第三話:甲子温泉(福島県)
翌週の月曜日の朝。その日は、お店の定休日だった。
午前七時半。晴斗たち三人はダイニングに揃って座り、テレビを観ながら朝食を食べていた。
『続いてのニュースです。東日本大震災から十年です……』
テレビの女性アナウンサーがそう伝えた。
晴斗と彩乃はテレビに目を向ける。テレビの映像は、被害に遭った福島県双葉町にいる男性アナウンサーがリポートをしている。
「もう十年か……」
晴斗は呟くように言った。
「もうそんな経つのね……」と、彩乃も相槌を打つ。
それから、「10ねん?」と、好乃が二人を見て訊いた。
「うん、十年。……って、そっか。好乃はまだ生まれてなかったね」と、晴斗は思い出す。「福島ってところで地震があってね……」と、晴斗は彼女を見て話す。
「時々、お家が揺れたりするでしょ? あれが地震なの」と、彩乃が加えるように言った。
「ぢしん?」と、好乃が訊き返す。
「そう。地震」と、彩乃は言った。
「ふーん、そうなんだ」
「あ、そうだ!」
それから、彩乃が思い出すように言った。「今度、三人で福島の温泉でも行かない?」
福島か、と晴斗は思った。確かに最近だと復興は進んでいるらしい。被災地支援のために、そこへ行ってみるのも悪くないなと晴斗は思った。
「うん、それはいいかも」
晴斗がそう言うと、「おんせん?」と好乃が笑顔で訊いた。
「うん、温泉」
晴斗が笑顔でそう答えると、「よしの、おんせんいきたい!」と彼女ははしゃぐように言った。
「うんうん、行こう行こう!」と、彩乃も嬉しそうに言う。
次の土日にそこへ行こうと晴斗は思った。
それから、その週の土曜日。
午前十時頃、晴斗たちは高田馬場駅を出発し、二時間ほど電車に乗って甲子温泉のある新白河駅に着いた。そこからタクシーに乗り、三人は目的の宿へと向かった。四十分ほどでそこへ着いた。
晴斗たちは早速、旅館の中へ入った。
「いらっしゃいませ」と、年配の男性が笑顔で出迎えてくれた。
「予約している山崎です」
晴斗がそう言うと、「山崎様ですね。お待ちしておりました」と、その男性は晴斗たちを部屋へ案内してくれた。
晴斗たちが案内された部屋は、本館にある広めの客室だった。部屋は和室である。
「わー、すごい!」
晴斗は窓の外を見て驚く。窓からは阿武隈川の渓谷と、甲子山の景色が一望できた。
「いい部屋だね」と、彩乃も外の景色を見て言った。
それから、晴斗たちは部屋で少しくつろいだ後、温泉へ行くことにした。
その温泉には「大岩風呂」という混浴の大浴場があった。
「今日は、三人で入ろう」
晴斗がそう言うと、「3にん?」と、好乃が驚いたように言った。
「うん。ここの温泉は『混浴』って言って、男の人と女の人が一緒に入れるんだ。だから、今日は皆で入ろう」
晴斗がそう説明すると、「やったー」と、好乃は嬉しそうに言った。
三人はその温泉に入る。さすがに、脱衣所は「男性」「女性」と分かれていた。晴斗たちはそれぞれの脱衣所へ行く。
晴斗は服を脱ぎ、扉を開ける。その温泉の広さに晴斗はビックリする。この広さだと、二十~三十人は余裕で入れそうだなと思った。
すぐに晴斗は桶で身体にお湯を掛ける。それから、その温泉へと入った。
その後すぐに彩乃や好乃もやって来て、二人も桶でお湯を掛け流すと、早速、温泉に入った。
その温泉は少し深かった。一メートル以上はあるのではないかと晴斗は思った。だから、晴斗は好乃を その温泉の段差の所に座るように言った。
「どう?」と、晴斗が好乃に訊く。
「きもちいい!」と、彼女は言った。
「そうだね。良かった」
「よしの、パパとママとおんせんはいれてうれしい!」と、彼女は笑顔で言った。
「ママも」と、彩乃がにこりと笑って言う。
「パパも」と、晴斗も言った。
その後も三人でその温泉に浸かっていた。
「ねえ、パパ。あそこに何かあるよ!」
ふと、好乃が何かを見つけて言った。
温泉の真ん中に大きな岩のようなものがあった。
「岩みたいだね」と晴斗が言うと、「あ! 子宝石よ」と、彩乃が思い出したように言った。
「子宝石?」と、晴斗は彩乃に訊く。
「そう。それを撫でると、子宝に恵まれるって言われてるんだって」と、彩乃は言った。
「へー、それはすごいね」
「ねー」
「ちょっと私、触ってきてもいい?」
彩乃はそう言って、真ん中の岩の所へ行く。彼女はそこへ行くと、その岩を撫でた。
「よしのもさわりたい!」
それから、好乃がそう言った。
「好乃には早いよ~」と晴斗は言ったが、彼女を抱っこしてママのいる所へ向かった。
好乃もその岩をなでなでする。
「好乃、もう出たい」
それから、好乃がそう言った。のぼせるとまずいので、晴斗たちはもうそこを出ることにした。
温泉から出た後、晴斗たちは部屋に戻った。それから、テレビを観ながらお茶を飲んだり、お菓子を食べたりして過ごしていた。
「そう言えば、ここの温泉はまだ他にもあるみたいだな」
