第四話:湯河原温泉(神奈川県)
火曜日の朝。その日は定休日である。
晴斗はコーヒーを飲みながらテレビのニュースを観る。
好乃は朝食を食べている。今日は幼稚園である。彩乃も一緒にご飯を食べていた。
「そう言えば、昨日の温泉特集で箱根の温泉がやっていたわ」
彩乃がふと思い出すように言った。
「へー、箱根か」
「うん」
「いいねえ。ここからだと近いよね」
「そうなの。今度、箱根なんてどう?」
それから、彩乃がそう提案した。
「うん、いいと思う」
晴斗がそう答えると、「いいよね。じゃあ、次は箱根へ」と彩乃は嬉しそうに言った。
それから、「あ、時間、ヤバ!」と、彩乃が焦るように言った。
テレビの時計は八時十五分だった。十五分後には家を出ないといけないのだが、好乃はゆっくりとご飯を食べている。
「好乃、ごちそうさまをして、歯を磨くよ!」
彩乃がそう言って、好乃を急き立てる。
それからすぐに「ごちそうさま」と好乃は言い、席を立つ。ママの所へ行き、彼女は歯を磨いてもらう。
歯を磨き終え、身支度を済ませると、八時二十五分だった。
「じゃあ、パパ行ってくるね!」と、彩乃が晴斗に言う。その後、「いってきます」と、好乃がパパに手を振った。
「行ってらっしゃい!」
晴斗は笑顔で二人に手を振って見送る。
二人が出て行った後、再びテレビを観ながらコーヒーを啜る。それから、晴斗は先ほど話題に出た箱根の温泉のことを考える。さて、いつ行こうかと思い、リビングのカレンダーに目をやる。そして、次の休みをどうするかを晴斗は考えた。
それから、二週間後の土曜日。
晴斗たちは電車で湯河原へ向かう。今回行く温泉は、湯河原温泉である。
一時間四十分、電車に乗り、湯河原駅に到着した。そこから、目的の温泉までバスで十分程度だった。
目の前に木造四階建ての旅館が見えた。
旅館に着いて晴斗たち三人が中へ入ると、早速、若い男性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「本日、予約している山崎です」
晴斗が名乗ると、「山崎様ですね。すぐお部屋へご案内致します」とその男性が笑顔で言った。
けやき造りの廊下を渡り、それから二階へ上がる。階段は艶やかに磨かれた楠のようである。
「こちらです」
晴斗たちは二階の奥の部屋に案内された。客室は木でできた情緒豊かな部屋であった。結構広めで、十畳くらいあるように見えた。
「温泉は一階にございまして、最上階には足湯もございます」と、男性が説明する。
「へー、足湯ですか!」と、晴斗は驚く。
「ええ。それと、四階には休憩処もございますので、よろしかったらどうぞ」
「分かりました」
「では、ごゆっくりどうぞ」と、その男性は言ってその部屋を出ていく。
「足湯だってよ?」
晴斗が二人にそう言うと、「ね! 行ってみようよ!」と彩乃が嬉しそうに言った。
それから、「あしゆ?」と好乃が訊いた。
「足湯っていうのは」と、晴斗が説明する。「足だけで入る温泉なんだ」
「あしだけ?」
「そう」
「へー、そんなおんせんもあるんだ!」と、好乃は目を輝かせて言う。
「よし! 足湯に行こう!」
晴斗はそう言って、部屋を出る。彩乃や好乃も晴斗の後に続いた。
それから、三人は階段で四階まで上がる。「そくさいの湯」と書かれた看板があった。その看板の方へ進むと、そこには広めの足湯スペースがあった。ちらほらと他のお客さんが足湯を堪能していた。
「靴下脱いでね」と、晴斗は好乃に言う。
「はーい」と返事をして、彼女はその場に座り込んで靴下を脱ぐ。晴斗や彩乃も靴下を脱ぎ、ズボンの裾を二回、三回とまくる。
早速、晴斗は空いているスペースに腰を掛け、足湯に足を入れた。
「はぁー、温まる」と、晴斗は声を漏らした。
その後、彩乃もその足湯に入る。「あー、気持ちいい!」と、彼女も笑顔になる。
好乃も足湯に足を入れた。
「わあー」と、彼女が声を上げる。「さいこう~」と、彼女は上機嫌であった。
「でしょ?」と晴斗が得意げに言うと、「これが、あしゆ?」と彼女が訊いた。
「そう」
「これなら、あつくないね。ずっとはいっていられるよ」と、好乃は笑顔で言った。
「そうだね。あっ、でも、だんだんと汗かいちゃうよ」
それから、しばらく三人は足湯を満喫していた。
「休憩処があるって言ってたね?」
少しして、彩乃がそう言った。「そこへ行ってみない?」と、彩乃が二人に言った。
「いいよ」
それから、三人は足湯を出て休憩処へ向かう。
