7話 キュートセクシーなアルベール
アルベール・サロートは、劇場近くのカフェで『黄金の仮面』の初稿を書き上げた日から、毎朝同じ席に陣取った。
古びた木製テーブルの上に紙が散らばり、灰皿には吸い殻が積もる。カフェの店主が「お前、最近妙に真剣だな」と笑いながら茶を置くと、アルは「うるせえ」と返すが、その目は原稿に注がれる。
『黄金の仮面』は、貴族たちを嗤う風刺劇だ。
王都の祭りで、貴族ギルバートと仲間の貴族たちは黄金の仮面を被り、民衆に慈悲を装って施しを振る舞うが、その裏で私腹を肥やす。
しかし実際には、これは他の貴族たちも巻き込み失脚させるための罠だった。ギルバートは貴族たちの偽善を次々暴き、「見栄えさえ良ければ誰も気づかぬ」と貴族のことも民衆のことも嘲笑う。
策略が露呈し、ギルバートは仮面を剥ぎ、自らも失脚の危機に瀕する――。
─── ───
数日後、アルベールは原稿を手に劇団へ向かった。楽屋に入ると、さっそくニコラがその姿を認めて目を丸くする。
「おー! アル、何だその紙束?」
「ひょっとして新作脚本の持ち込みか? 見せてみろよ」
更に後ろからジュリアンもひょいと顔を出し、白い歯を見せて笑った。
アルは「見りゃわかるだろ」と差し出す。
ニコラが「『黄金の仮面』? 毒舌全開じゃねえか」と笑い、ジュリアンが「貴族を笑いものにするなんて面白い。やるか」と頷く。
劇団員が「アルが脚本だと?」「笑いものから這い上がったな」と囃す。
案外すんなりと通った脚本に、アルベールは少し驚く。
「ずいぶんあっさりだな、いいのか?」
「実はな、レティシアの嬢ちゃんから聞いてたんよ」
ニコラの言葉に、アルベールは目を丸くした。
「見せてやったら喜ぶんやない?
嬢ちゃん、お前のファン第一号やろ」
─── ───
楽屋を出た出待ち待機場所にいくと、果たしてそこにレティシアは――いた。アルベールの持つ紙束を目ざとく見つけ、「アル、脚本書いたの!?」と目を輝かせる。
「ああ。その……あんたが満足いく出来かは知らないが」
「何だったとしても嬉しいわ……!
読んでも、いい?」
レティシアに原稿を手渡せば、きらきらと嬉しそうな顔で真剣に読み進めていく。しかし、その顔がだんだんと険しくなった。
「――ねぇ、アル。一ついい?」
「ああ、ここまで来たなら、何なりと」
彼女の手がぎゅっと原稿を握りしめた。
「これじゃあ、アルのキュート&セクシーさが伝わらないわ! もっとあなたの魅力が輝くようにしないと!」
そう言って、彼女は拳を振り上げた。
その仕草に、アルベールは思わず「キュート&セクシー……? 何だそりゃ」と吹き出す。
「じゃあ、教えてくれよ、レティ。俺はどうすりゃいいんだ?」
珍しく甘えるような口ぶりでアルベールが尋ねるので、レティシアはドギマギしてしまう。
「いつもみたいにしかめっ面で『……何だ、それは』って返ってくるかと思ってたわ」
「……それ、俺の真似か?」
アルベールは口を尖らせ、ついで思いついたようにレティシアの瞳を覗き込み、にたりと笑った。
「でもあんたは、レティは、『愛らしい俺』が好きなんだろう?」
ローラン様と違って、な。
アルベールは意地の悪い顔でにたにたと笑う。
レティシアはその破壊力に顔から首までを真っ赤にした。
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レティシアが「ギルバートの最後に、民衆に力を残してあげるのはどうだろう。アルの優しさが垣間見える気がする」と提案すると、彼は一晩かけて迷いに迷ったすえに、次のように書き足した。
『笑え、民衆ども。
お前たちを笑ってきた愚かな者たちを笑え。
この笑いが、お前たちの力になる』
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エピソードタイトル、
「ラブリーチャーミーなかたき役」っぽくて少し気に入っていたりします。