいる。

 

 あんな大きな水たまり。雨とか降ったっけと沙紀(さき)怪訝(けげん)に思った。

 ここ数日、雨が降ったおぼえはない。

 駅までの道も、ずっとカラカラに乾いていた。


 近くで水道管でも破裂したとか。


 沙紀は水たまりの付近を目でさぐった。

 それらしき騒ぎが起こっているふうではない。

 水たまりの付近をあるく人たちは、足元を気にすることもなく水の上を行き来している。

 水が弾けるのすら気にならないんだろうか。

 もしかしてオカルト現象。

 すこしワクワクして、スマホを取りだす。

 SNSに画像つきでポストしようかと思ったが、その前にいちおう検索してみた。


 

 逃げ水。



 検索すると、そんな言葉が出てきた。

 あーなんだ。

 ふつうにあることなんだと拍子抜けする。


 強い日差しで地面が熱せられ、その上の空気との温度差によって光が屈折し、まるで水があるように見える蜃気楼の一種。


 早まってポストして恥かかなくてよかった。


 ふーん、そうかと沙紀は思った。

 少し残念。バズるとこまで想像したのに。

 スマホを肩にかけたバックにしまう。

 逃げ水、逃げ水。

 言葉は聞いたことがあったけど、あれそうなんだと思いながらながめた。

 ということは、電車が近づいていくと消えるのか。

 そしてそのさきに逃げたようにまた現れる……のかな。

 

 水たまりがいつ逃げたように見えるのだろうと、沙紀はあらたな好奇心で線路を見つめた。

 

 三百メートルくらいさき、まだ逃げない。

 体感でたぶん二百メートルくらいさき。まだ大きな水たまりはさきほどの位置にある。

 

 てきとうな体感だけど百メートルくらいさき。まだある。


 七十メートル、五十メートル。

 けっこうちかくに行っても変化がないものなんだと思う。水たまりはまだそこにある。



 目の前。

 かなり大きな水たまりが、線路をまたぎ横たわっていた。



 とうとう電車が水たまりを踏んで走る。

 え、逃げないじゃん。

 水しぶきも上がらないところは、ほんとうに蜃気楼っぽいけど。

 沙紀は電車の窓越しに水たまりを見送った。


 水たまりに映ったきれいに晴れわたった空。



 そこに、ものすごい勢いで落ちてくる旅客機の姿が加わった。



 たなびく黒い煙。

 バラバラと落ちてくる搭乗客と思われる人々。 

 そのうち一人の姿が、水たまり越しにこちらに落ちてくるように大きく映る。


 あの顔は。沙紀は頬を(こわ)ばらせた。

 


 絶望と恐怖で目をいっぱいいっぱいに見開いた自分だ。



 水面にたどり着くと、まるで地面に激突したかのように水面がゆれ、自分の姿は大きく空にバウンドして水たまりは真っ赤に染まった。


 こんどは電車の後方に水たまりが逃げる。


 見えたのは一瞬だったが、沙紀は足元から鳥肌を立てた。

 


 運転士がマスターコントローラーのレバーをクイッと動かす。

 線路には陽炎が立ち続けている。

 電車はガタンガタンと線路の上を走り続けた。



 終





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