足湯のすぐ近くにそれはあった。そこは和室になっていて、テーブルと座椅子があった。他のお客さんたちがそこで喋ったり、ごろ寝をしたりしていた。
自動販売機があったので、そこで飲み物を買って空いているテーブルに三人は腰を掛けた。晴斗はコーラを買い、好乃はオレンジジュースを買って飲む。彩乃は晴斗のコーラと好乃のオレンジジュースを二人からもらう。
「ここの足湯、景色が綺麗に見えて最高だったわね」
それから、彩乃がそう言った。
「そうだね」と、晴斗が頷く。
「一階にもお風呂があるのよね」
「うん、後で行こうか」
「そうね」
ジュースを飲み終えて、涼んだ三人は部屋へ戻ることにした。
部屋で三人はまったりと過ごす。彩乃と好乃はお菓子を食べる。晴斗は横になりながらテレビを観ていた。
そして、夕方六時。夜ご飯の時間になり、晴斗たちはその階にある食事処へ向かった。
空いているテーブルに座ると、女性のスタッフが「ただいま夕食のご支度を致します」と言ってテーブルに料理を運んでくれた。
夕食は会席料理である。
「地元の食材を使って、丁寧にお作りしたお料理になります。ぜひご堪能下さいませ」
女性のスタッフはそう言い、その後、「お飲み物は何になさいますか?」と訊いた。
「ビールを二本と、オレンジジュースを一本で」と晴斗が言うと、「かしこまりました」と言ってすぐにそれらを持って来てくれた。
「ごゆっくりどうぞ」と彼女は言って、そこを離れる。
「いただきます」
乾杯をした後、晴斗が手を合わせると、彩乃や好乃も手を合わせる。いただきます、と二人は言って、料理を食べ始める。その料理はどれも美味しそうであった。
「温泉行こうよ」
夕飯を終えて部屋でゆっくりした後、晴斗は二人に言った。
「うん」と、彩乃が頷く。
それから、「おんせん、いく!」と好乃が嬉しそうに言った。「きょうはパパとはいる!」
「ホント? いいよ!」
晴斗は笑顔で答える。
一階の温泉ロビーで晴斗は彩乃と分かれて、男湯に入る。晴斗は好乃と二人で服を脱ぐなり、すぐにその温泉に入った。
早速入ると、晴斗は好乃にお湯を掛けてあげる。その後、自分もお湯を浴びる。それから、晴斗が中へ入り、肩まで浸かる。
「ふ~、最高!」
そこに入って、晴斗は声を漏らす。本当に気持ちが良かった。
それから、好乃もゆっくりと入る。彼女は段差の所に身体を沈めた。
「きもちいい!」と、彼女は笑顔で言った。「やっぱりおんせんはこれだね」と言って笑う。確かになと思い、晴斗は笑う。
「好乃、もう温泉は慣れたか?」
晴斗がそう訊くと、「うん」と彼女は頷く。「よしの、おんせんすきだよ!」と、彼女は笑った。
「ホント!? それは良かった」
「パパは?」
「パパも好きだよ」
晴斗がそう言うと、「ママもすきかな?」と彼女が訊いた。
「ママも好きだと思うよ」
「そっか」と言って好乃は笑う。
「熱くない? もう出る?」
それから、晴斗が好乃にそう訊いた。「うん、そうする」と、彼女は頷いた。
「じゃあ、頭と身体を洗って出ようか」
「うん」
すぐに温泉から出て晴斗たちは頭と身体を洗い、そこを出た。
着替えて、二人はロビーで彩乃を待った。しばらくして、彼女が女湯から上がって来た。
「お待たせ」と、彩乃が二人を見つけて言った。
「ここの温泉も最高だったね」と、晴斗は言う。
「ええ。何飲んでるの?」
「コーヒー」
「ぎゅうにゅう」
と、晴斗と好乃が同時に答えた。
「あたしにもちょうだい」と、彩乃が言った。
「「はい」」と、晴斗たちは同時に彼女に手渡した。彩乃はまず好乃の牛乳を貰って飲んだ。それから、晴斗のコーヒーを飲む。
三人はそこで少しゆっくりした後、部屋へと戻った。
部屋へ戻り、晴斗は布団に横になると、好乃や彩乃もそこへ横になった。三人は川の字になる。
「眠い……」
好乃はうつらうつらとしていた。しばらくすると、彼女は寝息を立てた。
「好乃、寝ちゃったわね」と、彩乃が彼女を見て言った。
「うん。俺らももう寝ようか」と、晴斗が言う。
「ええ」と、彩乃が頷いた。
翌朝、晴斗は七時に起き、足湯に入ろうと四階にへ行った。足湯を堪能した後、部屋へ戻ると、彩乃たちが起きていた。
八時半に三人は朝食を食事処で済ませる。朝食を終えて、三人は身支度をした後、チェックアウトの前に一階のお土産屋に寄る。そこで彩乃は従業員たちへのお土産を買う。お土産を買って、十時前に晴斗たちはチェックアウトをした。
それから、三人はバスに乗って湯河原駅に戻り、そこから電車で最寄り駅まで向かう。
電車に揺られながら晴斗は考える。次はどの温泉に入ろうか、と。