9話 暖かな陽光のさす、この場所で (完)
『黄金の仮面』の成功で、アルベールの名は王都中に響き渡った。それに付随して、レティシアの献身までもが噂になっている。
ある公演後、レティシアとアルベールは劇場近くのカフェを訪れた。
窓際の席に、向かい合って座る。
手を伸ばせば触れられる距離、夕陽が窓から差し込み、レティシアのふわふわのロングヘアを淡い金色に染める。アルベールは、その光を眩しげに見つめた。
彼は煙草を手に持つが、火をつけず、彼女を見つめて静かに切り出した。
「レティ、あの剣を落とした日からここまで来れたのは、あんたのおかげだ。笑いものだった俺を、あんたはずっと信じてくれた」
悪態もない、毒舌もない、柔らかで真っ直ぐな声に、レティシアは瞳を潤ませて「アル……」と呟いた。
ちょうどそのときレティシアが注文していた、彼の好きなシナモン風味の焼きリンゴがテーブルに置かれる。
彼女は小さく切り分けて、それを彼の口元まで運んだ。
「やっとあなたの頑張りがみんなに認められたのね! これからもずっと甘やかすんだから!」
「レティ、これは……少し甘やかしすぎだ」
アルベールが険しい顔をするが、レティシアは意に介さない。
結局、アルベールは彼女の「あーん」を黙って受け入れることになるのだった。
─── ───
レティシアは、焼きリンゴの甘い香りに目を細める。絶対的な幸せがここにはある。
だからこそ、ふと不安が鎌首をもたげてしまうのだ。
「人気脚本家兼俳優になったあなたは、これから色んなところからひっぱりだこになるわよね。華やかな貴族令嬢や女優さんに囲まれて、私のことなんて……」
金髪が肩に落ち、声が小さくなる。
アルベールは煙草を灰皿に置き、糸目を少し開いて、彼女の手を握った。
「何だよ、その心配。……確かに今なら、言いよってくる奴がいるかもしれない。
でも、あの時、何も無かった俺を見て『好きだ』って言ってくれたのは、手を差し伸べてくれたのは、あんただけだ」
彼の手は、その包み込むレティシアの華奢な手より一回りも二回りも大きい。ふくふくとやわらかで、いわゆる「男らしい」手というものからはかけ離れているかもしれない。
それでも彼の手の温もりは、じんと染み渡るように、レティシアの心を安らげる。
「笑いものだった俺を見つけて、俺を俺として見てくれたのはあんたなんだ。
俺は、あんたがいいんだ、レティ」
その言葉は、確かな愛情に満ち、ダークブラウンの瞳が彼女をまっすぐ見つめる。
対するレティシアは、全身が真っ赤だ。
「デレてくれるようになったと思ったら、すごくキザなんだから、あなたって」
「こんな俺も好きだろう?」
「大好きに決まってるじゃない」
レティシアが即答するので、アルベールは満足そうに笑って、ふと懐かしい思い出を思い出してその目を細めた。
「ねぇレティ。実は、あの時のお菓子、食べたかったんだ。あの蜜リンゴタルト、甘い香りが忘れられなくてさ」
甘やかして、くれるんだろう?
アルベールが問えば、レティシアは目を潤ませ、すぐに笑顔を取り戻す。
「ふふ、つくって持ってきてあげるわ。甘やかしに甘やかすから、覚悟しててね」
彼女の声が弾み、ドレスの裾を握りしめる。彼女の目には、カフェの柔らかな光に照らされたアルが、優しく輝く英雄として映る。
「……あなたって温かみがあって、そばにいると安心するわ。舞台でも、ここでも、あなたは私の特別な英雄だもの」
「……ありがとう、レティ。俺にとっても、あんたが特別だよ」
暖かな陽光のさす、この場所で。
かつて孤独な変わり者と孤独な笑われ者だった二人は、穏やかに笑いあった。
これにて、『ぽっちゃり萌え令嬢は 三枚目毒舌男子を沼らせたい!』は完結です。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
ふくよか自己肯定感激低ボーイが猪突猛進型溺愛ガールに振り回されて、ぽっちゃりのまま愛され自信ニキになるのが大好きなので、書いていて本当に楽しかったです!
時間ができれば、この続きを改めて別タイトルにて連載していくつもりです。
ぽっちゃりアルベールの魅力だとか……!
恋人になったつもりだったアルベールと、ファン第一号と認められただけだと思っていたレティシアとの間で一悶着だとか……! 書きたかったのに本編だと十分書けなかったものがたくさんあるので!
もし良ければお付き合いくださいませ!
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