晴斗はテーブルにある旅館案内を見て言った。
「そうなの?」と、彩乃が訊いた。
「うん。櫻の湯ってのと、恵比寿の湯ってのがあって、恵比寿の湯の方には内風呂と露天風呂があるみたいだよ」
「へー、そうなんだ! じゃあ、後でまた行こうかな」と、彩乃はにこりと笑って言った。
「そうだね」と、晴斗は頷く。
「よしのもいく!」
それから、好乃もそう言った。
三人はゆっくりしているうちに、気づけば夜六時になっていた。六時から夕飯であった。夕飯は別館に食事処がある。晴斗たちはそこへ向かった。
食事処は別館の広間だった。晴斗たちは、空いているテーブル席に腰を掛ける。すぐに配膳掛りの女性たちがやって来て、料理を運んでくれた。夕食は会席料理である。
「こちらが、会津の馬刺しで、こちらが岩魚の天ぷら。そして、和牛せいろになります」と、その女性が料理の説明をしてくれる。
東北ならではの食材が使われていて、どれも美味しそうだった。
晴斗はその女性からビールを二本とオレンジジュースを一本貰う。
早速、晴斗は「いただきます」と手を合わせる。彩乃や好乃も手を合わせて、いただきますと言った。
晴斗は馬刺しを一口で頬張る。
「うまい」
その馬刺しはつるりとした食感に、歯ごたえのある弾力がとても良かった。
彩乃も馬刺しを美味しそうに食べる。
「うん、美味しい」と、彼女は目を丸くした。
好乃は和牛を大きく口を開けて頬張った。それから、ニコニコした。
「どう? おいしい?」
晴斗がそう訊くと、「おにく、おいしい!」と彼女は嬉しそうに言った。
「そう。良かったね」と、晴斗も笑顔で返す。
それから、晴斗は岩魚の天ぷらを食べる。衣がサクッとしていて、魚の身はフワフワしてとても美味かった。晴斗はビールを飲む。それはビールともよく合った。
その後も、三人はそれらの料理を堪能していた。どれもこれも美味しかった。
半分ほど料理を食べた好乃は、「もうおなかいっぱい」と言って箸を置いた。残りを晴斗と彩乃で食べる。
二人もお腹いっぱいになり、ご馳走様をする。
ご飯を食べ終えて、三人は自分たちの部屋へ戻った。
戻ると、部屋には布団が敷かれていた。三人ともそのまま布団へ横になる。
「ねえ、ママ。うみちゃんがね、おとうとできたのっていってたの」
少しして、好乃が彩乃にそう話した。
うみちゃんって誰だっけ? と晴斗は思った。
「へー。うみちゃんって、あの眼鏡の子?」と、彩乃が好乃に訊く。
「そう」と、好乃が言う。
あー、と。そこで晴斗もそのうみちゃんを思い出す。
「弟か。じゃあ、うみちゃん、お姉ちゃんになるんだね!」
彩乃がそう言うと、「うん。ママ、よしのもおとうとがほしい~」と、彼女が言った。
そう言われて、彩乃はビックリする。
「弟? 好乃はきょうだいが欲しいの?」
それから、彩乃が彼女に訊いた。
「ほしいほしい」と、好乃は大げさに言う。
「そっか。うーん……」
彩乃はそう言って黙る。それからすぐに彩乃は晴斗の方を見た。
晴斗も好乃のその言葉に驚いていた。
弟が欲しい。それはつまり、二人目を作ると言うことである。
「ねえ、あなた……」と、彩乃が口を開く。
「弟か……」
晴斗はそう言いかけて考える。二人目を作るのはアリだろうと晴斗は思った。男の子か女の子かに限らず。
それから、「考えておくよ」と晴斗は言った。
「うん……」と、彩乃は頷いた。
「あ、そうだ」
その後、晴斗が口を開く。「温泉行こう! 今度は内風呂と露天風呂にね」
晴斗がそう言うと、「そうだね」と彩乃が笑顔で言った。
それから、晴斗と彩乃がすぐに部屋を出て行こうとするので、好乃は「パパとママ、待ってよー」と言って二人の後に続いた。
晴斗たちはもう一つのお風呂へ行き、晴斗は一人で、好乃は彩乃と一緒に入った。
お風呂から出て、三人は部屋でくつろいだ。布団に横になっていた好乃は、気が付くと眠っていた。
好乃が寝ているのを二人は確認すると、彩乃が晴斗を見て言う。
「ねえ、あなた。好乃が『弟』欲しいって……」と、彩乃が言う。
「言ってたね……」と、晴斗は呟く。
「あなた、もう一人、子ども欲しいと思わない?」
それから、彩乃がそう訊いた。
「もう一人の子か……」
晴斗はそう呟くなり、考える。もう一人、晴斗たちに子供が出来たらどうだろう。子どもをもう一人育てるとは、今の倍も育児に時間やお金などが掛かるだろう。親としては大変である。
でも、娘が、もう一人、できたら「弟が欲しい」と言っていた。娘の要望にも応えてあげてもいいのではないかと晴斗は思った。
「好乃が欲しいって言ってるもんね」
そう言って晴斗は笑う。「いいと思うよ」
晴斗がそう言うと、「本当?」と彩乃がビックリする。
「うん。彩乃はどう思う?」
「あなたがいいって言うなら、私も……」
彼女はそう言って微笑む。
「そう」
「ねえ、あなた……」
彩乃はそう言った後、晴斗にキスをした。それから、晴斗たちはお互いに身体を寄せ合った。